71 / 79
71(ニコラス)
しおりを挟む
コルネリアの瞳には強い信念の炎が揺らめいている。
ソフィアから邪悪さを欠いたかのような姿のコルネリアと見つめ合いながら、私の視界には父も映りこんでいた。
父は親子ほど年の離れた妹であるというコルネリアに複雑な眼差しを送り、時折、逃げるように視線を逸らしている。妹を愛したことがない私は、父の中にあるコルネリアに愛情を抱こうとしているが故の葛藤を感じられた。
私は母に問うた。
「今のお話が全て真実であると証明するものは、コルネリア以外にありますか?」
「私の嘘を一つでも見つけたならば、あなたの手で母を殺しなさい」
母は躊躇わず私に命じた。
そうなれば頷くより他なかった。
「今思えばあの時ネリーの娘だけ安全な場所へ逃がすか、両方死んだことにしてしまえばよかったのです」
忌まわしい過去が母の顔を残酷に彩る。
「私と陛下はソフィアを公平に育てました。ところが、自我が芽生え始めた頃にはもう母親の気質を受け継いでいた。何人の教育係が逃げて行ったかあなたも覚えているでしょう。野蛮で、反抗的で、傲慢で、残虐で……私たちは早々に見切りを付けました。アントニアはこうなることを予期していたのでしょう」
「つまり、時期をみて王女を取り換えるつもりだったと?」
「半分はそうですが、半分は違います」
ずっと母が話している。
その間コルネリアは視線を逸らさずに私を見ている。意思の強さと同時に、私が知らない母の計略を充分に承知しているのが見て取れる。
妹だと思ってきた顔だが、実際は年下の叔母だ。
真実と仮定したならば、相応の敬意を払って然るべき相手である。
「ヴィレールの娘が道を踏み外した時、ネリーの娘だけが奇跡を起こせると、アントニアはわかっていたのです」
「……母上」
私は心から賛成できない。
詭弁ではないか。
「ソフィアが罪を犯すのを待っていたのですか?犠牲者が出る日を」
「間違っていたとは思いません。神は、私たちに新たな神の娘を与えたではないですか。私が犯した過ちを贖う為に、新たにより無垢で強い神の娘ヒルデガルドを遣わした。私はその道筋に立っていたに過ぎません」
「繰り返しているわけですね」
「もう終わりです」
「当然だ。私が終わらる」
「信じていましたよ、ニコラス。あなたは私と陛下の愛の賜物なのですから」
腹が立った。
あまりにも犠牲が大きすぎた。
望まれない二人の王女の誕生は内乱を引き起こす危険を孕んでいたのだろう。だからといって、当時見込まれた膨大な犠牲者と比べ、今回は片手に余る数だからと楽観視することはできない。
数ではない。
神は、分け隔てなくその命を愛しておられるのだ。
併し起きてしまったことは覆せない。
父と母が決断し、私ではなくコルネリアと協力しこの日の為に準備していたのは事実なのだ。神は私を、幕を引く者として立てた。ならばその役を全うするまでだ。
「それで、私にコルネリアの存在を明かし、どのような仕上げをなさるおつもりですか?」
私は母に問うた。
これは王家の問題である。二度の宮廷裁判を経て王女を廃すると決定している。
「王女が罪を犯し追放されるなどという恥辱に塗れた歴史を、できるだけ穏やかに書き残さなければなりません」
薄々勘付いていた。
そうでなければこの対面は必要がないからだ。
「コルネリアを代わりに追放するのですか?」
「そうです」
母は短くコルネリアを抱擁し、心優しい母親のような顔で笑った。
「何故ソフィアを太らせたと思います?ニコラス。似ていると言ってもよく似た外見の姉妹というだけで同一人物には見せません。第一、母親が違うのです。でも、元の美しい姿から見る影もなく太れば、ほんの数回目にする者の目には同じソフィアに見えるでしょう。変わり果てたソフィアに」
身代わりになる運命を背負わされたというのに、コルネリアの瞳は希望に満ち輝いている。
そこで父が口を開いた。
「罪を認め罰を受け入れる王女として歴史に残すのだ。最後に神は奇跡を起こしたのだと。それが民のためだ」
「コルネリアは救出するのでしょうね?」
「ああ。安全な旅を経てファンスラー伯爵家に帰る」
私は意外な程に安堵し、年下の叔母コルネリアを見つめながら溜息をついた。
「よくわかりました。併し、当のソフィアは?」
ソフィアから邪悪さを欠いたかのような姿のコルネリアと見つめ合いながら、私の視界には父も映りこんでいた。
父は親子ほど年の離れた妹であるというコルネリアに複雑な眼差しを送り、時折、逃げるように視線を逸らしている。妹を愛したことがない私は、父の中にあるコルネリアに愛情を抱こうとしているが故の葛藤を感じられた。
