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21(イライザ)

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前を行く馬車が急に引き返したかと思うと、恐ろしい程の速度でこちらの脇を駆け抜けていった。
豪奢ながら小回りの利く馬車で一目で貴族の持ち物とわかるが、あの急ぎ様ではこちらの存在など気にも留めていないかもしれない。

小窓から確認していると、一瞬だけ奇跡的なタイミングで相手の馬車の小窓が開き、中の人物の姿が見えた。

「!」

まるで雷に打たれたかのような衝撃と共に、私の心臓が危険な速度で早鐘を打つ。

あの失われた生ける秘宝フェルネが身を震わせ号泣していたのを目にした私は、一瞬、それが都合の良い幻だったのではないかと自らの精神を疑った。

息子サディアスが野良猫さながらのメイドに現を抜かしパートランド伯爵家の一人娘フェルネとの婚約を解消したあの日から、私の人生は生き地獄へと変わってしまった。

許せない。
あの小娘……リディ……。

ただでさえ肩身の狭い状況となってしまったエヴァンズ伯爵家は、夫ブラインが病に倒れ早速存亡の危機に陥っている。
私の姪を養子に迎え有望な婿を取るという予定が、先の短さを案じたブラインの心変わりによって覆されそうで、私は二重の悔しさに苛まれ決心した。

サディアスを呼び戻そう。
さもなければ次期当主の親でもない私が夫亡き後に夫の血族の統治下でこれまでの暮らしを維持できるとは到底思えない。

反対された結婚だった。
ブラインは真実の愛を貫き私を幸せにしてくれたものの、一人では抱えきれない特大の問題を遺しこの世を去ろうとしている。

耐えられない。

私は息子の日記を頼りにある集落を目指した。
追放者が流れ着くという最果ての地。アリンソルト伯領を越え更に西へと進むと国境付近にその冒涜的な集落があるという。
息子はその地を遠隔統治し私兵団を設けるという子どもじみた夢を持っていたようで、非現実的ながらも綿密な計画が日記に記されていたのだ。

大人になってそんなことを口に出そうものなら、国家転覆を目論む反逆者と疑われ最悪処刑されてしまう。
既に王家の血を引く生ける秘宝フェルネとの婚約を無碍にしたのだ。もう後はない。

反逆者の母になるのは御免だ。

あらゆる意味でも私は息子の安否を確認しなければならなかった。

その危険な旅の道すがら、フェルネの乗る馬車とすれ違ったのは運命以外の何物でもない。あるはずがない。これは運命なのだ。

神は私を見棄てはしなかった!

フェルネは身を震わせ号泣していた。
先祖にあやかり結婚相手を選ぶしかなかったほど、フェルネは息子を愛し破談に嘆いていたのだ。だから新婚だというのに新婚旅行というのでもなく単身で旅行に明け暮れていると思えば合点がいく。

そしてフェルネもサディアスを追い掛け冒涜的な最果ての地を目指した。
けれど棄てられた悲しみに思わず引き返したのだ。
この目で見た!

エヴァンズ伯爵家にフェルネを伴い帰還すれば勘当も解かれ、全ての事柄を在るべき形に戻すことができる。

「ふふふ……ふははははっ!」

バラクロフ侯爵は再び姫君に捨てられるがいい。
それが私たちの運命なのだから。

サディアスはまだ終わっていない。
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