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「縁談というものは祝福から始まる試練であり、幸福を得る為には自らが試練に打ち勝たなければなりません。姫様、お隣の国の王子様の目に留まって頂きます。さあ、背筋を伸ばして」

靴の一件からシャーロット姫が僅かながら信頼を寄せてくれたらしく、あれだけ怖気づいた泣き虫だったというのに一応はレッスンに応じてくれている。

立ち居振る舞い。
根本的な所からきっちりと組み立て直す。

「もう少し腰をあげてください。そう、この骨のところを糸で吊られるような気持ちで。背伸びしないで。……どうして肩を竦めるのです?背筋を伸ばして立つだけです」

前言撤回が早くも必要になった。
振舞う以前に立ち姿からだ。

監督という名目でカール殿下が張り付いているため、ドレスを脱いで肉体そのものの形を見せて教えるのは不可能であり、よく知る相手でもないからドレス越しに体の特徴を探りながらの指導になる。

できる事ならシャーロットをひん剥いて並んで鏡に映りたい。

「持ち上げられた猫みたいだな」

言わないで、殿下。
教師としての私の自尊心が傷つくから。面白くありません。

「失礼。口を噤もう」

一瞥をくれるだけで従順に良い監督者になってくれるカール殿下の存在は、なんだかんだ言っても頼もしいものだ。
隠し子シャーロット姫とその教育係という二人組など、人目に触れれば何をされるかわからない不審者。
最悪、キャタモール以上の胡散臭さを相手に感じさせて問答無用で投獄される恐れもある。

「姫様。立ち姿、歩き方、座り方、手の置き方、手の伸ばし方、指の角度、顔の角度、目線。全て計算の上で振舞うのです。眉毛も、唇も、自由にさせてはいけません。支配するのです」
「……」
「一度、力を抜いて。楽に立ってください」

持ち上げられた猫から細身の村娘に戻ったシャーロット姫の隣に、私も並んで立ってみる。
衣装室から運ばせた全身を映す三面鏡で、私たちはあらゆる角度を確かめる事が可能だ。一つも見落とさない覚悟で目を走らせる。

「殿下」

目を走らせながらカール殿下に声を掛ける。うむ、と返事が届く。

「馬を用意してください。姫様に覚えていただきます」
「!?」

隣でシャーロット姫が狼狽し必死に首を振った。
誰も〝もしよかったら挑戦してみてください〟とは言っていない。

「軸がふらついていらっしゃるのです。落ちないようバランスを取れるようになれば、立ち姿も随分まともになるでしょう」
「いい考えだ。早速、用意しよう」
「……」

シャーロット姫が顔面蒼白で硬直している。
鏡越しに三人の蒼白な姫を見ていると、改めて顔立ちの美しさに感心した。チチェスター伯爵夫人は目が似ていると言っていたが、細い鼻筋と尖った顎も充分、顔の造形美に貢献している。

「大丈夫だ、シャーロット。私が傍に貼り付いて絶対に落馬させはしないから安心していい」

カール殿下が重々しく請合い、シャーロット姫も覚悟を決めたように小さく頷いた。私の登場で、泣けば手を拱いて引いてもらえる時代は終わったのだ。それを自覚しているだけましと思っておく。

「姫様。驚きますよ。姿勢が変わるだけで見違えるほど美しくなります。あなたは息を呑むほど美しい姫君になって王子の心を射止めるのです」

夢では終わらせない。
シャーロット姫の未来が見えて、私は少し気分がよくなり我知らず小さな笑みを唇に刻んだ。
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