上 下
43 / 58

43(サディアス)

しおりを挟む
「あぁ……」

凡そ6年ぶりに生まれ故郷エヴァンズ伯領に帰って来た。
生まれ育った城の空気に、懐かしい使用人たちの顔。どれもが在るべき物。僕の周りに在るべき物だらけ。

執務室にある安楽椅子に身を委ね体が沈みゆく快感に浸る。

「……」

そう。
これこれ。

やっぱり、こうでなくちゃ。

天井を仰ぎ目を閉じる。
あまりにも心地よ過ぎて笑いが堪えられない。

「サディアス。何か気づきませんか?」

母の咎めるような声に薄目を開ける。母は漆黒のドレスを纏い、飾り気の乏しい姿で戸口に立っている。冷たい眼差しに呆れるしかない。やっと僕が、愛しい愛しい一人息子の僕が帰って来たというのに、まるで喜んでいる様子がない。

自分で連れ戻したくせに。
僕に会いたくて堪らなかったくせに。

我が息子ジェームズという宝物を得て、親の愛を知った。
だが母の中の僕への愛はどうやら枯れ果て、さもなくば息絶える直前のようだ。

僕は一つ気になることを尋ねた。

「父上はまだ怒っているのですか?」

母は表情を変えず声だけ重々しく荒げ答えた。

「亡くなりました」
「……は?」

安楽椅子から僅かに身を起こす。
母は僕を睨みつけると壁沿いに執務室の奥へ奥へと向かい始め、その間ずっと僕から目を離さなかった。

「あなたのせいですよ。あなたがブラインの寿命を縮め、死に追いやったのです」
「……ふっ」

冷笑が洩れる。

「馬鹿だなぁ。自分で僕を追い出しておいて、気に病んで死ぬなんて」
「サディアス!」
「実際、惜しかったですよ。そうでしょう母上?もっと早く呼び戻していれば僕に会えたのに。息子の顔も、孫の顔も見ずに死んだか……」

我が父親ながら憐れな男だ。否、憐れな父親と言おうか。

「サディアス……あなた……!」
「あ、だから僕を?次期領主不在では困るから?」
「よくわかっているわね。その通りです」
「親心があれば死に際に勘当を解くと思うけど……いつです?」
「もう5年になります」
「5年!?」

今度こそ僕は安楽椅子から身を乗り出した。肘掛を掴み、やや食い掛るよう母に問う。

「5年も領主不在で何をやっていたんです!?」

母は冷酷な表情で更に忌々しそうに眉を寄せ、歯軋りに近い口の形で答える。

「姪のジャクリーンを養女に迎え婿を取らせようとしたのよ」
「ジャクリーン?あの子は子爵令嬢でしょう?」
「それ以前に私の姪です。雌猫を選んだあなたにとやかく言われる筋合いはありません」
「はっ」

もう嘲笑うしかない。

「それで、その婿殿は?見当たりませんね?」
「エヴァンズ伯爵令嬢として再教育を施したけれど全く役に立たなかったのよ」

だから僕を呼び戻したのか。
僕はそこまで後回しにされて、蔑ろにされているのか。

これが産みの母か。

「ジャクリーンは納得したのですか?」
「はっ」

今度は母が嗤う。

「私の城で何不自由ない暮らしをしておきながら、私を呪って寝起きしているわ」
「まあ、それは母上が悪いんでしょうね」
「なんですって!?」
「それに」

僕は安楽椅子から腰をあげる。

「ここは僕の城です」

これは動かし難い事実のはずだったが、母は僅かに顎を上げ僕を見下した。

「いいえ。ブラインは次期領主の選定を含めた全権を私に委ねました。この遺言は絶対です。ここは、私の城です」
「なるほどね」

母の言い分も一理ある。

僕が長期不在だったのは誰かにそう仕組まれたわけではなく、僕自らが選んだこと。真実の愛に導かれ、感動的な逃避行を経て、父親になった。
だからこの空席を埋める為に両親は何某かの策を練る必要があり、僕を除け者にして話を進める権利もあった。

だが僕を連れ戻したのは母に他ならない。

僕は空席となっている執務机の椅子、領主の座るべきその椅子の背に手を掛け、僕を受け入れる向きに整えた。母は僕を凝視していたが文句は言わなかった。僕がいなければ困るのは母だ。

腰を下ろし、向きを直す。
エヴァンズ伯領の全てを決定する為の執務机に肘をつき、指を組んで顎を乗せる。

そして改めて母を見つめた。

「これで僕の城だ。あなたの望み通り」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完】婚約してから十年、私に興味が無さそうなので婚約の解消を申し出たら殿下に泣かれてしまいました

さこの
恋愛
 婚約者の侯爵令嬢セリーナが好きすぎて話しかけることができなくさらに近くに寄れないジェフェリー。  そんなジェフェリーに嫌われていると思って婚約をなかった事にして、自由にしてあげたいセリーナ。  それをまた勘違いして何故か自分が選ばれると思っている平民ジュリアナ。  あくまで架空のゆる設定です。 ホットランキング入りしました。ありがとうございます!! 2021/08/29 *全三十話です。執筆済みです

