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38(リディ)
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「私から夫を奪っておいて見殺しにしようって言うの!?」
打たれた勢いで横を向いて目を瞠ったヒルダの肩を強く押し、私は何度も彼女をつき飛ばそうと力を込め拳を打ち付ける。
「毎日私の家に来て良くしてくれたから感謝していたのに、よくも騙したわね!優しいふりして私の横でサディアスを誘惑していたなんて!裏切り者!!」
「……?」
ヒルダが私に目を向けた。
正気を疑う冷酷な眼差しが突き刺さるが気にしない。
私は力の限りヒルダを罵倒する。
「都合が悪くなったら被害者面!?あんたのせいでサディアスが殺されるっていうのにワイラーに媚びを売るしかできないの!?何がシスターよ、このアバズレ!!」
「おい!」
ワイラーの怒声が私に向けられたものだと理解していても、私は自分が止められない。
「そうやって手あたり次第に男を誑かすから破門されたんじゃないの!?」
「リディ!やめて!」
背後でエマが叫んだ。
その声につられて私はくるりと体の向きを変え、サディアスの処刑を見ようと集まって来た村人を順に見回した。
「ねえ、何人がヒルダとやってるの!?あんたも!?あんたも!?それなのにどうしてサディアスだけ処刑なのよ!」
ヒルダが憎い。
許せない。
再びヒルダの方に体を向けてまた手を上げる。
「こんな穢れた聖女の火遊びに付き合わされて、どうしてサディアスが殺されなきゃならないのよぉ!!」
「やめろぉ!」
「!?」
甲高い声に私は我に返った。
振り向くと、息子のジェームズが大粒の涙を流しながら顔を真っ赤にして怒り狂い、エマの腕の中で暴れていた。
「……」
私、いったい……何を……
息子の前で、なんてことを。
後悔に襲われた私にジェームズが更なる追い打ちをかけてくる。
「ヒルダをいじめるな!ママのバカァ!わあああああっ!!」
「……」
息子への愛が凍り付いた瞬間だった。
ああ、お前も。
父親と同じで、ヒルダを選ぶの。
「はっ、はは……」
私は乾いた笑い声をあげ、この馬鹿げた悲劇に見切りをつけた。
はずだった。
「?」
離れようとした私の手をヒルダが恐ろしい力で掴み、無言のまま歩き出した。
「何よ。やめて……っ、離してよ!」
ヒルダは応じない。
そして私を力尽くでサディアスの正面に跪かせた。
この段階で私は自分の過ちに気づき、息をするのも忘れた。
「……」
サディアスと見つめ合う。
私も、サディアスと同じように、この村で許されない罪を犯したのだと理解する。
「あ……」
怒りに任せ、我を忘れ、本来なら被害者であるはずのヒルダを口汚く罵ってしまった。
頭に血が上って、在りもしない物語をさも事実のように思い込んでヒルダを蔑んだ。私の望む罰してもいいヒルダの役を、優しくて面倒見のいいヒルダに押し付けて、詰った。殴った。突き飛ばした。
本当に良くしてくれたのに。
私たち夫婦が、ヒルダを裏切ったのに。
真後ろに立つヒルダが私の髪を掴んで呟いた。
「神はどうして、あんたにこんな男を与えたんだろうね」
その声の静けさが恐い。
息子の泣き叫ぶ声が聞こえる。涙が溢れ、サディアスがぼやけて見えなくなる。
「少し傷ついたけどあんたを恨みはしないよ。でも、よく見てもらわないと。私を無理矢理犯そうとしたあんたの旦那が、私の騎士に断罪される一部始終を」
「……」
ワイラーが大きな石を持ち上げる気配がして、息子の泣き声が唐突に遠退いていき、夫サディアスがヒルダに愛を叫ぶ無様な声を聞きながら、私はただ絶望していた。
こんな終わり方?
王家の血を引く伯爵令嬢から命懸けで愛を奪って、その結末がこれ?
必死で生きてきたのに、こんな酷い人生なの?