私は母に問うた。
「今のお話が全て真実であると証明するものは、コルネリア以外にありますか?」
「私の嘘を一つでも見つけたならば、あなたの手で母を殺しなさい」
母は躊躇わず私に命じた。
そうなれば頷くより他なかった。
「今思えばあの時ネリーの娘だけ安全な場所へ逃がすか、両方死んだことにしてしまえばよかったのです」
忌まわしい過去が母の顔を残酷に彩る。
「私と陛下はソフィアを公平に育てました。ところが、自我が芽生え始めた頃にはもう母親の気質を受け継いでいた。何人の教育係が逃げて行ったかあなたも覚えているでしょう。野蛮で、反抗的で、傲慢で、残虐で……私たちは早々に見切りを付けました。アントニアはこうなることを予期していたのでしょう」
「つまり、時期をみて王女を取り換えるつもりだったと?」
「半分はそうですが、半分は違います」
ずっと母が話している。
その間コルネリアは視線を逸らさずに私を見ている。意思の強さと同時に、私が知らない母の計略を充分に承知しているのが見て取れる。
妹だと思ってきた顔だが、実際は年下の叔母だ。
真実と仮定したならば、相応の敬意を払って然るべき相手である。
「ヴィレールの娘が道を踏み外した時、ネリーの娘だけが奇跡を起こせると、アントニアはわかっていたのです」
「……母上」
私は心から賛成できない。
詭弁ではないか。
「ソフィアが罪を犯すのを待っていたのですか?犠牲者が出る日を」
「間違っていたとは思いません。神は、私たちに新たな神の娘を与えたではないですか。私が犯した過ちを贖う為に、新たにより無垢で強い神の娘ヒルデガルドを遣わした。私はその道筋に立っていたに過ぎません」
「繰り返しているわけですね」
「もう終わりです」
「当然だ。私が終わらる」
「信じていましたよ、ニコラス。あなたは私と陛下の愛の賜物なのですから」
腹が立った。
あまりにも犠牲が大きすぎた。
望まれない二人の王女の誕生は内乱を引き起こす危険を孕んでいたのだろう。だからといって、当時見込まれた膨大な犠牲者と比べ、今回は片手に余る数だからと楽観視することはできない。
数ではない。
神は、分け隔てなくその命を愛しておられるのだ。
併し起きてしまったことは覆せない。
父と母が決断し、私ではなくコルネリアと協力しこの日の為に準備していたのは事実なのだ。神は私を、幕を引く者として立てた。ならばその役を全うするまでだ。
「それで、私にコルネリアの存在を明かし、どのような仕上げをなさるおつもりですか?」
私は母に問うた。
これは王家の問題である。二度の宮廷裁判を経て王女を廃すると決定している。
「王女が罪を犯し追放されるなどという恥辱に塗れた歴史を、できるだけ穏やかに書き残さなければなりません」
薄々勘付いていた。
そうでなければこの対面は必要がないからだ。
「コルネリアを代わりに追放するのですか?」
「そうです」
母は短くコルネリアを抱擁し、心優しい母親のような顔で笑った。
「何故ソフィアを太らせたと思います?ニコラス。似ていると言ってもよく似た外見の姉妹というだけで同一人物には見せません。第一、母親が違うのです。でも、元の美しい姿から見る影もなく太れば、ほんの数回目にする者の目には同じソフィアに見えるでしょう。変わり果てたソフィアに」
身代わりになる運命を背負わされたというのに、コルネリアの瞳は希望に満ち輝いている。
そこで父が口を開いた。
「罪を認め罰を受け入れる王女として歴史に残すのだ。最後に神は奇跡を起こしたのだと。それが民のためだ」
「コルネリアは救出するのでしょうね?」
「ああ。安全な旅を経てファンスラー伯爵家に帰る」
私は意外な程に安堵し、年下の叔母コルネリアを見つめながら溜息をついた。
「よくわかりました。併し、当のソフィアは?」
17
お気に入りに追加
1,567
あなたにおすすめの小説
【本編完結】婚約者を守ろうとしたら寧ろ盾にされました。腹が立ったので記憶を失ったふりをして婚約解消を目指します。
しろねこ。
恋愛
「君との婚約を解消したい」
その言葉を聞いてエカテリーナはニコリと微笑む。
「了承しました」
ようやくこの日が来たと内心で神に感謝をする。
(わたくしを盾にし、更に記憶喪失となったのに手助けもせず、他の女性に擦り寄った婚約者なんていらないもの)
そんな者との婚約が破談となって本当に良かった。
(それに欲しいものは手に入れたわ)
壁際で沈痛な面持ちでこちらを見る人物を見て、頬が赤くなる。
(愛してくれない者よりも、自分を愛してくれる人の方がいいじゃない?)
