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8(リカード)
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可哀想に。
オリヴィアの世界はいつも不安でいっぱいで、危険に満ち、裏切りが約束されている。
もう普通の安らぎが訪れることはなく、常に警戒し、緊張し、自身を取り囲む敵に隙を見せまいとしている。
これが性格の問題なら、多少骨が折れようと苛立ちを覚えようと未来を信じてぶつかっていける。だがオリヴィアは違う。熱病で壊されてしまった精神はもう元には戻らず、孤独と恐怖の人生を消化していくだけ。
それなのに、僕といるとたまに笑ってくれる。
時々、不安を忘れたような表情を見せてくれる。
嬉しかった。
少しでもその心が安らぐなら、僕はなんだってしてあげたい。
僕は極めて短い婚約期間を経て婿養子という形でオリヴィアと結婚した。
幼い頃には無邪気に、或いは不作法におじさんおばさんと呼んでいた人たちが、義理の親になった。
「ありがとう。リカード。本当にありがとう……っ」
「やめてくださいよ。僕は厭々オリヴィアと結婚したんじゃないんですから」
「そうよ、あなた。リカードはずっとオリヴィアに片想いしていたの。私、知ってるんですから」
「それもやめてください。恥ずかしいから……」
まるで幼い日々がそのまま戻ってきたように、家族同然だったデニッツ伯爵夫妻と会話する気楽な時間がある意味では癒しだった。
オリヴィアを愛しているからといって、彼女の病状に真正面から向き合って疲れないような超人ではない。
体力はいくらでもある。ただ、オリヴィアの苦悩を思うと居た堪れない。愛している分、心労は激しくなってしまう。愛する人の苦しむ姿を見るのは辛い。
それでも、僕はオリヴィアの傍で心を痛めることさえ幸せだった。
オリヴィアが幸せだったらそれがいちばんいいのだが、見果てぬ夢だ。オリヴィアの傍で苦悩していられるのは、やはり僕だから。オリヴィアを愛する僕だからそうしていたい。もう傷つくことでしか寄り添えないなら、どこまでも傷つきたい。
オリヴィアの痛みに近づきたい。
義理の両親と話していて癒されるのは、同じ思いを抱えているからだ。
義母が微かな笑みを浮かべる。
「あなたが来てからオリヴィアは本当に穏やかになって。私、見たわ。あの子が、昔のようにとは言えないけれど少し笑っていたところを」
「僕といると、安心していられた子どもの頃を思い出すのでしょうね」
今オリヴィアは寝室で仮眠中だ。倦怠感と疲労、それに聞くとやはり頭痛が辛いらしく、一日の半分以上は眠っている。
「結婚というより半分は子守りみたいなものね」
義母となったデニッツ伯爵夫人は幼い僕を知っている。そういう仲だから結構言葉に遠慮がない。だがそれも相手が僕だから言うのであって、元が無神経な人というわけではない。
「本当に怯える子どものようですよ。恐いんだと思います。自分を取り巻く世界の全てが敵だなんて……苦しいでしょう。僕が代わってあげたい。僕なら宮廷でそれなりに揉まれて図太くなってますからね」
「君がオリヴィアの食事を先に少し食べるだろう、毒見みたいに。テオフィルス殿下の側近というからには本当に毒見の経験が?」
「最初の頃だけですよ。恐れ多いことですが、殿下に気が合うと思われているらしく親友と呼んでくださいます」
「そうか……」
義父は苦い表情で目線を落とす。
「結婚するにしても、娘が元気ならよかったんだが……」
オリヴィアはこれを聞いてしまったらしかった。
浅い眠りから覚め、僕を探して扉の前まで来ていたのだ。
仮に体調が万全の状態で結婚していたらテオフィルス殿下の側近である僕と一緒に宮殿暮らしができた、場合によっては宮廷で遣り甲斐のある役職につけたかもしれない……義父はそう思ったのだろう。
だがオリヴィアの耳には全く違って聞こえた。
その夜、僕とオリヴィアは最初で最後の夫婦喧嘩をした。
