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34(サディアス)
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「ジェームズ、お散歩行くぞぉ」
「はいパパ!」
「こら、ジェームズ。お家の中ではお父様って呼びなさい。あなたは貴族なんだから!お父様!!」
ジェームズは産まれた瞬間から可愛かったが、言葉を覚え小さな足で走り回るようになった今の可愛さも異常だ。もうすぐ5才。
「はぁーい。パパ、ママがおとうさまって」
「うん。ママはしっかり者だからね。ママの言うことはよく聞きなさい」
「はい、パパ」
「ジェームズ!」
暖炉の掃除をしながらリディが怒鳴る。
僕は笑いながらジェームズの手を引いて戸口へ向かう。
「いいんだよねぇ?これからお外へ行くんだから」
「うん!」
散歩へ出かける僕たち親子をリディも笑顔で見送ってくれる。
怒鳴ったり笑ったり忙しい人だけど、本当に頼りになる最高の奥さんだ。
「いってらっしゃい!」
「バイバイ、ママ」
「行ってきますだよ、ジェームズ。ママに行ってきますって言って」
「いってきます、ママ」
「はい、いってらっしゃい!」
リディはジェームズの次に僕へと笑顔で手を振った。
僕も笑顔で手を振り返す。
家を出るとやっと親子だけの時間だ。
「ジェームズ。見てごらん、蝶々だよ」
「ちょーちょ!」
「あらお二人さん、お散歩?」
村を歩くと誰もが笑顔で声を掛けてくる。
ジェームズは人気者だ。僕はその御供みたいな扱いを受けるが、まあ、いずれこの村を治めるジェームズが慕われているなら寛大にもなれる。
「エマ!」
「はぁい、いらっしゃい」
ジェームズが村人の一人、エマに抱きついた。
エマはつまり農民で、リディと同じ匂いがする。ジェームズの出産にも立ち会ってくれた頼れる存在であり、母を想わせる。
「今日はどこ行くの?」
「おいけ!」
「池?あんたお池行くの?」
「うん!」
エマが驚きの目を僕に向ける。
「大丈夫?こんなチビ連れて池なんて、あんた一人で心配だよ」
「ははは。大丈夫。行きませんよ」
「え?行かないの?」
「泳ぎを教えるのは7才になってからってリディが言うんで」
「ああ、リディの言うことはよく聞きな」
「釣りも教えたいんだけど、僕が今バリーから教わってるところで……」
「あんた素質ないからね。もう少し大きくなったら、直接バリーから習わせたら?」
「それがいいかなぁ」
僕が頭を掻いたところで、ジェームズがぴょんと飛び跳ねた。
「おいけ!」
「ああ、今度みんなで行こう。ママも一緒にね」
エマがジェームズの頭を撫でる。
あの熟しきった母性に絶大な信頼を寄せている息子を尊重するとしたら、ばぁやとして迎えるのはエマを置いて他にいないだろう。
「よぉーし。ジェームズ!」
呼ぶとジェームズがトテトテと駆けてきて僕の足に巻き付いた。
「本当にいい父親だねぇ……仕事もできればね」
「あはは。じゃあエマ、また」
「はいよ」
「バイバイ、エマ」
「はい、バイバイ」
そして僕ら親子は昼下がりの小さな教会へと向かう。
愛しいヒルダが正午の祈りを捧げ終え寛いでいるその食卓へ。
何をしたか定かではないが、追放されたシスターがこんな場所で信仰を捨てずに村人を支え頑張っている。彼女は清く正しく美しく、強く、健気で、愛さずにはいられない。
「ヒルダ!」
「あら、ジェームズいらっしゃい」
我が息子もヒルダを愛さずにはいられないだろう。
平民と同じ格好をした黒髪の聖女に駆け寄って、飛びついて、頬ずりして甘えている。
「やあ、ヒルダ」
「サディアス、こんにちは。リディに変わりはない?」
「うん、変わりないよ。君は?」
「普通よ」
僕の愛しい息子ジェームズを撫で繰り回しながら僕と何気ない言葉を交わすヒルダの深いエメラルドの瞳に魅入られる。
愛しくて、切なくて。
神に生涯を捧げるなんて本当に勿体ない。
もっと相応しいドレスに身を包み、髪を結って、アクセサリーは……そう、真珠が似合うだろう。ダイヤは強すぎるし、ルビーやサファイアなど主張しすぎる宝石はエメラルドの瞳と戦ってしまう。
トパーズ。そう、トパーズはいいかもしれない。
でもやっぱり真珠だ。
純白の輝きがヒルダにはきっとよく似合うはずだ。
今の僕には何もない。
だけど帰りさえずれば僕は全てを持っている。
「何か手伝うことはあるかな?」
「やめて。あんたが触ったら余計散らかる」
屈託なく笑う黒髪の聖女ヒルダ。
僕が迎えに来た。これが運命だったんだ。
「はは。そうだよね、ごめん」
僕が全てを与えられるとヒルダはまだ知らない。
もし伝えたら……愛を伝えたら、ヒルダはどんな顔で蕩けるだろう。
ヒルダは神に仕える神聖な存在。
だが神の方はヒルダを追放した。
今までずっとヒルダの信仰心を尊重してきたが、この想いはもう胸にしまっておくには大きすぎる。
愛している。
愛しいヒルダが愛する我が息子ジェームズと笑顔で抱きあっている。
ここに真実の愛がある。
僕はついに本物を見つけた。
神がいるならこれが奇跡だ。
