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ザシャは新たな船の件で艦隊司令官に連れられて別室へと移り、ジェーンもまた女騎士の事務手続きのため騎士団長に連れられて行った。

レオンは捜索隊からの報告や連絡が迅速に伝わるよう、引き続きサッロ伯爵の別邸に留まるよう指示を受けた。

私は今すぐクレーフェ聖公領へ赴くというわけではなく、王妃と聖公領の教会で日程を調整したのち教育を受けるとのことで、準備が整うまで待つ身となった。

ヨハンは自由の身である。

レオンとヨハンと私の三人でサッロ伯爵の別邸に戻る道すがら、暫く私たちは無言で足を進めていた。
其々が想いを馳せていたのだろう。今日までの日々、これからの日々に。
レオンは父親が心配だろう。既に捜索隊が出てしまった為、自分の足で探し回ることは叶わず待機しなければならない。歯痒いに違いない。

併し最初に口を開いたのはレオンだった。

「お嬢様、おめでとうございます」

笑顔を向けられ、私は何も返せなかった。
ヨハンはレオンに同調し私を祝福してくれた。

「大変なことになってしまったわ」

この誇らしい栄誉を本当の意味で受け入れられるようになるまで、少し時間がかかるだろうと思われた。だが恐らくは教育を受けていく中でその精神は形作られていくはずだ。焦りは無意味であり、王妃から授かった指輪に恥じないよう日々を真摯に重ねていくだけである。

それより、レオンの父親が気掛りだった。
当のレオンは私に微笑んでいる。

ニコラス王太子が捜索隊を組織してくれたということだったが、私もできる限りの情報を集めることを考えていた。

「でも、これであなたの活動はずっと楽になりますね。頑張ってください」

レオンは私が救護院を建てる計画に専念すべきだと考えている。私との道は、ここで別れると。そう考えているように感じてしまう。

「凄いなあ」
「何故、他人事なのです?王妃様が騎士の称号を授けたのはクレーフェについて行けという意味でしょう」

ヨハンが余計なことを言ってしまい私は居た堪れなくなり俯いた。

「僕は……」

レオンも口籠ったが何にも囚われない自由なヨハンは続ける。

「王太子殿下の話を聞いてました?五年十年かけて準備してから着任するのだから、その頃まだ見つからなければ生き別れと思って諦めなさい。大人でしょう」
「ヨハン、やめて」
「あなたが切り拓いてくれた未来をレオンは棒に振る気ですよ。何のための王室刺繍師ですか。教会の旗に刺繍しなさい」
「ヨハン」

私はヨハンの腕を掴んで止めた。それによってレオンの顔色が変わったので益々居た堪れなくなった。

レオンの父親が見つからなければ全てが解決したとは言えない。私は自分が大きな功績を上げたくてしたわけではないし、レオンの哀しみの全てを知っていたわけでもない。
まだ終わっていないのに、私は、これ以上レオンに近づけない。

だからレオンには言わずできる限りのことをするのだ。

晴れやかでありながらも気まずいという微妙な空気のままサッロ伯爵の別邸に帰ってくると、思いがけず宮廷の馬車が先に着いており、使者より私の父宛の書状を預けられた。私個人が伯爵位を授かりクレーフェ聖公領の教区長官に任命され、いずれクレーフェ聖公爵を継ぐ立場になった事実を伝えるものだった。

書状を預けられたということは、私が届けなければならないということだ。

国王と聖公爵からの書状は何をおいても最優先である。
私は荷造りを済ませ、二人と挨拶を交わし、ザシャとジェーンに書置きを残し、急ぎビズマーク伯領へと馬車を走らせた。