エカテリーナはあっさりと自分を捨てた男に向けて頭を下げる。
「今までありがとうございました。殿下もお幸せに」
類まれなる美貌と十分な地位、そして魔法の珍しいこの世界で魔法を使えるエカテリーナ。
だからこそ、ここバークレイ国で第二王子の婚約者に選ばれたのだが……それも今日で終わりだ。
今後は自分の力で頑張ってもらおう。
ハピエン、自己満足、ご都合主義なお話です。
ちゃっかりとシリーズ化というか、他作品と繋がっています。
カクヨムさん、小説家になろうさん、ノベルアッププラスさんでも連載中(*´ω`*)
性悪という理由で婚約破棄された嫌われ者の令嬢~心の綺麗な者しか好かれない精霊と友達になる~
黒塔真実
恋愛
公爵令嬢カリーナは幼い頃から後妻と義妹によって悪者にされ孤独に育ってきた。15歳になり入学した王立学園でも、悪知恵の働く義妹とカリーナの婚約者でありながら義妹に洗脳されている第二王子の働きにより、学園中の嫌われ者になってしまう。しかも再会した初恋の第一王子にまで軽蔑されてしまい、さらに止めの一撃のように第二王子に「性悪」を理由に婚約破棄を宣言されて……!? 恋愛&悪が報いを受ける「ざまぁ」もの!! ※※※主人公は最終的にチート能力に目覚めます※※※アルファポリスオンリー※※※皆様の応援のおかげで第14回恋愛大賞で奨励賞を頂きました。ありがとうございます※※※
すみません、すっきりざまぁ終了したのでいったん完結します→※書籍化予定部分=【本編】を引き下げます。【番外編】追加予定→ルシアン視点追加→最新のディー視点の番外編は書籍化関連のページにて、アンケートに答えると読めます!!
許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました
結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください>
私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
不遇な王妃は国王の愛を望まない
ゆきむらさり
恋愛
稚拙ながらも投稿初日(11/21)から📝HOTランキングに入れて頂き、本当にありがとうございます🤗 今回初めてHOTランキングの5位(11/23)を頂き感無量です🥲 そうは言いつつも間違ってランキング入りしてしまった感が否めないのも確かです💦 それでも目に留めてくれた読者様には感謝致します✨
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。
※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷
【 完結 】「婚約破棄」されましたので、恥ずかしいから帰っても良いですか?
しずもり
恋愛
ミレーヌはガルド国のシルフィード公爵令嬢で、この国の第一王子アルフリートの婚約者だ。いや、もう元婚約者なのかも知れない。
王立学園の卒業パーティーが始まる寸前で『婚約破棄』を宣言されてしまったからだ。アルフリートの隣にはピンクの髪の美少女を寄り添わせて、宣言されたその言葉にミレーヌが悲しむ事は無かった。それよりも彼女の心を占めていた感情はー。
恥ずかしい。恥ずかしい。恥ずかしい!!
ミレーヌは恥ずかしかった。今すぐにでも気を失いたかった。
この国で、学園で、知っていなければならない、知っている筈のアレを、第一王子たちはいつ気付くのか。
孤軍奮闘のミレーヌと愉快な王子とお馬鹿さんたちのちょっと変わった断罪劇です。
なんちゃって異世界のお話です。
時代考証など皆無の緩い設定で、殆どを現代風の口調、言葉で書いています。
HOT2位 &人気ランキング 3位になりました。(2/24)
数ある作品の中で興味を持って下さりありがとうございました。
*国の名前をオレーヌからガルドに変更しました。
婚約破棄してくださって結構です
二位関りをん
恋愛
伯爵家の令嬢イヴには同じく伯爵家令息のバトラーという婚約者がいる。しかしバトラーにはユミアという子爵令嬢がいつもべったりくっついており、イヴよりもユミアを優先している。そんなイヴを公爵家次期当主のコーディが優しく包み込む……。
※表紙にはAIピクターズで生成した画像を使用しています
[完結]本当にバカね
シマ
恋愛
私には幼い頃から婚約者がいる。
この国の子供は貴族、平民問わず試験に合格すれば通えるサラタル学園がある。
貴族は落ちたら恥とまで言われる学園で出会った平民と恋に落ちた婚約者。
入婿の貴方が私を見下すとは良い度胸ね。
私を敵に回したら、どうなるか分からせてあげる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる