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私を愛馬に乗せレジナルドは手綱を引いて歩いている。
妻と相乗りという気にはならなかったらしい。もしそうなっていたら身を寄せ合うのは結婚式以来となるから私も妙な気分になってしまうだろう。丁度良かった。但し距離だけは気になったが……

「近いのね」
「墓守のサルトスだ」

バラクロフ侯爵家の墓地は森に入ってすぐの位置にあり、木々に隠されるようにしてひっそりと並ぶ墓標は翳り、陽の帯が時の流れに従って各故人を照らしていく意匠が凝らされている。
季節によって色を変え、蝶や小鳥の憩う穏やかな顔を陽の光の中でのみ見せる優しくも荘厳な墓地。

初老のサルトスは無口を越え無言のまま私に会釈だけすると、手慣れた様子でレジナルドの愛馬を定位置へと連れて行く。悪い気がしなかったのは墓地の空気に守られているからか、サルトスの肩に小鳥がとまっているからか。

私は墓地へと足を踏み入れた。

「オックススプリング侯爵から別荘建築についてなかなか好ましい申し出が──」
「他に言うことなかったの?」
「例えば?」

墓地の翳りの中でレジナルドの銀縁の眼鏡が鋭く光る。眩しい。

「先祖の紹介とか」
「君が興味を示すとは」
「何故ここに立っているかよく考えて」
「それもそうか。一人ずついくか?祖父ならあれだ」
「指差しはやめて」
「ふっ。注文が多いな」

墓地で笑う夫レジナルド、墓守サルトスとは違う墓守の素質を感じる。

「私が死んだらアルフォンス卿の隣だけは断固拒否します」
「尤もだ」
「弟さんのお名前は?」

埒が明かないので幾分踏み込んだ問いかけで切り替える。
レジナルドは素早く首を振って否定する。

「両親は生まれるまで私に伏せる方針だった。だが、唯一その名を知る父は絶望し口を噤んでしまった」
「墓石に刻まなかったの?」
「父はそれさえ拒んだ。複雑な心境かもしれない。待ち望んだ二人目の息子が、依存していた伴侶を死の世界へ連れ去っていったからな」
「そこは素直に愛していたと言いなさいよ」

レジナルドが足を止める。
墓石にはフランシスという名が刻まれている。
午前中に義父の手向けた花に目を取られる。縋りついて泣いただろうか。

「お母様ね」

私は亡き彼女の前に跪き花を手向け祈った。

命を懸け産みだした我が子と共に永遠の眠りに就いた若きフランシスを、私は直感的に義母とは呼べない。ただその人生に敬意を。悲しみに神の慰めを祈る。

少なくとも、私はあなたの息子を裏切らないと誓う。
生涯に渡る協力関係を最優先すると思いを新たに目を開けると、傍らに立ったままのレジナルドが私を凝視していた。

「何よ?」
「君を見ていた」
「それはわかる」
「母と会話しているように見えた」
「あなた、やはりアルフォンス卿の孫ね。感傷的。でも、悪くない」

レジナルドが片膝をつく。
久しぶりに肩が触れ合い、改めて夫も人間だなと思う。

「父の未練を見るに、祖父も相当な未練を君の曾祖母に抱いたようだ。おかげで二代続いて晩婚だった」
「だから私たち年齢は近いのに代がずれたのね」
「出産は命を落とす危険がある。君は充分な計画の元で行って欲しい」
「私が死んだら悲しい?」

ふと隣を見ると、レジナルドは怜悧な眼鏡の奥で目を見開き私と視線を絡める。

「何を今更?」
「そう。ありがとう」
「君は私がこの場で息絶えても笑えるか?」
「笑いはしないけど、まあ、確かに少し寂しいかもしれないわね」

眠るフランシスの前で微笑む私に陽の帯が差す。
レジナルドが目を細めた。

「それに一度墓地から連れ帰り葬儀をしてから連れて戻って来ることを考えればあまりいい話じゃないわ」
「君は私の隣に眠れ」
「わかってる。きっとそうなるでしょう」
「弟だ」

フランシスの隣の小さな墓石には何も刻まれていない。反対側の空白の場所に義父はいずれ眠るだろう。

他人の私だったら、或いは王家の血を理由に交渉を持ち掛ければ、夫の弟の名前を明かすだろうか。
義父の命尽きるその前に、私は家族になれるだろうか。
私が先に逝く場合もないとは言い切れない。

私は結婚したのだ。
レジナルドの血を繋ぐなら私しかいない。

アルフォンス卿がすぐそこで眠っているとしても関係ない。これは私とレジナルドの人生。

フランシスの墓前で強められる思いは、誇り。
今は私が、私こそがバラクロフ侯爵夫人なのだ。
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