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宮廷の書庫は巨大で薄暗く、書物が有する独特の匂いと静寂に満ちていた。
役人や学者が利用するのか各所に大きめの机も設置され、壁際の各階には小卓と安楽椅子が置かれている。

書庫を管理しているらしい壮年の臣下に目礼し、カール殿下は私をふり返りながら導いた。

ここは声が響く。
だが、死角が多い。

「法律関係はこちらだ」

カール殿下はほぼ囁くように言うと、一面が書架の壁際の細い階段の一つを上がり始めた。
この状況であっても書庫は私の好奇心を掻き立てる。手摺に掴まりながら、私は全体を見渡さずにはいられない。

「素晴らしいですね」
「一応、国の図書室だからね」
「一生かかっても読み切れないわ……」

本音が洩れてはっと我に返ったが、カール殿下は好意的に見守るような目線で私に微笑んでいた。

現段階でカール殿下は敵ではない。
だがキャタモールを狂わせた国王陛下の息子であり、隠し子を駒のように嫁がせる男の息子なのだ。真実を知った時どうなるかは未知数だった。

私は父や母の複製ではない。
だからといって、カール殿下もそうであると妄信して身を滅ぼすような甘さは持ち合わせていなかった。

ただ今現在ほかの誰よりも頼りになる協力者である事もまた事実だ。幸い、私が頼ると喜ぶので扱いやすかった。心根が優しいのだ。それでもいつ見た目通りの強さを発揮するか、期待より恐れが大きい。

たった一人の王太子。
その偉大な権力は充分に人を狂わせる。たとえ当の本人であっても、例外ではない。

「殿下。ここに医学関係の書架はありますか?」
「お。宮廷医師の座を奪う気になったかな」
「ええ。そうです」

それに、と私は続ける。

「先代のモロウ伯爵の手記や研究結果などは?全てキャタモール卿が管理しているのですか?」

純粋に知識や技術だけで重宝されているわけではなさそうだと知った今、あの男に一任させているわけではないと考えるのは容易だった。

第一、爵位で呼ばれてはいない。
誰かがそれを容認していない。

恨みを拗らせた本人か、漏洩を恐れる陛下か、周囲の大多数の貴族か。
或いはその全てか。

「さあ。陛下に聞いてみない事には」
「殿下は何を研究していたかご存知ですか?」
「恐らく、母の命を引き延ばす方法だと思う。幼い頃に熱病に罹り、以来病気がちだったらしい」

壁際の書架を二階分上がり、カール殿下は道なりに歩き続ける。

「それでも一国の国王である陛下がご結婚なさったのは、余程、愛していらっしゃったからなのでしょうね」
「幼い頃に婚約したから実際かなり仲がよかったそうだよ。今思い出すと、母が亡くなってからそれなりの間、陛下は死人のような顔をしていたかもしれない」

それなりの間。
つまりクリスティーンに慰めを感じるまでの間。

「さて、イデア先生。法律といっても多岐に渡るが、何から手をつける?」

カール殿下が笑みを深め足を止めた。
私も同じだけの笑顔を作る。

「当然、婚姻と王位継承関連からですわ」
「こちらだ」

刑罰については追々興味を示した風を装えばカール殿下なら疑いもなく開示してくれるだろう。
うまくいけば私が没頭した分、結婚を引き延ばせるかもしれない。

私たちが救われる法があるなら、その一点に望みを掛ける。

「リムマーク大公国と比較したければ明日までに探しておくが、どうする?」

言いながらカール殿下が手近なランプに火を灯す。
親切な提案を受けながら私は書架に手を伸ばした。

「お願いします」
「わかった」

カール殿下は微笑んでいる。
私はこの心優しい王太子を裏切る事になるだろう。

その時は……

シャーロット。
あなたを置いてはいかない。
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