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10(ソレーヌ)

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ワインを注ぐ私を、ガイウスが見つめている。
その瞳は熱をちらつかせて輝き、口元には笑みが刻まれている。

芳醇な香りを放つ液体が、血のように、グラスへと落ちていく。

「嬉しいな。あなたから飲もうと誘ってくれるなんて」
「そう?」
「何か、いいことでもあったのかな」

撫でるような甘い声はなめらかに私の耳を擽る。
ガイウスが包み込むように私に寄り添い、ワインを注ぎきるまで見守り、それからこめかみにキスを落とす。

私はガイウスにグラスを渡す。
ガイウスが受け取る。私を見つめる目は、甘く、恋をしている。私を求め追いかけて来たあの頃のまま、ガイウスは私を追い求め続けている。

愛している。

「冬を迎える前に、山へ行っておこう」
「山?どの山?」

互いにグラスを傾け、見つめ合いながら、約束の美酒で喉を潤す。
熱い衝動が腹の底に植え付けられ芽吹くまで、私は沈黙する。

「川辺で昼寝をしたのを覚えてる?あの山だよ」

私は頷いて、またグラスを舐める。
そして二人だけの思い出を懐かしみ、思い描き、沈黙する。

ガイウスは何も訝しむことは無い。
純粋で単純な若い夫は、もうすっかり私の沈黙には慣れている。その間、私に寄り添い、私を愛し、慰め、励まし、そして時に応じて揶揄い、笑わせようと冗談を言ったりもする。

今夜もそんな夜の一つ。
ガイウスはそう思っているだろう。

私に寄り添い沈黙を共に過ごす時、ガイウスは甘く燃えることもあれば、静かに黙想することもある。
片手にグラスを持ち、片手で私を抱き寄せ、ガイウスの体は徐々に熱を上げていく。

甘く芳醇な赤い、赤い、約束の美酒。

「今日ヴェロニカと話したの」

私はガイウスに告げた。
私たちの交流を喜ぶガイウスは嬉しそうな微笑みのまま私を見つめ、興味を示している。私たちが何を語り合ったか知りたがっている。

だから私は告げる。

「夫婦の時間がとても素晴らしいものになったって、お礼を」
「そう」

ヴェロニカはなんだって?
そんな声が聞こえてきそうな顔。私を愛しながら、ガイウスは他の女を心の内側に迎え入れる。誰でもいいわけではない。歓迎できる女。ヴェロニカだから。

「私、幸せなの」

ガイウスが目を細めて笑みを深める。
次の瞬間、唇が重なる。

甘く絡まる唇は噎せるような陶酔感を齎してくれる。
私より多く飲む必要はない。媚薬は、グラスと私の唇の両方に潜ませてあったのだから。

「あなたにも幸せになってほしい」
「幸せだよ」
「もっと」
「もっと?」

擽ったいような可愛い笑顔を、瞳のきらめきを、私は奪うだろう。
それでいい。

それが今夜の目的だから。

彼は私を愛し続ける。

「あなたに子どもを授けてあげたいの」
「……」

微笑みのまま、瞳の色が冷めていく。

「あなたは父親になりたいでしょう?子どもたちに囲まれて楽しく老いていきたいはずよ」
「ソレーヌ」

微笑みが消える。
でも蒼褪めない。私たちはもう約束の美酒に酔っている。

「ヴェロニカにお願いしたわ。彼女、驚いていた。でもわかってくれたはずよ。だって、私たち、二人ともあなたを大切に想っている者同士。心は一つ」
「……」
「私たちの子どもを産んでくれる。元気で、強い、いい子を」
「!」

乱暴にグラスを置いてガイウスが駆け出した。
私を一人部屋に残して、飛び出していった。

「……ふふ」

可愛い。
なんて可愛い子なのだろう。

どちらも可愛い。

「あはははは!」

グラスの中身を飲み干し、ガイウスのグラスも空にして、瓶ごと掴みワインを呷る。
上等なワイン。私が女騎士であった頃は、勲章を授かる公の祝宴で口にするくらいの稀でありがたい代物だった。それが今では安酒のように無尽蔵に呷るのも自由だ。

「はぁ」

欲しかったのは身分ではない。
でも、これはいい。なぜ今までこれをしなかったのか。何を思い悩んでいたのか。

私は空になった瓶を覗き込む。上から、下から。舐め回すように凝視して笑いかける。暗色の瓶はランプの灯を受け私を映す。

私の目は異様に見開かれ爛々と輝いているようだ。

「お祝いよ。歌いましょう」

瓶に映る私を誘い、私は一人で口ずさみ、踊り出す。
ガイウスにこの身を預けている時のように、一人で踊り続ける。

この素晴らしい夜に。

酔い痴れる。
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