真実の愛がどうなろうと関係ありません。

希猫 ゆうみ

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結婚から半年も経つと私にも心境の変化が訪れた。

バラクロフ侯爵夫人である私が女主として晩餐会を主催し、バラクロフ侯爵家の名で貴族たちを招く。
パートランド伯爵令嬢であった頃とは違う顔ぶれに僅かな緊張を覚えたものだが、中に混じる見知った顔に安堵するわけでもなかった。

私への態度が一変していた。

パートランド伯爵令嬢フェルネであった頃、私は丁重に持成され随分と優しくされたものだ。
バラクロフ侯爵夫人となった今、夫と両親以外の貴族は須らく私に傅く。
どちらもこの体に流れる王族の血によるものだと推察するのは難しくない。

人の妻となった私は新たな王家の末裔を産むことを期待されている。
そういうことだ。

私はこの精神的な仕組みに気づいたとき、それを重圧とは感じなかった。
寧ろ私に与えられた責務に誇りを覚えた。

初めてこの体に流れる血の意味を知った。
レジナルドは夫として最も好ましいように思えた。

かつて婚約者であったサディアスでは不釣り合いだ。
今は何処で何をしているのか知れない。
リディには運命的なものを感じてしまう。これは私にとって我ながら驚く思考だったが、彼女がいなければ私はレジナルドと結婚しなかっただろう。

或いは、したかもしれない。
運命というものが本当に存在しているのであれば。

そうだとしたならばサディアスとリディに下された真実の愛という幻想さえも、人は運命と呼ぶのかもしれない。

人の妻となって自分の人生を思う時、あの二人に思いを馳せるのは可笑しいだろうか。
私はそうは思わない。

バルコニーに立ち雄大な大地を眺めながら、自分の人生を見つめ直す。未来を見つめる。

「あっ」

目が痛い。
塵か何か風に乗って眼球に触れたらしい。

私が俯き目尻を押さえた瞬間、突如として鼻が疼いた。

「ん?」

初めての、感覚。
これは……いったい……

「ウッキュ!」

疼く。
たまらなく鼻が疼く。

疼く。

疼く。

滾るこの焦燥。
この感覚はまさに、命の──

「ウェッキュ!ヴェッくしゅん!!」

くしゃみが止まらない。

目が痒い。
清々しい風に何か煮炊きして起きた危険な煙でも含まれてしまったか。

体が震えるほどにくしゃみが迸る。
これはたまらない。何にもまして動揺が隠せない。

「奥様!?」

侍女すら狼狽えるくしゃみの暴発。
私は顔を覆い部屋に引き返した。

バラクロフ侯爵家の使用人はこれを春の病と呼んだ。
用意されたハーブティーを飲むと多少の落ち着きを見せたものの、やはり目と鼻、そして頭が慢性的に不調を示す。
体調不良時のように不可抗力ながらぼんやりしてしまうのだ。

春に繰り返すというこの風土病は私に王家の末裔を産むという責務を忘れさせるだけの威力を充分すぎる程に有していた。
私は考えることすら断念し、只日々をハーブティーに依存しやり過ごすこととなった。

目が痒い。
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