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10(レジナルド)

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閃きに従った一方的且つ唐突な求婚を経ての結婚だったにも関わらず、妻フェルネは実に機嫌よく悠々自適の日々を送っており、結婚生活に満足している様子が伺えた。実に喜ばしいことだ。

結婚という形をとった以上、永続的に寝室が別のままということは理論上考え難いが、妻の気持ちが整い次第こちらも誠心誠意の真心と尊重を以て親密な関係を持ちたいと心得ている。

フェルネは魅力的だ。

風に揺れる春の花のように甘く一見すると儚げな印象さえ与える美貌。

艶めく豊かなプラチナブロンドの髪は最高級の絹糸のように繊細でありながら、如何様にも姿を変え常に芸術的な造形美を誇る。
陶磁器のような肌にこだわる風潮があるが、フェルネの白い肌は瑞々しく光を放っていて健康的だ。

そして美しいウルフ・アイ。
大きな琥珀色の瞳は常に冷静で威厳を備え、全てを見透かし、相手に片時の油断すら許さない風格。
狼の目と酷似していることからウルフ・アイとも呼ばれるあのアンバーの瞳を持つ者は決して少なくないが、フェルネの瞳はその名に恥じない揺るぎない力を秘めている。

更に目を引くのは、豊満な胸。
申し訳ないが他意はなく、ただ客観的に見て素晴らしい魅力のひとつであるということだ。その曲線美もさることながら、ともすれば男の目を引く誘いであるかのようにあからさまに晒される特定の魅力を、フェルネは上品且つ優雅な着こなしによって至高の輝きに昇華している。

だが私は決して肉欲によって妻を評価しているわけではない。
ましてや王家の血筋という格別な権威に下心を抱いたわけでもない。

彼女と手を結ぶのは必然だと確信した。
その一点に尽きる。

謂わば私にとって妻フェルネという人間はオールなのだ。
或いは車輪。

私一人では実現不可能な数多の事柄が、たった一人、対となる相手とのみ実現する。

私が左のオールならば、妻は右のオール。
私が右の車輪ならば、妻は左の車輪。

どちらも欠けてはならない。
欠けては人生に意味などない。

昨今主流となりつつある恋愛による結婚ではなかったが、私は、妻のフェルネという人間を敬い、尊重し、あらゆる艱難から守り、支え、命果てるその日まで唯一無二の夫として隣に在りたいという思いを日々強くしていた。

「あら、おはよう」
「おはよう。早いじゃないか」
「お散歩よ」
「健康的だ。朝の冷え込みが日に日に厳しくなってきた」
「ええ、思ったより寒かった」
「屈伸運動と肩回しを推奨する」
「ありがとう」
「では」
「善い一日を」

何気ない会話をすれ違い様にする程度の関係ではあるが、私はこの毎日を気に入っている。
フェルネという妻が城のどこかで息をしており、平穏な暮らしを営んでいる。それ以外のことでは得る事の適わない充足感は私を時に立ち止まらせ、物思いという無為な空白を齎す。心地よい、静かな空白を。

私たちは善い車輪だ。
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