王女様、それは酷すぎませんか?

希猫 ゆうみ

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「私の受けた拷問は以上です」

レオンは宮廷裁判という厳粛な場を誰よりも弁えており、いつもより丁寧な口調でその痛ましい証言を終えた。
ヨハンの作り上げた異様な熱気を冷ますには充分すぎる程に悲しく無残な告白だった。

私は何度も嗚咽を堪え、悲鳴を堪えなければならなかった。手が震えた。涙を零すまいと耐えた。
同じ苦しみを受けたのに、レオンにだけ同情の涙を見せる自分が卑しく思えた。不謹慎な真似をしてこの戦いを貶めたくなかった。

何度、胸が張り裂け血の涙を流しただろうか。
私のレオンが……そう、私の大切なレオンが酷く乱暴に扱われ、尊厳を否定され、嘲笑され、繰り返し痛めつけられた過去が確かに存在する。

私はその時、彼を知りもしなかった。
平和に暮らしていた。

私は己の無力さを思い知った。

レオンは自らの足で立ち上がり、屈辱的な過去に対峙し、それでも優しさを失わずに歩んで来た。
彼の為に何かしたいという気持ちばかりが大きすぎて、却って何もわからなくなる。

この宮廷裁判が果たして正しかったのかすら、疑いを抱いてしまう……

それでも思い返せばレオンはいつも私を励まし、勇気付け、前を向かせてくれた。笑わせてくれた。癒してくれた。

レオンは自らの意思でこの戦いに身を投じたのだと思うことは、彼の誇りを正面から受け止めることでもあるのだと気づく。

私の戦いだった。
でも、本当は、彼らの戦いなのだ。

誠意を以て協力を惜しまず見届けることが私にできることであり、やるべきことでもあるように思えてくる。

貴族ではないとしても充分に礼節を弁えた美しい青年の悲劇的な過去は、私だけでなく陪審員と傍聴席を沈黙させ、国王の憐れを誘った。

今日、レオンは上質な礼服を身に纏い銀縁の眼鏡をかけている。視力に問題があるとは思えなかったが、奇をてらっているわけでもないことは充分に理解できた。ただ理由がわからなかった。

レオンが徐に眼鏡を外す。
元が見栄えのする美青年なのでそれだけで雰囲気ががらりと様変わりする。

「私の素顔は御存じなくとも、今、何かお気づきになった方がいらっしゃいましたら、どうかお心に留めて頂きたくお願い申し上げます」

そう言うとレオンは証言台に立ったままゆっくりと体を回転させ陪審員の貴族たちを眺めた。
注意深いその眼差しは悲しく透き通り、視線の絡む者の心に深く呼び掛ける。陪審員たちが同情や義憤によって表情を変えながらレオンを凝視していた。

「あなた。あなた。……あなたも」

レオンが丁寧に指し示した人物は、何かに気づいたように目を瞠る者もいれば困惑に暮れる者もいた。レオンは傍聴席も併せ合計で七人に直接声を掛けると、思いがけない答えを提示する。

「今日お召しになっていらっしゃるのは父が仕立てたものです」

そこでニコラス王太子と国王の方へ向き直る。
今一度、私の胸が張り裂けた。

そうだったのね、レオン……

「私が王女様に服従いたしましたのは、父を奪われたからでありました。逆らえば父を殺すと、そう言われました。私の名はレオン・メラー。父の片腕として宮廷に出入りを許されておりましたテーラーです」

私は彼の本名を知り、宮廷に認められた腕のいい職人であったことを知った。
嗚咽を洩らしたのは私だけではなかった。傍聴席から悲鳴に近い声が上がる。

「そんな……メラー……!」
「ああ……っ、メラーは死んだのか……!」

誰とは判断できないが、きっと懇意にしていた貴族たちだろう。
他人事ではなくなり心の声を抑えきれなくなったのだ。

私は両手で口を覆い、ついに涙を零してしまった。
でも今レオンが戦っている。私が泣いていてはいけない。私は涙を拭いレオンの姿を目に焼き付ける。

レオンは静かに嘆願した。

「父は生きているでしょうか。どうか、王太子様。王女様にお尋ねいただけませんか?」

激情を抑制していても、レオンの纏う静謐な悲壮感は穏やかな声から痛みを伝えてくる。

ニコラス王太子は険しい顔で頷くと勇ましい足取りでソフィア王女の方へ距離を詰めた。
ソフィア王女は始め瞠目し怯えているようだったが、自分の兄が目の前に立ちはだかると途端に笑い声をあげた。

「何が可笑しい」
「お兄様……!いやだ、真に受けて……!」

頭が弾け飛んでしまいそうなほど激しい怒りで目の前がちかちかした。私は歯を食いしばって耐えた。
ニコラス王太子はゆるく首を振り冷酷に告げる。

「否、誰もお前を信じない。メラーは何処にいる?」
「し、ら、な、い」

ソフィア王女は体を折り曲げて気が狂ったように笑った。

「さらったのは本体だけだもの!父親の方は触ってないの!馬鹿みたいに言いなりになって無様だったわお兄様にも見せてあげたかった!でも本当にどこに行っちゃったのかしらね!?息子を助けにも来ないで!あぁ私も知りたいくらいだわ!薄情な父親!」
「お前たちは?」

侮辱的な挑発を無視してニコラス王太子が取り巻きに一人ずつ尋ねていく。ダーマ伯爵は目に困惑を滲ませ否定し、夫人の方は力なく首をふり、アイリスは目を向いて激しく首を振り、パメラ夫人は鼻で笑う。
その態度はどれも本当に居場所を知らないと思わせるだけの真実味があった。
本来ならば少しでも罪を軽くする為に証言してもいいはずだから。

「……」

何処に?
レオンの父親は、いったいどこに消えてしまったのか。

助けにも来ないでとソフィア王女は嘲笑した。
まさか、もう……

レオンが再び陪審員たちの方へ体を向ける。
そして悲しい微笑みを浮かべ、親しみを込め、呼び掛けた。

「どうか、父を見かけることがあったら伝えてください。は元気にやっていると。愛していると、伝えてください」

碧い瞳が涙に揺れている。

悲しい懇願に突き動かされた陪審員の一人が挙手した。ニコラス王太子はソフィア王女と睨み合っていた為、国王が直々に身振りで発言を許可する。

「メラーを発見した場合、どちらにご報告いたしますればよろしいですか?」
「宮廷及びビズマーク伯爵家に報告を」

ニコラス王太子が即答した。
それから証言台の正面まで来てレオンの顔を間近に覗き込んだ。

「すまない。必ず見つけ出す」
「ありがとうございます」

レオンは涙を流さなかった。
ニコラス王太子に丁寧に促されレオンが証言台を下りる。

戻って来る。

私は理性を保つよう努めながらもレオンから目が離せなかった。レオンもまた私を見つめていた。涙が込み上げ、彼が揺れた。零してしまった。
近づく程にレオンの優しい微笑みがよく見えた。

どうして……

どうして、それほどまでに優しい微笑みを向けられるのだろう。
私など、レオンの本当の苦悩を知らずに彼を利用しようとした赤の他人なのに。

「ビズマーク伯爵令嬢ヒルデガルド、前へ」

ニコラス王太子が私を呼んだ。
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