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58(レジナルド)※最終話※
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喪う哀しみを随分と幼い頃に植え付けられ、以来、その衝撃を忘れていたように思う。
だが死がそこに在る分、私は人生に肯定的であっただろう。
妻フェルネに思い付きで求婚し、それが叶い、現在共に人生という旅路を並んで歩いている私は、果たして父より幸福なのだろうか。
父は酷く嘆いたが、やはり父は、幸せだったのではないだろうか。
愛や幸福を他者と比べるなど、意味のないことだ。
私には私の人生しか与えられていないのだから、死という期限まで集中すべきだろう。
そして自己に集中するならば、やはり私には掛け替えのない妻子がいる。すると父の哀しみを思わずにはいられなくなる。
堂々巡りだ。
「ミスティがあんなふうに泣くなんて。私より、あなたに似てる」
フェルネが白い息を吐きながら微笑んだ。
私はやや不服な気持ちを隠すことなく妻に返した。
「私は泣かない」
「ええ、そうね。でもあなたからお義父様の血を受け継いだから優しい子に育ったのよ」
「在り得るな」
私はフェルネの背を軽く押し促してから歩調を合わせつつサルトスの待つ墓地の入口へ向かった。
「すると数年は嘆くかな」
「結婚適齢期を逃すわ」
「うむ。髭面の寒がりでも探すか」
「私は構わないけど」
「どっちが?」
「何?」
「娘の晩婚と髭面の婿」
「どちらもよ。あの子が幸せになれば満足だし、きっとなるでしょう。賢いもの」
フェルネと二人、暫し口を閉ざし雪鳴りを聞きながら娘の未来に思いを馳せる。
先に現在へ立ち返ったのは妻フェルネの方だった。
私は自分の父親を彷彿とさせるような婿はやはり御免被りたいと苦悩の沼に沈みかけていたところだ。
フェルネが微かに笑い、白い息が激しく洩れる。
「あんなに泣いたの赤ん坊の頃以来よ。ぐずる前に説く子でしょう。痛みには冷静だし。可哀相な気がしたけれど、少し可愛かった」
「確かに。高齢だった父の死よりあの号泣の方が驚いた。それに……」
「何よ」
「ミスティの泣き顔は、君のくしゃみ顔に似てる。父が笑顔で息絶えていた分こちらも妙な気楽さと若干祝福めいた気持ちもあり、不謹慎だろうがあの泣き顔を思い出すとやや笑える」
「あなた……」
「無論、心が温かくなるという意味だ」
春にフェルネが別荘へ避難するようになってそれなりの年月が過ぎたが、オックススプリング侯領の研究所で特効薬が開発されて以来、私はあの盛大なくしゃみを懐かしむ心境に恵まれた。
ミスティの号泣する顔から受けた衝撃は正に初めてフェルネの盛大なくしゃみを目の当たりにした時の衝撃を彷彿とさせるものだったのだ。
ふいにフェルネがやや眉尻を下げ優しい苦笑の表情で私を見上げた。
そんな妻に密かに見惚れる。
続くフェルネの言葉は私を幸福にするものだった。
「だとしたら、あなたが死ぬ時私は泣くから、あなた最期に笑うわね」
だが死がそこに在る分、私は人生に肯定的であっただろう。
妻フェルネに思い付きで求婚し、それが叶い、現在共に人生という旅路を並んで歩いている私は、果たして父より幸福なのだろうか。
父は酷く嘆いたが、やはり父は、幸せだったのではないだろうか。
愛や幸福を他者と比べるなど、意味のないことだ。
私には私の人生しか与えられていないのだから、死という期限まで集中すべきだろう。
そして自己に集中するならば、やはり私には掛け替えのない妻子がいる。すると父の哀しみを思わずにはいられなくなる。
堂々巡りだ。
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「どっちが?」
「何?」
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フェルネが微かに笑い、白い息が激しく洩れる。
「あんなに泣いたの赤ん坊の頃以来よ。ぐずる前に説く子でしょう。痛みには冷静だし。可哀相な気がしたけれど、少し可愛かった」
「確かに。高齢だった父の死よりあの号泣の方が驚いた。それに……」
「何よ」
「ミスティの泣き顔は、君のくしゃみ顔に似てる。父が笑顔で息絶えていた分こちらも妙な気楽さと若干祝福めいた気持ちもあり、不謹慎だろうがあの泣き顔を思い出すとやや笑える」
「あなた……」
「無論、心が温かくなるという意味だ」
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ふいにフェルネがやや眉尻を下げ優しい苦笑の表情で私を見上げた。
そんな妻に密かに見惚れる。
続くフェルネの言葉は私を幸福にするものだった。
「だとしたら、あなたが死ぬ時私は泣くから、あなた最期に笑うわね」
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