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「殿下、私の部屋を用意してください」

たった一言で済んだ。
心優しく気高く従順な獣カール殿下は「それもそうだ」と言って早速手配してくれた。

私の存在はシャーロット姫に付随して秘密ではあるものの、荷物は多くはないので数回往復するだけで移動は済んだ。

「お手を煩わせてしまい申し訳ありません」
「君に運ばせるわけにはいかない。しかし薬学も学んでいるとは恐れ入った」

午前中のレッスンの前の時間を使い、殿下と私は私の新しい部屋へ荷物を運んでいる。
私は宮廷へ来た時と同様の荷造りを整えた旅行鞄を持ち、カール殿下は積み上げた書物を軽々と一抱えにして、秘密の通路を突き進む。

「キャタモール卿の指示です。一応は助手という事で参りましたから」
「いざ学んでみると面白かった?」
「はい。姫様の御支度がやっと整ってお役御免になりましたら、キャタモール卿を追い出して女医として居座ろうかと野望を抱いている所です」
「それはいい!」

殿下が年甲斐もなく無邪気に喜ぶので、私は一瞬だけ戸惑ってから釘を刺した。

「……冗談です」
「あ、そうなのか」

気まずそうにしている。
人柄の良さがそうさせているのだろうが、キャタモール卿のような胡散臭く鬱陶しい宮廷医師を前にしてはどこの誰だろうと気まずさを感じる必要はないだろう。

「そういえばチチェスター伯爵夫人が仰っていましたね。キャタモール卿は元は孤児だと」
「そのようだ」
「才能があって得をしましたね」
「野に放ち良からぬ薬でも売り捌かれてはたまらないという打算もあったはずだ。先代のモロウ伯爵は優秀で門外不出の研究もしていたらしい」

宮廷の秘密に触れて生きて出る事ができた人物の見本が、あれか。

「殿下は幼い頃からの顔見知りでいらっしゃるのですか?」
「ん、まあ……奇妙な男がいるなとは認識していた」

陛下の隠し子に寛大な王太子カール殿下であろうと、あの中年鷲鼻男には優しくなれないらしい。

「姫様は隠されていてよかったかもしれませんね。幼い姫様の生育を監督する宮廷医師があのキャタモール卿だなんて、身の毛もよだつ悍ましい悲劇です」
「同感だ」

陰口はこのくらいにしておこう。

秘密の通路をひょいと抜けて細い廊下に出ると、新しい部屋の扉が見えてきた。新しい部屋とわかるのは、カール殿下が事前に了解を得た事で鍵を握る人物が立ち会うために扉の脇に立っているからだ。

楽しくなって私の声も幾らか弾む。

「おはようございます、チチェスター伯爵夫人」
「……」

隠し子シャーロット姫という極秘事項に携わっている宮廷内の影の支配者と言えば、この夫人である。ちなみに夫のチチェスター伯爵の方は陛下のお着換えを担当し宝物庫の鍵を握る有力者だが、シャーロット姫の件には関与していないらしい。

夫妻の居住する区画には亡き王妃の侍女たちが生活していた部屋があり、その空き部屋は定期的にチチェスター伯爵夫人と彼女に選び抜かれた女官だけが出入りして掃除などの管理をしているとの事。

その一部屋を私が頂く。

「おはようございます、殿下」
「やあ。おはよう。妹に続きイデア先生をよろしく頼むよ」
「はい……」

気が重そうなチチェスター伯爵夫人に私はとびきりの笑顔を向けた。

その後2往復し、私の引っ越しは無事に終わった。
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