完結 冗談で済ますつもりでしょうが、そうはいきません。

音爽(ネソウ)
恋愛
王子の幼馴染はいつもわがまま放題。それを放置する。 結婚式でもやらかして私の挙式はメチャクチャに 「ほんの冗談さ」と王子は軽くあしらうが、そこに一人の男性が現れて……

嘘つきな唇〜もう貴方のことは必要ありません〜

みおな
恋愛
 伯爵令嬢のジュエルは、王太子であるシリウスから求婚され、王太子妃になるべく日々努力していた。  そんなある日、ジュエルはシリウスが一人の女性と抱き合っているのを見てしまう。  その日以来、何度も何度も彼女との逢瀬を重ねるシリウス。  そんなに彼女が好きなのなら、彼女を王太子妃にすれば良い。  ジュエルが何度そう言っても、シリウスは「彼女は友人だよ」と繰り返すばかり。  堂々と嘘をつくシリウスにジュエルは・・・

後悔だけでしたらどうぞご自由に

風見ゆうみ
恋愛
女好きで有名な国王、アバホカ陛下を婚約者に持つ私、リーシャは陛下から隣国の若き公爵の婚約者の女性と関係をもってしまったと聞かされます。 それだけでなく陛下は私に向かって、その公爵の元に嫁にいけと言いはなったのです。 本来ならば、私がやらなくても良い仕事を寝る間も惜しんで頑張ってきたというのにこの仕打ち。 悔しくてしょうがありませんでしたが、陛下から婚約破棄してもらえるというメリットもあり、隣国の公爵に嫁ぐ事になった私でしたが、公爵家の使用人からは温かく迎えられ、公爵閣下も冷酷というのは噂だけ? 帰ってこいという陛下だけでも面倒ですのに、私や兄を捨てた家族までもが絡んできて…。 ※R15は保険です。 ※小説家になろうさんでも公開しています。 ※名前にちょっと遊び心をくわえています。気になる方はお控え下さい。 ※史実とは関係なく、設定もゆるい、ご都合主義です。 ※中世ヨーロッパ風で貴族制度はありますが、法律、武器、食べ物などは現代風、もしくはオリジナルです。話を進めるにあたり、都合の良い世界観となっています。 ※誤字脱字、見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。

彼女にも愛する人がいた

まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。 「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」 そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。 餓死だと? この王宮で?  彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。 俺の背中を嫌な汗が流れた。 では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…? そんな馬鹿な…。信じられなかった。 だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。 「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。 彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。 俺はその報告に愕然とした。

【完結】都合のいい女ではありませんので

風見ゆうみ
恋愛
アルミラ・レイドック侯爵令嬢には伯爵家の次男のオズック・エルモードという婚約者がいた。 わたしと彼は、現在、遠距離恋愛中だった。 サプライズでオズック様に会いに出かけたわたしは彼がわたしの親友と寄り添っているところを見てしまう。 「アルミラはオレにとっては都合のいい女でしかない」 レイドック侯爵家にはわたししか子供がいない。 オズック様は侯爵という爵位が目的で婿養子になり、彼がレイドック侯爵になれば、わたしを捨てるつもりなのだという。 親友と恋人の会話を聞いたわたしは彼らに制裁を加えることにした。 ※独特の異世界の世界観であり、設定はゆるゆるで、ご都合主義です。 ※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。教えていただけますと有り難いです。

王太子エンドを迎えたはずのヒロインが今更私の婚約者を攻略しようとしているけどさせません

黒木メイ
恋愛
日本人だった頃の記憶があるクロエ。 でも、この世界が乙女ゲームに似た世界だとは知らなかった。 知ったのはヒロインらしき人物が落とした『攻略ノート』のおかげ。 学園も卒業して、ヒロインは王太子エンドを無事に迎えたはずなんだけど……何故か今になってヒロインが私の婚約者に近づいてきた。 いったい、何を考えているの?! 仕方ない。現実を見せてあげましょう。 と、いうわけでクロエは婚約者であるダニエルに告げた。 「しばらくの間、実家に帰らせていただきます」 突然告げられたクロエ至上主義なダニエルは顔面蒼白。 普段使わない頭を使ってクロエに戻ってきてもらう為に奮闘する。 ※わりと見切り発車です。すみません。 ※小説家になろう様にも掲載。(7/21異世界転生恋愛日間1位)

婚約者と妹が運命的な恋をしたそうなので、お望み通り2人で過ごせるように別れることにしました

柚木ゆず
恋愛
※4月3日、本編完結いたしました。4月5日(恐らく夕方ごろ)より、番外編の投稿を始めさせていただきます。 「ヴィクトリア。君との婚約を白紙にしたい」 「おねぇちゃん。実はオスカーさんの運命の人だった、妹のメリッサです……っ」  私の婚約者オスカーは真に愛すべき人を見つけたそうなので、妹のメリッサと結婚できるように婚約を解消してあげることにしました。  そうして2人は呆れる私の前でイチャイチャしたあと、同棲を宣言。幸せな毎日になると喜びながら、仲良く去っていきました。  でも――。そんな毎日になるとは、思わない。  2人はとある理由で、いずれ婚約を解消することになる。  私は破局を確信しながら、元婚約者と妹が乗る馬車を眺めたのでした。

処理中です...