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19(デルマ)

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「デルマ……!」

馬車を下りたオリヴィアお嬢様が泣き崩れながら駆けてくる。そのお顔を見ただけで私の胸は熱く激しく震えた。私も駆け出し、両手を広げた。

こんな田舎まで来てくださった。
わざわざ、ただ、私に会うためだけに。

「デルマ、ごめんなさい……っ」
「!」

優しく穏やかなお嬢様のすらりとした体からこれほどの力が溢れるのかと驚く程、お嬢様は私を強く抱きしめた。一瞬だけ呆気にとられ、私も、心身ともに傷付き乗り越えたばかりの年若いオリヴィアお嬢様を抱き返した。

「私こそ、お嬢様をお守りするためにお傍にいたのに、不甲斐なく悪い虫に負けました。申し訳ありませんでした」
「いいえ……っ、いいえ!」

あの一件についてオリヴィアお嬢様に何の咎があるだろうか。
お優しいが故に我儘な令息を受け入れて愛し、姑息で残酷な本性が隠れているなどとは疑いもしなかっただけ。

「泣かないでください、お嬢様。どうか謝らないでください」
「デルマ……」
「ヴィンクラー伯爵のおかげで私もすっかり治りました。お薬の効き目など記録して王国のお役に立てて光栄でした」

泣きじゃくるオリヴィアお嬢様の細い背中を摩りながら、ずっと思っていたことを告げる。

「私の身分では見棄てられることだってあります。罰せられることも。でも旦那様は、癇癪を起こし暴れる私を一切傷つけることなく保護し、妹を呼んで、寛大にお許しくださいました。その後もお便りを下さったり、お見舞いをくださったり。身に余る御親切でした」
「あなたは大切な人よ!ずっと家にいるのだもの!家族だわ……っ」

私は余程幸せな星のもとに生まれたのだろう。
可愛らしく優しいお嬢様の成長を見届けながらお傍にいる侍女としての人生でさえ幸せなのに、これほど大切にされるとは……

死んだ方がましだという私の癇癪も悪い虫のせい。
毒にやられて絶望に苛まれて、本当に酷い気分だった。

だが私は年のせいかこう思うこともできた。

絶望など幻だと。
これは幻かもしれないと。

平民の私がお嬢様と同じ治療を受けているのだ。どこに絶望する理由があるだろうか。私は必ず回復し、この恩をお返ししたいと信念に燃えた。

ヴィンクラー伯爵は私をまるで女騎士だと褒めてくれた。
またオリヴィアお嬢様のお傍で勤められるだろうか。

そんな期待に胸が弾んだ時だった。
リカード様が視界に現れた。

「……」

そうだった。
今ではリカード様が誰よりもお嬢様の傍にいて、騎士の如く守っていらっしゃるのだ。あの可愛らしく優しいお坊ちゃんだったリカード様が、立派になられて……

新たな感動の涙で視界がぼやける。

「おっと、いけない。もう奥様でいらっしゃいましたね」

泣き笑いしながら抱擁を解き、オリヴィアお嬢様──奥様の手を両手で包む。

「ご結婚おめでとうございます」
「……ありがとう……っ」

大切な主がまた泣き崩れてしまった。
私はリカード様を見上げた。

ヴィンクラー伯爵から憎きフェルスター伯爵家の男たちがどう役に立ったのか聞いている。私は視線で承知していると伝えてみた。リカード様は男らしい表情で頷いた。またもや感動させられた。

「デルマ。遅くなってしまった」
「いいえ、とんでもない」
「もしよかったら、……あなたさえよければ、またオリヴィアの傍で、一緒に暮らしてくれないだろうか」
「光栄です。こんなに嬉しいことはありません」

オリヴィア奥様──なんと擽ったい響きだろうか、私の口角が上がって仕方ない──オリヴィア奥様が私の鎖骨あたりに顔を埋めて泣いていらっしゃる為、リカード様に小さくしか頭を下げられない。
そんな私ごとリカード様がオリヴィア奥様を抱きしめた。

「──」

感動である。
感動している私の視界に、今度は笑顔の妹が現れた。復帰したがっていた私を良く知っている妹は、背中を押すように笑顔で頷いてくれる。

ほら、ご覧。
私は毒に狂わされた過去の自分へと声をかける。私の中にいる弱い私に。

絶望なんか鬱陶しい幻だった。
虫と同じ。叩き潰せばこっちのもん。猛毒があろうと結局は人間の勝ちなのだ。

「奥様、またよろしくお願いいたします。全て元通りですね」

こくこくと泣きながら頷くオリヴィア奥様──あんなに可愛らしかったお嬢様が奥様だなんて。それも相手はリカード様。最高──のお顔を覗き込みながら、私は涙を拭いた。

その時だ。
私ごとオリヴィア奥様を腕に抱いていたリカード様ごと抱きしめる新たな人物が────……
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