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私には二人の兄がいる。
ダウエル伯爵家の後継者である長兄ローガンと、国軍で准将として一師団を率いる次兄マイルズだ。
そして両親もいる。
四人の家族が出した結論は、マシューが可哀相というものだった。
私と結婚しておくべきだったと。
幼馴染ではなく未来の妻を選ぶべきだったと。
同情的な慰めより百倍、元気になった。
だからといって目を泣き腫らし三日三晩食事が喉を通らなかった事実は変わらない。
「優しさが裏目に出たわね。人生で何が大切かわかっていないのよ」
母はおっとりした口調で辛辣に苦言を呈する。
続いて父は鼻で笑った。
「軟弱な若造め」
そこで兄ローガンが笑った。
「レイチェルは美人だ。次の相手はすぐに見つかる。問題ない」
そんな前向きなダウエル伯爵家に次兄マイルズの紹介で、とんでもない人物からの召喚状が届いた。
コルボーン伯爵家の心優しい令息マシューからの一方的な婚約破棄の、ちょうど二十日後のことだった。
「……こ、これは……!」
使者から渡された書状を手にした私と、それを覗き込む一家揃って、固唾を飲んだ。
メラン伯爵夫人グレース妃から、侍女になるようお誘いを受けたのだ。
伯爵家といっても、全く別次元の存在である。
何故ならグレース妃の夫メラン伯爵とは王弟クリストファー殿下。
だからグレース妃なのである。
王族だ。
名誉職として伯爵の爵位を頂いているメラン伯爵家は、王城から徒歩圏内の広場で、噴水を挟み教皇宮殿と向き合うセイントメラン城で暮らしている。
当然、王家とも日頃から交流もある。
私は王弟妃の侍女として召喚されたのだ。
「マイルズ……」
思わず次兄の名前を呟く。
なんて迅速で、なんて手回しのいい……
「大出世よ。婚期を逃す価値はあるわ」
母がおっとりした口調で私の肩を撫で、緩慢な動作で揺すった。
この後のやりとりを正確に記憶してはいないけれど、トントン拍子で事は進んでいったように思う。
気づくと私は家族から笑顔で見送られ、少ない荷物を持って馬車に乗り込み、揺られ、噴水の音を聞きながら馬車を降りていた。
セイントメラン城の前だった。
美しい青空に映える、白亜の邸宅。
振り返れば美しい噴水と、荘厳な教皇宮殿。
マシューとの恋が無様に終わり婚約破棄され傷物令嬢になろうとも、輝かしい未来が私を迎えたのは間違いない。
思わず、期待に胸が弾んで笑顔になる。
少し待っていると家令らしき白髪の男が私を出迎え、メイドに引き継ぎ居室へと案内された。
鞄を下ろした、その瞬間。
凄まじい嗚咽が私の耳を劈いた。
ダウエル伯爵家の後継者である長兄ローガンと、国軍で准将として一師団を率いる次兄マイルズだ。
そして両親もいる。
四人の家族が出した結論は、マシューが可哀相というものだった。
私と結婚しておくべきだったと。
幼馴染ではなく未来の妻を選ぶべきだったと。
同情的な慰めより百倍、元気になった。
だからといって目を泣き腫らし三日三晩食事が喉を通らなかった事実は変わらない。
「優しさが裏目に出たわね。人生で何が大切かわかっていないのよ」
母はおっとりした口調で辛辣に苦言を呈する。
続いて父は鼻で笑った。
「軟弱な若造め」
そこで兄ローガンが笑った。
「レイチェルは美人だ。次の相手はすぐに見つかる。問題ない」
そんな前向きなダウエル伯爵家に次兄マイルズの紹介で、とんでもない人物からの召喚状が届いた。
コルボーン伯爵家の心優しい令息マシューからの一方的な婚約破棄の、ちょうど二十日後のことだった。
「……こ、これは……!」
使者から渡された書状を手にした私と、それを覗き込む一家揃って、固唾を飲んだ。
メラン伯爵夫人グレース妃から、侍女になるようお誘いを受けたのだ。
伯爵家といっても、全く別次元の存在である。
何故ならグレース妃の夫メラン伯爵とは王弟クリストファー殿下。
だからグレース妃なのである。
王族だ。
名誉職として伯爵の爵位を頂いているメラン伯爵家は、王城から徒歩圏内の広場で、噴水を挟み教皇宮殿と向き合うセイントメラン城で暮らしている。
当然、王家とも日頃から交流もある。
私は王弟妃の侍女として召喚されたのだ。
「マイルズ……」
思わず次兄の名前を呟く。
なんて迅速で、なんて手回しのいい……
「大出世よ。婚期を逃す価値はあるわ」
母がおっとりした口調で私の肩を撫で、緩慢な動作で揺すった。
この後のやりとりを正確に記憶してはいないけれど、トントン拍子で事は進んでいったように思う。
気づくと私は家族から笑顔で見送られ、少ない荷物を持って馬車に乗り込み、揺られ、噴水の音を聞きながら馬車を降りていた。
セイントメラン城の前だった。
美しい青空に映える、白亜の邸宅。
振り返れば美しい噴水と、荘厳な教皇宮殿。
マシューとの恋が無様に終わり婚約破棄され傷物令嬢になろうとも、輝かしい未来が私を迎えたのは間違いない。
思わず、期待に胸が弾んで笑顔になる。
少し待っていると家令らしき白髪の男が私を出迎え、メイドに引き継ぎ居室へと案内された。
鞄を下ろした、その瞬間。
凄まじい嗚咽が私の耳を劈いた。
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