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18(ヴェロニカ)

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宮廷から私に支払われる賠償金はかなりの額で、これで居を構えるという選択肢もあると書状には仄めかされていた。古城や別荘地の案内はほんの一文だったけれど、強烈な意味を持ち私を誘った。

私はどうやら、とても心配されて、憐れまれているようだった。
懐かしい人々の顔が浮かび、私の心の奥にじんわりと心地よいぬくもりが広がる。

貴族の使用人になった私が当主の子どもを産んだということは、人々の噂だけではなくガイウス自身が報告していたようだ。オリヴァーを正当な継承者とするためだろう。
私との関係が不妊の夫人の希望であった旨も宮廷は承知していた。

加えて事情を知った父が、用心棒を生業として蓄えた財産を使って欲しいと言い出した。
相手が父であろうと、初対面の相手からただ貰うのは考えられない話だったが、本人もそこに住むということであれば、特に可笑しな点は感じられない。

父が私の用心棒として同居する。
なんと心強く、面白い人生だろう。

私たちは母の眠る教会墓地に近い土地で新しい暮らしを営む計画を立てながら、王都への旅路を進んだ。父には私との件を報告する義務があり、私も私で御礼を申し上げに宮廷に赴くのが筋というものだった。

逃避行は父の登場でとても楽しく安全な旅行になっていた。
なんといっても父は用心棒で稼いだのだ。宿も、食事も、何も困りはしなかった。

この旅にはロージーが心配して同行してくれている。
父は父でもこの年まで顔を合わせたことが無かった相手であり、当然ながら男性だ。
正直なところ、ロージーの存在はとてつもなく頼もしかった。

「ねえ、ヴェロニカ」

ある夜、オリヴァーの寝顔を二人で見つめていた時、彼女は呟いた。

「このまま雇ってくれないかな」
「……え?」

オリヴァーの寝顔に見入っていた私は、何か聞き間違えたのかもしれないという思いから短く聞き返した。
ロージーが私を見つめる表情は、真剣なものに変わっていた。

「帰れないよ。奥様に殺される」
「……」

それは、そうかもしれない。
でも、そうねあなた殺されるかもね、とは言えない。

「雇うなんて」

いてくれたら心強いしありがたいけれど、ロージーは同僚で、友人だ。友人を雇うというのは気が引ける。

「お願い、ヴェロニカ」
「勿論、あなたがいてくれたら嬉しい。でも」
「お願い!」
「あ、違うの」

ロージーは私が拒んでいると思って前のめりで頼み込んでくる。
私は彼女の額に指をついて少し押し戻した。

「ありがとう。一緒に住むからって、雇うのはどうかなと思っただけなのよ」
「なんでよ。あんた下級貴族でしょ」
「祖父がね」
「……」

ロージーが眠るオリヴァーに視線を注ぐ。

「まあ、その子は貴族ね」
「ほらね」

言い出したら聞かないという強情なタイプではないものの、ロージーは意志が強く人情に厚い性格だ。
私の事情で彼女を縛り付けてしまうのだけが気掛りだった。

でも、主張が通りそうな空気に気を良くしたロージーがあっけらかんとした笑顔を浮かべている。

「うち牧場でさ。私は八人きょうだいの三番目なんだけど、五才くらいまで牛も妹だと思ってたんだ」
「ふぅん」

笑いを堪えたせいで生返事のようになってしまったけれど、ロージーは気にせず続けた。

「あんたがどんな暮らしを予定してるかわからないけど、私に任せてくれたら、毎日の卵と牛乳を安全に確保できるよ」

思いがけないほど魅力的な提案だった。
私はすっかりその気になって、笑顔で返していた。

「それで私がケーキを焼くわ」
「やった。決まりね」
「ええ」
「鶏については、食べたいなら絞めてもいい」

私はロージーの手を握りしめた。

「ありがとう、ロージー」
「ううん。こっちこそ」
「ソテーの話じゃないわよ?」
「わかってるわよ。まあ、鶏は絞めるけど」
「平和にやりましょう」

こうしてロージーは長く私と共に暮らすこととなった。
父と相談し、用心棒の父が酪農家ロージーを雇うという形式にして賃金を決めた。家主が私で、専用の牧場の女主がロージーという形だ。
更には父が畑を耕すと言い出した。

宮廷での挨拶を済ませて居を構え、本格的に新しい暮らしが始った。
牧場の増築を待っている間にオリヴァーは一歳半になった。

私は幼い頃、祖父と母と三人で暮らしていた。
今、私は父とオリヴァーと暮らしている。昔を懐かしみながら、母に自分を重ね感慨深く物思いに耽ることも多い。昔と違って面白いのは、私たち家族にはロージーという頼もしい牧場主までついているということ。

フェラレーゼ伯爵家から拝借した馬にはロージーがジルと名前をつけた。
ロージーは動物に名前を付けるのは慣れていて、牛五頭と鶏二十羽にもパッパッと名前をつけ、間違えずに呼んでいた。

父がロージーの恋人ザックを迎えに行くと言い出したのは、この動物たちの名づけが済んだ夕食時のことだった。
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