40 / 84
40(フィオナ)
しおりを挟む
「嫌です!絶対に嫌!私はあなたのような冷たい人と結婚なんてしたくありません!!」
忌まわしい結婚式まであと8日。
まるで特注の家具を受け取りにでも来たかのように、突然現れたフランクリン様は父に対して念を押した。
くれぐれも当日まで管理を怠らないように、と。
「ドレスは予備を数着用意した。グレンフェル伯爵。当日までに言い聞かせられないようであれば、結婚式が無事に執り行われるよう薬を使う。そのつもりで心して躾け直せ」
「!?」
これにはさすがの父も狼狽を見せ、珍しくフランクリン様に意見する。
「そこまでしなくても……」
「否、結婚式は神聖な儀式だ。不手際があっては一生、僕たちは教会に睨まれる事になるぞ」
「しかし、イデアもいますから……」
するとフランクリン様は憮然と父を睨んだ。
「イデアは式に出席しない!特別なシスターになるための修行とかでしばらく聖堂に篭っているそうだ。くそっ。顔も見られないとは……っ」
「フランクリン様、却ってよかったのです。イデアはいずれ我々に──」
そこでフランクリン様は父に手袋を投げつけた。手袋は父の額に直撃し、物理的な威力ではなく、屈辱という痛手を父に負わせたようだった。
私は隣に立つ母に縋りつく。
「お母様……!嫌です、私……っ!」
父に手袋を投げるような人の妻になんてなれません。
見たでしょう?
必死にそう視線で伝えても、母は小さな微笑みを浮かべたまま首を横に振るばかり。
「結婚の直前は何かと不安になるものよ、フィオナ。少しお部屋で頭を冷やしていらっしゃい」
「お母様……!」
愕然とする私の手首を、母が表情にそぐわない強い力で握り込む。
「本当に、もうそろそろフランクリン様に感謝しなくては。あなたがこんなに聞き分けの悪い子なのに、こうして足繁く通ってくださるのよ?どうしていい子になれないの?」
「……っ」
息を詰める私に母は小声で恐ろしい事を囁いた。
「叱って下さるのは今のうちだけよ?結婚したら、あなたはもう妻なのだから」
「……!」
私は母の手を振り払い、言われた通り自分の部屋へと走って逃げた。
母の言葉には、今より結婚後の方が酷い日々が待っていると仄めかしているようだった。それなのに結婚しろと言う。私がどんなに嫌がっても、アロイシャス侯爵家に嫁げと言う。
同じ女だというのに母は敵だった。
思い返してみれば、母が私の味方だった事なんてない。
私は誰にも愛されず、決して私を愛してはくれない人の元へ嫁ぐのだ。
「……っ!」
ベッドに突っ伏して私は何度目かもうわからない涙を流した。
結婚がこれほど残酷なものだなんて。
誰も教えてはくれなかった。
まさか、あの姉なら耐えられたと言うの?
イデア
イデア
イデア
醜い顔になって修道院へ逃げた姉が、今度は特別なシスターになるため修行しているですって?
「……くぅっ」
私への当てつけのつもり?
自分だけはずっと一人で勝ち続けるとでも言うの?
「!」
ノックもなく唐突に扉が開き、フランクリン様が断りもなくずかずかと部屋の中へ入ってくる。
私は床に座り込んでベッドのシーツにしがみつきながら、憎しみのすべてを夫になる冷たい男にぶつける。
「お姉様を連れ戻せなくて残念でしたわね!私の事を邪険にしても、ご自分だってお姉様に相手にされていないのだわ!私の気持ちがおわかりになった!?」
「……」
フランクリン様は冷たい視線を私に注ぐ。
私は、笑った。泣きながら笑いが洩れた。
「可哀相なフランクリン様!どんなにお姉様にぶら下がろうと、ご自分の結婚相手はこの私!散々馬鹿するような私がお似合いなのよ!!」
「……」
言い返せないの?
悔しいの?
私が相手で悔しい?
