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出自を理由に収監されているなど、これほど酷い話があるだろうか。

ヴァルカーレ監獄は王都直轄でありながら辺境に隔離された特別な監獄だ。
悪政や反逆など重罪を犯した政治犯を収監している。そこに収監されれば文字通り死ぬまで出ては来られない。処刑、獄死、拷問による負傷から死を招く事例もあるだろう。

私の兄は、生きていた。
しかしヴァルカーレ監獄という地獄にいるのだ。

一欠けらの情もなければ顔も知らない、血を分けた経緯については嫌悪感すら覚える腹違いの兄である。

私はまだ幸せだった。
結婚を嫌がろうと、ぬくぬくと生まれ育った城の地下牢に閉じ込められるくらいで済むのだ。

兄は違う。
兄自身には何の罪もないというのに国賊級の罪を背負わされ収監されている。

父の代替案は私の為のものだった。
しかし受け止めた私の中でそれは別の意味を持ち、形を変えた。

私が産まれる前の、親たちの忌まわしく爛れた関係。
たとえこの身に流れる血が穢れていたとしても、私はもう一人の穢れた命に同じ罪悪感を強要できない。あなたの命は穢れている、とは、とても言えない。

兄は悪くないのだから。

兄は穢れていない。罪もない。
私も穢れていない。罪はない。

顔も知らない腹違いの兄によって私の目は覚めた。
兄はヴァルカーレ監獄に囚われている。

その兄を監獄から城へ連れて来て伯爵にできる。

「わかりました、お父様。私が必ず、お兄様を連れて参ります」

そして父を、この穢れた父を、マスグレイヴ伯爵という椅子から引き摺り下ろしてやるのだ。

翌日、私は新たな旅支度を整え辺境のヴァルカーレ監獄へ向かった。
長旅になることや行先が穏やかではないことから、最も信頼のおける御者のニックスの他、体術の心得があるメイドと護衛二人という構成で臨んだ。

当然ながら兄を乗せて帰る前提の馬車の旅である。

ニックスは臍を曲げたままで、私が兄を連れて来て結婚もせず城に残ると伝えても目も合わせてくれず、当然、口も利いてはくれなかった。
私が心無い言葉をぶつけてしまったのだから、時間をかけて丁寧に謝っていくしかない。

丁寧に説得しなければいけないのは兄も同じだ。

監獄に入れられて想像を絶する鬱憤が溜まっているはずであり、私などは恨まれている可能性もある。
私の結婚を回避するための案であるのは事実だが、兄にとっても決して悪い話ではない。その点を強調し、興味を持ってもらわなくてはならないだろう。

緊迫した馬車の旅は途中悪天候に阻まれ十八日間を要した。

荒野に聳え立つ監獄は、王国の悪を閉じ込めておくに相応しい様相を呈しており、堅牢で硬派な印象と同時に内に呑み込んだ悪の禍々しさをも纏っている。

馬車から降り立った私を門番が凝視した。
珍しいのだろう。この地に伯爵令嬢は似合わない。
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