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29(サディアス)

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寒く厳しい冬だった。でも心は幸せでいっぱいだった。
新しい年を迎えてすぐに息子が産まれた。

「ジェームズ、パパだよ」

草臥れ果てたリディを村の女たちが介抱する傍らでヒルダが迅速に赤子を浄めてくれる。
嬉しくてたまらず僕は息子とヒルダの傍から離れらなない。

「ジェームズ、ジェームズ。お前はジェームズだよ」
「鬱陶しい!ちょっとは奥さんの心配でもしたらどうなの?」
「リディなら平気さ。強いし、そもそも女性は子どもを産むようにできているんだから」

僕は我が息子ジェームズに触れようと手をのばした。

「ワイラー!追い出して!!」

ヒルダが家の外へ向かって叫ぶ。
すると待ってましたと言わんばかりに粗野な大男が入ってきて僕の襟首を掴んだ。

「待って。今、感動してるんだから」
「クソが。ヘラヘラ笑って邪魔すんじゃねえよ」
「最高の気分だよ!」

村長気取りの野蛮な人殺しワイラーに猫の仔よろしく持ち運ばれようと僕の気分は最高に晴れやかだった。

子どもが産まれた。
僕の息子が、この世に生を受けた。

冬の乾いた陽射しは黄金に煌めいて、僕に降り注ぐ。

「ったく。お産の最中おろおろして役に立たない父親ってのはよく聞くが、無神経に一人で燥ぎ散らかしやがって。少しはリディの気持ちも考えろ」
「リディ……あぁっ、僕のリディ……!」

僕に最高の宝物をくれる運命の人。
リディのと真実の愛は想像していたよりずっと素晴らしい喜びを与えてくれた。

「……」
「屑野郎が。屑は屑らしく道端で雪でも見てろ」

罵詈雑言を吐いたワイラーが小さな家の中へ取って返す。
父親の僕を追い出したのがヒルダじゃなければこっちだって黙っちゃいない。だがあのヒルダだから、ヒルダに免じてワイラーにまで寛大になれる。

今日は息子が産まれた。
息子ジェームズを取り上げてくれたのがヒルダ。

美しく力強く神々しい、最果ての女神。
例え貧しい平民だろうとその美貌と気高さは神が与えた奇跡に他ならない。

ヒルダが甲斐甲斐しく毎日リディの世話をしてくれたからこそ、無事に僕の息子は産まれた。感謝してもしきれない。いっそ崇めてもいい。

そう、ヒルダへの想いは信仰のように清らかで熱い。
僕の胸を燃やすこの想いに名を付けるとしたら、それはやはり愛。それ以外にありえない。

僕を掛け替えのない宝物へと導いてくれたリディの愛。
僕たちを間近で支え続けてくれた献身的なヒルダの愛。
そして激しい産声を轟かせるジェームズの愛。

僕は愛に囲まれている。
愛に満たされている。

あぁ、なんて幸せなんだろう。
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