だけどそれだけじゃ済まさない。
私を傷つけた罰は受けてもらうから。
「フランクリン様は不幸な結婚をなさるのです!それは相手がお姉様じゃないからではありません。あなたは生涯を通して自分の妻から決して愛される事はないからです!あなたは愛されずに老いて孤独に死ぬのよ!!」
傷つけてやりたかった。
私を蔑ろにして傷つけた分、傷ついてほしかった。
そうすれば、ほんの少しでも痛みを分け合って、夫婦としてわかりあえるのではないかと淡い期待を抱いていた。
でも違った。
フランクリン様は今までより遥かに冷酷な眼差しでひたと私を見据え、呪いの言葉を呟いたのだ。
「僕が妻に望むのは愛じゃない。服従だ」
涙が止まった。
絶望が過ぎると涙さえ出てこないのだと知る。
「勘違いするな。結婚したら妻として僕に傅け。もう令嬢じゃなくなる。グレンフェル伯爵のように甘やかしはしない。アロイシャス侯爵家の一員として義務を果たせ」
「……」
そして言葉を失う私に更に残酷な一言が降り注ぐ。
「ああ。イデアならこんな事、言うまでもないのに」
忌まわしい結婚式まであと8日。
まるで特注の家具を受け取りにでも来たかのように、突然現れたフランクリン様は父に対して念を押した。
くれぐれも当日まで管理を怠らないように、と。
「ドレスは予備を数着用意した。グレンフェル伯爵。当日までに言い聞かせられないようであれば、結婚式が無事に執り行われるよう薬を使う。そのつもりで心して躾け直せ」
「!?」
これにはさすがの父も狼狽を見せ、珍しくフランクリン様に意見する。
「そこまでしなくても……」
「否、結婚式は神聖な儀式だ。不手際があっては一生、僕たちは教会に睨まれる事になるぞ」
「しかし、イデアもいますから……」
するとフランクリン様は憮然と父を睨んだ。
「イデアは式に出席しない!特別なシスターになるための修行とかでしばらく聖堂に篭っているそうだ。くそっ。顔も見られないとは……っ」
「フランクリン様、却ってよかったのです。イデアはいずれ我々に──」
そこでフランクリン様は父に手袋を投げつけた。手袋は父の額に直撃し、物理的な威力ではなく、屈辱という痛手を父に負わせたようだった。
私は隣に立つ母に縋りつく。
「お母様……!嫌です、私……っ!」
父に手袋を投げるような人の妻になんてなれません。
見たでしょう?
必死にそう視線で伝えても、母は小さな微笑みを浮かべたまま首を横に振るばかり。
「結婚の直前は何かと不安になるものよ、フィオナ。少しお部屋で頭を冷やしていらっしゃい」
「お母様……!」
愕然とする私の手首を、母が表情にそぐわない強い力で握り込む。
「本当に、もうそろそろフランクリン様に感謝しなくては。あなたがこんなに聞き分けの悪い子なのに、こうして足繁く通ってくださるのよ?どうしていい子になれないの?」
「……っ」
息を詰める私に母は小声で恐ろしい事を囁いた。
「叱って下さるのは今のうちだけよ?結婚したら、あなたはもう妻なのだから」
「……!」
私は母の手を振り払い、言われた通り自分の部屋へと走って逃げた。
母の言葉には、今より結婚後の方が酷い日々が待っていると仄めかしているようだった。それなのに結婚しろと言う。私がどんなに嫌がっても、アロイシャス侯爵家に嫁げと言う。
同じ女だというのに母は敵だった。
思い返してみれば、母が私の味方だった事なんてない。
私は誰にも愛されず、決して私を愛してはくれない人の元へ嫁ぐのだ。
「……っ!」
ベッドに突っ伏して私は何度目かもうわからない涙を流した。
結婚がこれほど残酷なものだなんて。
誰も教えてはくれなかった。
まさか、あの姉なら耐えられたと言うの?
イデア
イデア
イデア
醜い顔になって修道院へ逃げた姉が、今度は特別なシスターになるため修行しているですって?
「……くぅっ」
私への当てつけのつもり?
