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ニックスとの旅は最高の息抜きと言っても過言ではなかったが、教会と併設されている女子修道院に着いて厳格を絵に描いたようなシスター・ソニアに相談しているうちに心が乱れ、涙が溢れた。

「初めてお会いする方に申し訳ありません。こんな見苦しいところを……」

私は必死で涙を拭う。
自分を憐れむ気は毛頭なかった。自己憐憫より自己嫌悪の方が凄まじかった。消えてしまいたかった。

「神様はありのままのあなたの傍におられます。私と初対面であるかどうかなど関係ありません。此処は神様の見腕の中。神様の胸に顔を埋め心を曝け出せばよいのです」

細身で背の高いシスター・ソニアは決して慰めるためにそう言ったのではない。彼女はきっと、私が人を殺めたと言って罪悪感に泣き叫んでも同じことを言っただろう。

神の前に罪の大小は関係ない。人間は矮小で救い難いからこそ、神に救いを求めるのだ。……とシスター・ソニアは全てを見透かしたかのように初対面の私に第一声そう言葉を掛け、中庭に誘い今に至る。

思い詰めた様子の貴族令嬢が単身乗り込んで来れば、シスターも只事ではないと腹を据えたのかもしれない。そもそも、私が人を殺めていないとは言い切れない。
父の前妻ビアトリスを死に追いやった結果、産まれてきた私だ。

「シスター・ソニア。私はこの先どう生きていけばいいのでしょうか。とても人並みの幸せなど望めません。望むことは許されないように思えて仕方ありません。償う相手も、生きてはおりません。私の償いなど、きっと、望まれもしないでしょう」

シスター・ソニアは少しの沈黙を挟み、感情の欠落した厳しく硬い声音で私を導いた。

「あなたが消えたところで罪が無くなるわけではないですが、神様はあなたの心を喜んで汲み取ってくださいます。教会に寄付なさるか、ご自身がお仕えになられるとよいでしょう」

この言葉を胸に刻み、私は帰路に着いた。
帰りの旅はとてもピクニックとは言っていられず、ニックスでさえ最終的には不機嫌になった。私の決意にも考え方にもニックスはいい顔をしなかったので、私が失言したのだ。あなたに言っても無駄ね、と。反省したが遅かった。

朝五時前に叩き起こし旅をさせたのはこの私だ。
どんな時でも私を助けてくれた、誰よりも近しい他人のニックス。

「本当にごめんなさい、ニックス」
「いいえ。お嬢様には、俺は、何も言えません。何を決めても、どうお考えになられても、俺には、何かを思う資格もありません」

取り付く島もなかった。

いつも優しかったニックスの明確な拒絶に私は傷ついた。身勝手な自分を恥じる。悔いても口から出てしまった言葉はなかったことにはできず、自分の不甲斐なさが情けなくなり私は泣いた。
両親の忌まわしい過去を明かされ自身の存在さえ否定したあの激しい慟哭とは全く違う、静かな涙だった。

私がニックスを傷つけたのだ。
それは紛れもない私自身の罪だった。
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