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「殿下。テオフィルス殿下、お願いがございます」
「なんだ、改まって」

僕が側近を務める第三王子テオフィルス殿下はその壮麗な美貌ながら人懐こい笑みを向けてくれる。これでいて武勇伝の多い実力派で、見た目以上の漢気に溢れている第三王子は人望も厚い。

僕はひたすら頭を下げた。

「そんな畏まらずに言ってくれ」

テオフィルス殿下の手が肩に乗る。
その親しげな態度に胸が痛んだ。

「実は、急ぎ辞職を願い出たく存じます」
「え?」
「申し訳ございません」
「……」

少しの沈黙が嫌に恐いような気もしたが、テオフィルス殿下は小さな溜息をつくと、僕の肩に乗せた手でそのまま僕の肩をもみほぐし始める。

「待遇に不満があるという雰囲気でもないし。事情があるようだね」
「はい」
「私に聞かせてはくれないか?親友の君の窮地なら、私はなんだってするよ」

僕は感動し、涙を堪えなければならなかった。
その後、歯を食いしばり、頭を下げたまま事情を伝える。

「幼馴染のオリヴィアがヴィンクラー伯領の湖付近で熱病に冒され、危篤に陥ったとの報せを受けました」
「なんだって!?」

テオフィルス殿下の動揺は凄まじかった。

「君の大切な人じゃないか!ここっ、こんなところで私に頭を下げている場合ではないぞ!」
「はい。近隣の村で治療を施され、一命をとりとめデニッツ伯領の邸宅に戻り、現在は療養を続けているということです」
「ああ、よかった」

テオフィルス殿下は深く安堵した様子だが、僕のそれはテオフィルス殿下の比ではなかった。
オリヴィアを喪いかけた事実、そしてその窮地に傍にいられなかった事実は、僕を根底から覆した。

「だが私に構っている場合ではないぞ」
「はい。オリヴィアの父デニッツ伯爵の手紙には更なる驚愕の顛末が綴られていました」
「どうした」
「そもそもオリヴィアが危険を承知でこの季節にヴィンクラー伯領の湿地帯を通らなければならなかったのは、フェルスター伯爵令息が厳しく急かしたからなのです」
「フェルスター伯爵令息……君が私の側近になった隙にオリヴィアに求婚したいけ好かない傲慢な男じゃないか。婚約者を危険な目に遇わすなんて、狡猾なくせに愚かな」
「それが、そうとも限りません」
「なぜだ」
「自身が急かしたせいでオリヴィアが熱病に冒されたというのにも関わらず、フェルスター伯爵令息は助けにも行かず、更には病床のオリヴィアに婚約破棄を叩きつけたのです」
「…………は?」

テオフィルス殿下は信じられないといった様子で、暫し言葉を失った。

「その上、オリヴィアが生き延びたことを理由にデニッツ伯爵家そのものが病原菌だと吹聴しております」
「……」
「あまりにも冷酷です。デニッツ伯爵は、これは風土病を利用した殺人だと……僕もそう思います」
「許せん」

僕は再び、更に頭を下げた。

「オリヴィアは生きています。どうか、僕を側近の役から解いてください」

それは一生をテオフィルス殿下ではなくオリヴィアに捧げることを意味していた。
テオフィルス殿下は励ますように僕の肩を強く揺さぶった。

「その必要はない。リカード、君はどこにいたって私の親友で側近だ。歯を食いしばって耐えている場合ではないぞ。すぐにオリヴィアの傍に行ってあげるんだ。ほら行け!」
「ありがとうございます!」

こうして僕は宮殿から一途デニッツ伯領へと馬を走らせた。
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