自分だけはずっと一人で勝ち続けるとでも言うの?
「!」
ノックもなく唐突に扉が開き、フランクリン様が断りもなくずかずかと部屋の中へ入ってくる。
私は床に座り込んでベッドのシーツにしがみつきながら、憎しみのすべてを夫になる冷たい男にぶつける。
「お姉様を連れ戻せなくて残念でしたわね!私の事を邪険にしても、ご自分だってお姉様に相手にされていないのだわ!私の気持ちがおわかりになった!?」
「……」
フランクリン様は冷たい視線を私に注ぐ。
私は、笑った。泣きながら笑いが洩れた。
「可哀相なフランクリン様!どんなにお姉様にぶら下がろうと、ご自分の結婚相手はこの私!散々馬鹿するような私がお似合いなのよ!!」
「……」
言い返せないの?
悔しいの?
私が相手で悔しい?
だけどそれだけじゃ済まさない。
私を傷つけた罰は受けてもらうから。
「フランクリン様は不幸な結婚をなさるのです!それは相手がお姉様じゃないからではありません。あなたは生涯を通して自分の妻から決して愛される事はないからです!あなたは愛されずに老いて孤独に死ぬのよ!!」
傷つけてやりたかった。
私を蔑ろにして傷つけた分、傷ついてほしかった。
そうすれば、ほんの少しでも痛みを分け合って、夫婦としてわかりあえるのではないかと淡い期待を抱いていた。
でも違った。
フランクリン様は今までより遥かに冷酷な眼差しでひたと私を見据え、呪いの言葉を呟いたのだ。
「僕が妻に望むのは愛じゃない。服従だ」
涙が止まった。
絶望が過ぎると涙さえ出てこないのだと知る。
「勘違いするな。結婚したら妻として僕に傅け。もう令嬢じゃなくなる。グレンフェル伯爵のように甘やかしはしない。アロイシャス侯爵家の一員として義務を果たせ」
「……」
そして言葉を失う私に更に残酷な一言が降り注ぐ。
「ああ。イデアならこんな事、言うまでもないのに」
16
お気に入りに追加
1,715
あなたにおすすめの小説
【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?
つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。
彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。
次の婚約者は恋人であるアリス。
アリスはキャサリンの義妹。
愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。
同じ高位貴族。
少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。
八番目の教育係も辞めていく。
王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。
だが、エドワードは知らなかった事がある。
彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。
他サイトにも公開中。
毒家族から逃亡、のち側妃
チャイムン
恋愛
四歳下の妹ばかり可愛がる両親に「あなたにかけるお金はないから働きなさい」
十二歳で告げられたベルナデットは、自立と家族からの脱却を夢見る。
まずは王立学院に奨学生として入学して、文官を目指す。
夢は自分で叶えなきゃ。
ところが妹への縁談話がきっかけで、バシュロ第一王子が動き出す。
「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。
木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。
因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。
そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。
彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。
晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。
それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。
幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。
二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。
カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。
こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話
ラララキヲ
恋愛
長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。
しかし寝室に居た妻は……
希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──
一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……──
<【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました>
◇テンプレ浮気クソ男女。
◇軽い触れ合い表現があるのでR15に
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾は察して下さい…
◇なろうにも上げてます。
※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)
〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。
藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった……
結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。
ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。
愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。
*設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
*全16話で完結になります。
*番外編、追加しました。
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。
〖完結〗拝啓、愛する婚約者様。私は陛下の側室になります。
藍川みいな
恋愛
侯爵令嬢のリサには、愛する婚約者がいた。ある日、婚約者のカイトが戦地で亡くなったと報せが届いた。
1年後、他国の王が、リサを側室に迎えたいと言ってきた。その話を断る為に、リサはこの国の王ロベルトの側室になる事に……
側室になったリサだったが、王妃とほかの側室達に虐げられる毎日。
そんなある日、リサは命を狙われ、意識不明に……
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
残酷な描写があるので、R15になっています。
全15話で完結になります。
裏切りの先にあるもの
マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。
結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる