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「アマリアの目的が宮殿に出入りし王族を暗殺することであったとすれば、彼女を排除したのはこちら側の人間と考えて当然ですよね」
「だが私たちではない」
アライアンスが宰相として鋭い指摘をすると、グレイアム殿下が応じた。
グレイアム殿下の声はまだ複雑な感情が渦巻いている。親しく共に年を重ねてきたアマリアが暗殺者だったという事実に打ちひしがれているのを、必死で隠そうとしているようだった。
私はしがみつくような形ではあるものの、グレイアム殿下を抱きしめる。
「可哀相に。恐ろしい女に騙されていたなんて……」
母が私を憐み泣いている。
私は別のことを考えていた。
『ルクヴァタリアの花冠』の主人公であるはずのアマリア・メイプルが王族の命を狙う暗殺者エンドを迎えるなんてことがあるだろうか。
死ぬべき私が生き延びて物語を無理矢理に改変させている弊害なのだろうか。
恐らく、アマリアの正体を暴かない限り、私の死亡フラグは折れない。
今回の人生では私の耳にその正体が聞き取れない仕様らしいので、私がやるべきことは二つだ。
最後まで抗うこと。
そしてもし今回死に敗北しようとも、次があるならば忘れないこと。
アマリアと関りを持たない。
彼女を王宮に近づかせない。
それを、忘れないように……
「父上。─────の調査は私にお任せください」
エリオット殿下が力強く申し出る。
国王陛下は信頼を込めて頷き、グレイアム殿下とアライアンスに城内の警備を強化するよう指示を出した。
私は両親と共に、与えられた一室で待機となる。
別れ際、エリオット殿下の一瞥を浴びた気がしたが、もう彼を恐がる気持ちが蘇りはしなかった。
今回の生ではエリオット殿下の軍事力は頼りになる。心強いという思いが単純な信頼を生んでいた。
新たな事件が起きたのはそれから五日目の朝のこと。
大聖堂の地下でファラル殿下が殺害された。
それはアマリアと全く同じ手口で命を奪われ、同じ姿勢で打ち棄てられていたという。
「叛逆だ……!」
宮廷は騒然となった。
宮廷と関りの深いシスター・アマリアの死と、王太子の死では重みが違うのだ。命の尊さは平等だと口で説くのは簡単だ。でも、重みは違う。
私が死んでも世界は何一つ変わらなかった。
だけど、この世界でルクヴァタリアの次期国王が殺されたとなっては、全てが変わり果ててしまう。
「もうこの国は安全ではない。コーネリア、安全な場所へ逃げるんだ」
武装したグレイアム殿下を初めて見ると同時に、その物々しい姿で別れを告げられ、私は恐怖と絶望に震えた。
ところが、私の口は勝手にこんな台詞を放つ。
「私一人、亡命しろと仰るのですか?」
私は恐怖に支配された世界で怯え、震えているはずだった。
それでもグレイアム殿下に掴み掛かる。
「あなたと共にこの国を守っていくと誓いました。あなたを残して逃げるなんてできません」
「コーネリア……」
「あなたがこの国の為に戦い命果てるなら、私は共に眠ります。離れた場所で死ぬのは嫌です」
まるで私の意識──マユリの意識の外側にコーネリアという人格が独立して存在しているかのように、私は勝手に勇気を見せている。
「グレイアム殿下。あなたは私を未亡人にするおつもりなのですか?」
結婚が延期されただけで、私たちはもう夫婦だ。
この命は共にある。
コーネリアの主張にグレイアム殿下も同調していることは、その感極まった表情を見れば明らかだった。
「否。ただ、私は戦えるが、君は戦えない。強大な脅威に立ち向かう今、君には安全な場所でこの国の未来を祈っていて貰いたいんだ」
「グレイアム殿下……」
「わかってくれ。弟が殺された。君まで失うのは耐えられない」
こうして私たちは再会を約束し引き裂かれる運命へと導かれる。
未来を信じた逃亡劇が悲劇を迎えると確信しているのは、私だけかもしれなかった。けれどそれは諦めというより覚悟に近い。
恐い。