慌ただしい別れは私の感傷を和らげるのには役に立ったが、この呆気ない別れが最後になるのかという不安は時間が経つほどに膨らんでいった。

それでも怒涛の日々が過ぎ去り二度の宮廷裁判という戦いを終えた身で我が家の門をくぐると、果てしない安堵に包まれる。

夕食時に到着したこともあり視界が暗く、私も注意を払っていなかった。私は来客を意味する馬車の存在に気づかないまま使用人たちに迎えられ、温かな労いを受けつつ父の居所を尋ねた。

「クローゼル侯爵とお食事中です」
「え?」

使用人たちが私の方に父を呼んでくれると言うので私室で一息ついていると、ほどなくして父が現れた。

「お父様」
「おかえり、ヒルデガルド」

抱擁を交わす。
父の温かな眼差しは私の疲労や不安を癒すには充分だった。

私は書状を渡し、父は私の前で目を通した。読み終わった父は目にうっすらと涙を溜めて私を見つめた。

「大きくなった。お前は、想像よりずっと大きくなったな」
「……はい」
「恐れることはない。神の御心のままに」
「はい」
「それに、父は父だ。いつでも帰ってきて、休みなさい」
「はい」

父と話していると落ち着いた。
だが来客中であることは考慮しなければならない。

「クローゼル侯爵がいらしているの?」

問うと父の表情が曇ったので私は少し嫌な予感がした。

「レディ・ヘレネはどうしている?」
「裁判の後、迎えが来てすぐに帰りました」
「そうか。では入れ違ったな」

王都を経由する距離を考慮すると充分にありえる話だ。父の表情は更に曇り、その必要はないはずなのに私に身を寄せ声を潜ませる。

「閣下は、レディ・ヘレネを勘当するつもりだ」
「え?」

無理もないと頭では思うものの、この先のヘレネの人生を想像すると複雑な心境になる。私やジェーンがしたように、ヘレネもできたかもしれない。ヘレネが最初に告発していれば……

考えても仕方がないことだ。
私は現実的な疑問に向き合うことにした。

「それをお父様に言う為にいらっしゃったの?」

おかしな話である。
父は短く首を振った。

「否。一瞬、話題に上っただけだ」

ヘレネに対して父親としての愛情や関心がクローゼル侯爵の中にないことは明らかだった。悪を悪と認識し立ち向かえない程ヘレネを弱くしたのは、やはりクローゼル侯爵なのだろう。そう思うと一定の同情は否めない。

併し続く父の言葉は私の頭からヘレネの存在を吹き飛ばした。

「実は、私とお前の対応が寛大だったと気を良くされて、友情を築きたいと仰っている。そこで贈り物を受け取ってほしいといってテーラーを連れて来たのだよ。私に服を贈ると。気持ちは有難いが、正直やや気色悪い。併し断れば職人の誇りを傷つけてしまうから──」

私は父の腕を掴み、食い掛るように尋ねた。

「なんて方?」

父は私の態度には驚いていたが滞りなく答えた。

「メラーと名乗ったよ。かつては宮廷に出入りしていたくらい腕利きのテーラーらしい」
「!」

私は走り出した。
父は私の名を呼びながら追ってくる。

「宮廷で探している人なの!行方不明だったのよ!」

ほとんど怒鳴るような声で言った私の背を押し父は転倒に気を配るとともに速度を速めてくれた。

私は食堂に駆け込んだ。
クローゼル侯爵の隣に、既視感のある壮年の男性が陰鬱な表情を浮かべ座っている。

「おや、レディ・ヒルデガルド。お帰りですか」

上機嫌なクローゼル侯爵を無視する形で私はその人の傍に駆け寄り跪いた。その人は驚いたように私を見下ろしていた。

白髪交じりの金髪と、美しい碧い瞳。

「メラーさん」
「……どうなさいました?お嬢様」

どことなく声が似ている。
当然だ。二人は親子なのだから。

私は感極まり乱れた息にむりやり声を乗せて告げた。

「レオンは生きています……!」

この夜、私と父は夜通し馬車を走らせレオンの父親を王都へと送り届けた。
メラー親子は再会を果たした。

これで全て終わった。
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