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母を馬車に残し私と父はエヴァンズ伯爵家の門を叩いた。

残念ながら雪に阻まれ葬儀には間に合わなかった。
しかし今や未亡人となったエヴァンズ伯爵夫人イライザは、自身が亡霊かのような蒼白さに止むことの無い慟哭を物語る真っ赤に潤んだ目を嵌め込んだ顔で満面の笑みを浮かべ私を迎え、城門内の真新しい墓標へと私たち親子を誘った。

「寂しくてとても代々の墓地へなど……私が死んだら一緒に埋め直すという我儘を司祭様も許してくださいましたの」
「そう……」

私の同調できない程ロマンチックだったかつての婚約者の実の母親は、輪をかけて感傷的で全く共感できない。しかし私が共感できるか否かこそ全く関係ない状況であり、私と父はイライザに誠意を尽くした。

「仲がよろしかったから、さぞお辛いことでしょう」
「ああ……!フェルネ様……本当に、あなたがいらしてくださるなんて……!」

父もいるがイライザの泣き濡れた目には映らないようだ。
レジナルドを伴うのは嫌味になるかと気を回したが、亡くなったエヴァンズ伯爵と同世代の父を伴ったのも問題だっただろうか。

いくら気を回そうとエヴァンズ伯爵家の心情を満足させられないかに思えたが、イライザは例外かもしれない。

イライザは私を大層気に入っていた。
恐らくそれはこの体に細々と流れる王家の血に対しての憧憬だろうが、その私が王家の代表として弔いに訪れた事実は彼女を心底喜ばせたようだった。

墓標の前で恐いくらいにイライザは燥いだ。

「ブライン!見て!フェルネ様がいらっしゃってくださったのよ!」
「イライザ……」

痛い程に腕を掴まれ墓標へと差し出される私を余所に、父が迅速な祈りを捧げる。私の中の王家の血というのは父から受け継いだものだが、イライザは忘れてしまったのだろうか。

とても理性で語り合える状況ではない。

私は義父を想った。
私の人生よりも長い間ずっと嘆き続けている義父を知っているからこそ、今のイライザをそう無下には扱えない。

イライザの力に抗い、私は彼女の痩せ細った肩を抱き、背中を撫で、どこか現実味を欠いた瞳を見つめる。

息子を追放したが為に、支えてくれる人間がいないのだ。
イライザは孤独で哀しみに打ち砕かれ正気を失っている。愚かではない。

「イライザ。あなたと亡きエヴァンズ伯爵は私の親となるはずの時間を持ったご夫妻でした。よくしてくださったことを忘れはしません」
「!?」

哀しみに暮れる未亡人の目が私を捉える。
吸い込まれてしまいそうなと表現すべき虚空に私が映り込む。

「もし何かお困りの際は仰ってください。私にできることでしたら、させて頂きますから」
「サディアスを……!」
「それ以外で」

この瞬間、イライザに理性が舞い戻った。
支える私の腕を遠慮するように押し返したのは、拒絶ではなく、自身の足だけで立つ決意だと私には見て取れた。

「そうですわね……私ったら、申し訳ありません」
「いいえ」
「来てくださっただけで奇跡ですのに」
「あなた方ご夫妻と無縁ではないのですから」
「フェルネ様……!」

相互理解を深めたところで、やっと死者への祈りを捧げる。

帰り際もイライザは無理に引き留めようとはしなかった。
いくら嘆こうと死者が蘇るわけでもない。その現実を前にしようとも、イライザの哀しみを他人事として無視することはさすがに──

「ちょっと」
「!?」

馬車の扉を開いた瞬間、母が強引に私の手を引いた。
その勢いに驚いた父が私を押し込み、迅速に乗り込み扉を閉める。

「な、なに?」

さすがに驚いた。
母は血相を変えて嫌悪も顕わに吐き捨てた。

「さっき小さな馬車が検めもせず入っていって、中で女の子が泣き叫んでいたのよ。『私をワイアットのところへ返して!養女になんかならない!こんなの奴隷よ!嫌!嫌!絶対許さない!呪ってやる!!エヴァンズ伯爵家の──』……最後はちょっと口に出せない酷い罵倒」

「あら、まあ」

イライザが思いの他ちゃっかりしている点と、母が演技派であった事実に驚愕した。

「私の予感が当たったでしょう?エヴァンズ伯爵家は何処かおかしいのよ。さっさと帰りましょう」

嫌悪する母を宥めつつ、やや本能的な母を見直しつつの帰路となった。

後の骨肉の争いを見ることなく永遠の眠りに就いたという一点に於いて、亡きエヴァンズ伯爵は幸せだっただろう。如何なる妻や息子がいようとも、もう関係ないのだから。
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