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43(サディアス)

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「あぁ……」

凡そ6年ぶりに生まれ故郷エヴァンズ伯領に帰って来た。
生まれ育った城の空気に、懐かしい使用人たちの顔。どれもが在るべき物。僕の周りに在るべき物だらけ。

執務室にある安楽椅子に身を委ね体が沈みゆく快感に浸る。

「……」

そう。
これこれ。

やっぱり、こうでなくちゃ。

天井を仰ぎ目を閉じる。
あまりにも心地よ過ぎて笑いが堪えられない。

「サディアス。何か気づきませんか?」

母の咎めるような声に薄目を開ける。母は漆黒のドレスを纏い、飾り気の乏しい姿で戸口に立っている。冷たい眼差しに呆れるしかない。やっと僕が、愛しい愛しい一人息子の僕が帰って来たというのに、まるで喜んでいる様子がない。

自分で連れ戻したくせに。
僕に会いたくて堪らなかったくせに。

我が息子ジェームズという宝物を得て、親の愛を知った。
だが母の中の僕への愛はどうやら枯れ果て、さもなくば息絶える直前のようだ。

僕は一つ気になることを尋ねた。

「父上はまだ怒っているのですか?」

母は表情を変えず声だけ重々しく荒げ答えた。

「亡くなりました」
「……は?」

安楽椅子から僅かに身を起こす。
母は僕を睨みつけると壁沿いに執務室の奥へ奥へと向かい始め、その間ずっと僕から目を離さなかった。

「あなたのせいですよ。あなたがブラインの寿命を縮め、死に追いやったのです」
「……ふっ」

冷笑が洩れる。

「馬鹿だなぁ。自分で僕を追い出しておいて、気に病んで死ぬなんて」
「サディアス!」
「実際、惜しかったですよ。そうでしょう母上?もっと早く呼び戻していれば僕に会えたのに。息子の顔も、孫の顔も見ずに死んだか……」

我が父親ながら憐れな男だ。否、憐れな父親と言おうか。

「サディアス……あなた……!」
「あ、だから僕を?次期領主不在では困るから?」
「よくわかっているわね。その通りです」
「親心があれば死に際に勘当を解くと思うけど……いつです?」
「もう5年になります」
「5年!?」

今度こそ僕は安楽椅子から身を乗り出した。肘掛を掴み、やや食い掛るよう母に問う。

「5年も領主不在で何をやっていたんです!?」

母は冷酷な表情で更に忌々しそうに眉を寄せ、歯軋りに近い口の形で答える。

「姪のジャクリーンを養女に迎え婿を取らせようとしたのよ」
「ジャクリーン?あの子は子爵令嬢でしょう?」
「それ以前に私の姪です。雌猫を選んだあなたにとやかく言われる筋合いはありません」
「はっ」

もう嘲笑うしかない。

「それで、その婿殿は?見当たりませんね?」
「エヴァンズ伯爵令嬢として再教育を施したけれど全く役に立たなかったのよ」

だから僕を呼び戻したのか。
僕はそこまで後回しにされて、蔑ろにされているのか。

これが産みの母か。

「ジャクリーンは納得したのですか?」
「はっ」

今度は母が嗤う。

「私の城で何不自由ない暮らしをしておきながら、私を呪って寝起きしているわ」
「まあ、それは母上が悪いんでしょうね」
「なんですって!?」
「それに」

僕は安楽椅子から腰をあげる。

「ここは僕の城です」

これは動かし難い事実のはずだったが、母は僅かに顎を上げ僕を見下した。

「いいえ。ブラインは次期領主の選定を含めた全権を私に委ねました。この遺言は絶対です。ここは、私の城です」
「なるほどね」

母の言い分も一理ある。

僕が長期不在だったのは誰かにそう仕組まれたわけではなく、僕自らが選んだこと。真実の愛に導かれ、感動的な逃避行を経て、父親になった。
だからこの空席を埋める為に両親は何某かの策を練る必要があり、僕を除け者にして話を進める権利もあった。

だが僕を連れ戻したのは母に他ならない。

僕は空席となっている執務机の椅子、領主の座るべきその椅子の背に手を掛け、僕を受け入れる向きに整えた。母は僕を凝視していたが文句は言わなかった。僕がいなければ困るのは母だ。

腰を下ろし、向きを直す。
エヴァンズ伯領の全てを決定する為の執務机に肘をつき、指を組んで顎を乗せる。

そして改めて母を見つめた。

「これで僕の城だ。あなたの望み通り」
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