運命の夜だった。
オリヴィアの世界はいつも不安でいっぱいで、危険に満ち、裏切りが約束されている。
もう普通の安らぎが訪れることはなく、常に警戒し、緊張し、自身を取り囲む敵に隙を見せまいとしている。
これが性格の問題なら、多少骨が折れようと苛立ちを覚えようと未来を信じてぶつかっていける。だがオリヴィアは違う。熱病で壊されてしまった精神はもう元には戻らず、孤独と恐怖の人生を消化していくだけ。
それなのに、僕といるとたまに笑ってくれる。
時々、不安を忘れたような表情を見せてくれる。
嬉しかった。
少しでもその心が安らぐなら、僕はなんだってしてあげたい。
僕は極めて短い婚約期間を経て婿養子という形でオリヴィアと結婚した。
幼い頃には無邪気に、或いは不作法におじさんおばさんと呼んでいた人たちが、義理の親になった。
「ありがとう。リカード。本当にありがとう……っ」
「やめてくださいよ。僕は厭々オリヴィアと結婚したんじゃないんですから」
「そうよ、あなた。リカードはずっとオリヴィアに片想いしていたの。私、知ってるんですから」
「それもやめてください。恥ずかしいから……」
まるで幼い日々がそのまま戻ってきたように、家族同然だったデニッツ伯爵夫妻と会話する気楽な時間がある意味では癒しだった。
オリヴィアを愛しているからといって、彼女の病状に真正面から向き合って疲れないような超人ではない。
体力はいくらでもある。ただ、オリヴィアの苦悩を思うと居た堪れない。愛している分、心労は激しくなってしまう。愛する人の苦しむ姿を見るのは辛い。
それでも、僕はオリヴィアの傍で心を痛めることさえ幸せだった。
オリヴィアが幸せだったらそれがいちばんいいのだが、見果てぬ夢だ。オリヴィアの傍で苦悩していられるのは、やはり僕だから。オリヴィアを愛する僕だからそうしていたい。もう傷つくことでしか寄り添えないなら、どこまでも傷つきたい。
オリヴィアの痛みに近づきたい。
義理の両親と話していて癒されるのは、同じ思いを抱えているからだ。
義母が微かな笑みを浮かべる。
「あなたが来てからオリヴィアは本当に穏やかになって。私、見たわ。あの子が、昔のようにとは言えないけれど少し笑っていたところを」
「僕といると、安心していられた子どもの頃を思い出すのでしょうね」
今オリヴィアは寝室で仮眠中だ。倦怠感と疲労、それに聞くとやはり頭痛が辛いらしく、一日の半分以上は眠っている。
「結婚というより半分は子守りみたいなものね」
義母となったデニッツ伯爵夫人は幼い僕を知っている。そういう仲だから結構言葉に遠慮がない。だがそれも相手が僕だから言うのであって、元が無神経な人というわけではない。
「本当に怯える子どものようですよ。恐いんだと思います。自分を取り巻く世界の全てが敵だなんて……苦しいでしょう。僕が代わってあげたい。僕なら宮廷でそれなりに揉まれて図太くなってますからね」
「君がオリヴィアの食事を先に少し食べるだろう、毒見みたいに。テオフィルス殿下の側近というからには本当に毒見の経験が?」
「最初の頃だけですよ。恐れ多いことですが、殿下に気が合うと思われているらしく親友と呼んでくださいます」
「そうか……」
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「結婚するにしても、娘が元気ならよかったんだが……」
オリヴィアはこれを聞いてしまったらしかった。
浅い眠りから覚め、僕を探して扉の前まで来ていたのだ。
仮に体調が万全の状態で結婚していたらテオフィルス殿下の側近である僕と一緒に宮殿暮らしができた、場合によっては宮廷で遣り甲斐のある役職につけたかもしれない……義父はそう思ったのだろう。
だがオリヴィアの耳には全く違って聞こえた。
その夜、僕とオリヴィアは最初で最後の夫婦喧嘩をした。
運命の夜だった。
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