自問自答の末、答えに辿り着く。
最初から分かっていて目を背けていた答え。
この結婚は間違いだった。
だから悲惨な結末を迎えるのだ。
──ところが。
今まさに悲惨な結末を迎えようとしていた私とサディアスの結婚が、複数の馬の足音によって一瞬で救われた。
背後から私を抑え込んでいたヒルダが意外な程びくりと飛び上がって怯え、脱兎の如く人垣に紛れ消えた。ワイラーも石を下ろした。村人たちは狼狽した様子でその音のする方を向いている。
私は涙を拭いた。
正面でサディアスが目を煌めかせ、村人たちと同じ方を凝視している。
振り向くと、そこには小隊を率いる黒衣の婦人の姿があった。私はその人物を知っていた。
エヴァンズ伯爵夫人イライザ。
夫サディアスの実の母親だった。
打たれた勢いで横を向いて目を瞠ったヒルダの肩を強く押し、私は何度も彼女をつき飛ばそうと力を込め拳を打ち付ける。
「毎日私の家に来て良くしてくれたから感謝していたのに、よくも騙したわね!優しいふりして私の横でサディアスを誘惑していたなんて!裏切り者!!」
「……?」
ヒルダが私に目を向けた。
正気を疑う冷酷な眼差しが突き刺さるが気にしない。
私は力の限りヒルダを罵倒する。
「都合が悪くなったら被害者面!?あんたのせいでサディアスが殺されるっていうのにワイラーに媚びを売るしかできないの!?何がシスターよ、このアバズレ!!」
「おい!」
ワイラーの怒声が私に向けられたものだと理解していても、私は自分が止められない。
「そうやって手あたり次第に男を誑かすから破門されたんじゃないの!?」
「リディ!やめて!」
背後でエマが叫んだ。
その声につられて私はくるりと体の向きを変え、サディアスの処刑を見ようと集まって来た村人を順に見回した。
「ねえ、何人がヒルダとやってるの!?あんたも!?あんたも!?それなのにどうしてサディアスだけ処刑なのよ!」
ヒルダが憎い。
許せない。
再びヒルダの方に体を向けてまた手を上げる。
「こんな穢れた聖女の火遊びに付き合わされて、どうしてサディアスが殺されなきゃならないのよぉ!!」
「やめろぉ!」
「!?」
甲高い声に私は我に返った。
振り向くと、息子のジェームズが大粒の涙を流しながら顔を真っ赤にして怒り狂い、エマの腕の中で暴れていた。
「……」
私、いったい……何を……
息子の前で、なんてことを。
後悔に襲われた私にジェームズが更なる追い打ちをかけてくる。
「ヒルダをいじめるな!ママのバカァ!わあああああっ!!」
「……」
息子への愛が凍り付いた瞬間だった。
ああ、お前も。
父親と同じで、ヒルダを選ぶの。
「はっ、はは……」
私は乾いた笑い声をあげ、この馬鹿げた悲劇に見切りをつけた。
はずだった。
「?」
離れようとした私の手をヒルダが恐ろしい力で掴み、無言のまま歩き出した。
「何よ。やめて……っ、離してよ!」
ヒルダは応じない。
そして私を力尽くでサディアスの正面に跪かせた。
この段階で私は自分の過ちに気づき、息をするのも忘れた。
「……」
サディアスと見つめ合う。
私も、サディアスと同じように、この村で許されない罪を犯したのだと理解する。
「あ……」
怒りに任せ、我を忘れ、本来なら被害者であるはずのヒルダを口汚く罵ってしまった。
頭に血が上って、在りもしない物語をさも事実のように思い込んでヒルダを蔑んだ。私の望む罰してもいいヒルダの役を、優しくて面倒見のいいヒルダに押し付けて、詰った。殴った。突き飛ばした。
本当に良くしてくれたのに。
私たち夫婦が、ヒルダを裏切ったのに。
真後ろに立つヒルダが私の髪を掴んで呟いた。
「神はどうして、あんたにこんな男を与えたんだろうね」
その声の静けさが恐い。
息子の泣き叫ぶ声が聞こえる。涙が溢れ、サディアスがぼやけて見えなくなる。
「少し傷ついたけどあんたを恨みはしないよ。でも、よく見てもらわないと。私を無理矢理犯そうとしたあんたの旦那が、私の騎士に断罪される一部始終を」
「……」
ワイラーが大きな石を持ち上げる気配がして、息子の泣き声が唐突に遠退いていき、夫サディアスがヒルダに愛を叫ぶ無様な声を聞きながら、私はただ絶望していた。
こんな終わり方?
王家の血を引く伯爵令嬢から命懸けで愛を奪って、その結末がこれ?
必死で生きてきたのに、こんな酷い人生なの?
自問自答の末、答えに辿り着く。
最初から分かっていて目を背けていた答え。
この結婚は間違いだった。
だから悲惨な結末を迎えるのだ。
──ところが。
今まさに悲惨な結末を迎えようとしていた私とサディアスの結婚が、複数の馬の足音によって一瞬で救われた。
背後から私を抑え込んでいたヒルダが意外な程びくりと飛び上がって怯え、脱兎の如く人垣に紛れ消えた。ワイラーも石を下ろした。村人たちは狼狽した様子でその音のする方を向いている。
私は涙を拭いた。
正面でサディアスが目を煌めかせ、村人たちと同じ方を凝視している。
振り向くと、そこには小隊を率いる黒衣の婦人の姿があった。私はその人物を知っていた。
エヴァンズ伯爵夫人イライザ。
夫サディアスの実の母親だった。
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