だがヒルダは僕が貰う。むざむざと放り捨てた神になど、もう貸してやらない。
「はいパパ!」
「こら、ジェームズ。お家の中ではお父様って呼びなさい。あなたは貴族なんだから!お父様!!」
ジェームズは産まれた瞬間から可愛かったが、言葉を覚え小さな足で走り回るようになった今の可愛さも異常だ。もうすぐ5才。
「はぁーい。パパ、ママがおとうさまって」
「うん。ママはしっかり者だからね。ママの言うことはよく聞きなさい」
「はい、パパ」
「ジェームズ!」
暖炉の掃除をしながらリディが怒鳴る。
僕は笑いながらジェームズの手を引いて戸口へ向かう。
「いいんだよねぇ?これからお外へ行くんだから」
「うん!」
散歩へ出かける僕たち親子をリディも笑顔で見送ってくれる。
怒鳴ったり笑ったり忙しい人だけど、本当に頼りになる最高の奥さんだ。
「いってらっしゃい!」
「バイバイ、ママ」
「行ってきますだよ、ジェームズ。ママに行ってきますって言って」
「いってきます、ママ」
「はい、いってらっしゃい!」
リディはジェームズの次に僕へと笑顔で手を振った。
僕も笑顔で手を振り返す。
家を出るとやっと親子だけの時間だ。
「ジェームズ。見てごらん、蝶々だよ」
「ちょーちょ!」
「あらお二人さん、お散歩?」
村を歩くと誰もが笑顔で声を掛けてくる。
ジェームズは人気者だ。僕はその御供みたいな扱いを受けるが、まあ、いずれこの村を治めるジェームズが慕われているなら寛大にもなれる。
「エマ!」
「はぁい、いらっしゃい」
ジェームズが村人の一人、エマに抱きついた。
エマはつまり農民で、リディと同じ匂いがする。ジェームズの出産にも立ち会ってくれた頼れる存在であり、母を想わせる。
「今日はどこ行くの?」
「おいけ!」
「池?あんたお池行くの?」
「うん!」
エマが驚きの目を僕に向ける。
「大丈夫?こんなチビ連れて池なんて、あんた一人で心配だよ」
「ははは。大丈夫。行きませんよ」
「え?行かないの?」
「泳ぎを教えるのは7才になってからってリディが言うんで」
「ああ、リディの言うことはよく聞きな」
「釣りも教えたいんだけど、僕が今バリーから教わってるところで……」
「あんた素質ないからね。もう少し大きくなったら、直接バリーから習わせたら?」
「それがいいかなぁ」
僕が頭を掻いたところで、ジェームズがぴょんと飛び跳ねた。
「おいけ!」
「ああ、今度みんなで行こう。ママも一緒にね」
エマがジェームズの頭を撫でる。
あの熟しきった母性に絶大な信頼を寄せている息子を尊重するとしたら、ばぁやとして迎えるのはエマを置いて他にいないだろう。
「よぉーし。ジェームズ!」
呼ぶとジェームズがトテトテと駆けてきて僕の足に巻き付いた。
「本当にいい父親だねぇ……仕事もできればね」
「あはは。じゃあエマ、また」
「はいよ」
「バイバイ、エマ」
「はい、バイバイ」
そして僕ら親子は昼下がりの小さな教会へと向かう。
愛しいヒルダが正午の祈りを捧げ終え寛いでいるその食卓へ。
何をしたか定かではないが、追放されたシスターがこんな場所で信仰を捨てずに村人を支え頑張っている。彼女は清く正しく美しく、強く、健気で、愛さずにはいられない。
「ヒルダ!」
「あら、ジェームズいらっしゃい」
我が息子もヒルダを愛さずにはいられないだろう。
平民と同じ格好をした黒髪の聖女に駆け寄って、飛びついて、頬ずりして甘えている。
「やあ、ヒルダ」
「サディアス、こんにちは。リディに変わりはない?」
「うん、変わりないよ。君は?」
「普通よ」
僕の愛しい息子ジェームズを撫で繰り回しながら僕と何気ない言葉を交わすヒルダの深いエメラルドの瞳に魅入られる。
愛しくて、切なくて。
神に生涯を捧げるなんて本当に勿体ない。
もっと相応しいドレスに身を包み、髪を結って、アクセサリーは……そう、真珠が似合うだろう。ダイヤは強すぎるし、ルビーやサファイアなど主張しすぎる宝石はエメラルドの瞳と戦ってしまう。
トパーズ。そう、トパーズはいいかもしれない。
でもやっぱり真珠だ。
純白の輝きがヒルダにはきっとよく似合うはずだ。
今の僕には何もない。
だけど帰りさえずれば僕は全てを持っている。
「何か手伝うことはあるかな?」
「やめて。あんたが触ったら余計散らかる」
屈託なく笑う黒髪の聖女ヒルダ。
僕が迎えに来た。これが運命だったんだ。
「はは。そうだよね、ごめん」
僕が全てを与えられるとヒルダはまだ知らない。
もし伝えたら……愛を伝えたら、ヒルダはどんな顔で蕩けるだろう。
ヒルダは神に仕える神聖な存在。
だが神の方はヒルダを追放した。
今までずっとヒルダの信仰心を尊重してきたが、この想いはもう胸にしまっておくには大きすぎる。
愛している。
愛しいヒルダが愛する我が息子ジェームズと笑顔で抱きあっている。
ここに真実の愛がある。
僕はついに本物を見つけた。
神がいるならこれが奇跡だ。
だがヒルダは僕が貰う。むざむざと放り捨てた神になど、もう貸してやらない。
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