でも、繰り返されるには何か理由がある。
そんな気がしていた。
「だが私たちではない」
アライアンスが宰相として鋭い指摘をすると、グレイアム殿下が応じた。
グレイアム殿下の声はまだ複雑な感情が渦巻いている。親しく共に年を重ねてきたアマリアが暗殺者だったという事実に打ちひしがれているのを、必死で隠そうとしているようだった。
私はしがみつくような形ではあるものの、グレイアム殿下を抱きしめる。
「可哀相に。恐ろしい女に騙されていたなんて……」
母が私を憐み泣いている。
私は別のことを考えていた。
『ルクヴァタリアの花冠』の主人公であるはずのアマリア・メイプルが王族の命を狙う暗殺者エンドを迎えるなんてことがあるだろうか。
死ぬべき私が生き延びて物語を無理矢理に改変させている弊害なのだろうか。
恐らく、アマリアの正体を暴かない限り、私の死亡フラグは折れない。
今回の人生では私の耳にその正体が聞き取れない仕様らしいので、私がやるべきことは二つだ。
最後まで抗うこと。
そしてもし今回死に敗北しようとも、次があるならば忘れないこと。
アマリアと関りを持たない。
彼女を王宮に近づかせない。
それを、忘れないように……
「父上。─────の調査は私にお任せください」
エリオット殿下が力強く申し出る。
国王陛下は信頼を込めて頷き、グレイアム殿下とアライアンスに城内の警備を強化するよう指示を出した。
私は両親と共に、与えられた一室で待機となる。
別れ際、エリオット殿下の一瞥を浴びた気がしたが、もう彼を恐がる気持ちが蘇りはしなかった。
今回の生ではエリオット殿下の軍事力は頼りになる。心強いという思いが単純な信頼を生んでいた。
新たな事件が起きたのはそれから五日目の朝のこと。
大聖堂の地下でファラル殿下が殺害された。
それはアマリアと全く同じ手口で命を奪われ、同じ姿勢で打ち棄てられていたという。
「叛逆だ……!」
宮廷は騒然となった。
宮廷と関りの深いシスター・アマリアの死と、王太子の死では重みが違うのだ。命の尊さは平等だと口で説くのは簡単だ。でも、重みは違う。
私が死んでも世界は何一つ変わらなかった。
だけど、この世界でルクヴァタリアの次期国王が殺されたとなっては、全てが変わり果ててしまう。
「もうこの国は安全ではない。コーネリア、安全な場所へ逃げるんだ」
武装したグレイアム殿下を初めて見ると同時に、その物々しい姿で別れを告げられ、私は恐怖と絶望に震えた。
ところが、私の口は勝手にこんな台詞を放つ。
「私一人、亡命しろと仰るのですか?」
私は恐怖に支配された世界で怯え、震えているはずだった。
それでもグレイアム殿下に掴み掛かる。
「あなたと共にこの国を守っていくと誓いました。あなたを残して逃げるなんてできません」
「コーネリア……」
「あなたがこの国の為に戦い命果てるなら、私は共に眠ります。離れた場所で死ぬのは嫌です」
まるで私の意識──マユリの意識の外側にコーネリアという人格が独立して存在しているかのように、私は勝手に勇気を見せている。
「グレイアム殿下。あなたは私を未亡人にするおつもりなのですか?」
結婚が延期されただけで、私たちはもう夫婦だ。
この命は共にある。
コーネリアの主張にグレイアム殿下も同調していることは、その感極まった表情を見れば明らかだった。
「否。ただ、私は戦えるが、君は戦えない。強大な脅威に立ち向かう今、君には安全な場所でこの国の未来を祈っていて貰いたいんだ」
「グレイアム殿下……」
「わかってくれ。弟が殺された。君まで失うのは耐えられない」
こうして私たちは再会を約束し引き裂かれる運命へと導かれる。
未来を信じた逃亡劇が悲劇を迎えると確信しているのは、私だけかもしれなかった。けれどそれは諦めというより覚悟に近い。
恐い。
でも、繰り返されるには何か理由がある。
そんな気がしていた。
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