王女様、それは酷すぎませんか?

希猫 ゆうみ

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53(ザシャ)

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「さて、仕上げだな」

ヒルデガルドとレオンを見送りヨハンの真横で独り言ちた。
ヨハンが体ごとこちらに向けて俺を凝視する。晴々とした表情が普段なら気味悪く感じるが、今日ばかりは肩でも叩いてやりたくなる。

「あなたの美点は私に興味を抱かなかった点です」
「今もねえよ」
「最後に、いくつか頂いてもいいですか?」

玄関の外の鉢植えで栽培していた薬草の中には毒性が強いものもある。最近になり不自然に捥ぎ取られているのは気付いたが、やっているのはヨハンだと聞いて好きにやらせておいた。
お陰でイザベルとアイリスが片付いた。

「いいけど、あんた今何処に居るんだ」
「サッロ伯爵の老い先短い叔母君がいたく同情してくださいましてね。膝が痛いと仰るので痛み止めの薬をお届けがてらお話相手をさせていただいているのですよ」

なるほど。要領よくパトロンを見つけたというわけか。
俺は長い付き合いの使用人をヨハンに付けて好きに草を刈らせてやった。
鉢植えを新居に移したら、日が暮れるのを待ち《ユフシェリア》を爆破する。

アイリスの馬鹿げた陰謀から着想を得た結末になるわけだが、それとなく爆破計画の件を教えてやって憤怒の薪を足してやったジェーンと何故か馬が合い、爆薬が提供され、とりあえず此処を片付けようということになったのだ。
気が強く転がしやすいジェーンは面白い女だった。

目的の薬草を摘み終えたヨハンが挨拶に顔を見せた時、俺は調合室で爆薬の準備をしていた。

「あんたが急に葉巻に目覚めないことを祈るぜ」
「私も見届けたいのですが、何しろ多忙で。申し訳ない」

ヨハンは二回目の宮廷裁判までの短い期間、実際に男娼の客だった貴族の女たちのもとを密かに回り、口裏を合わせるよう懐柔していた。

ヘレネの紹介からじわじわと広がった男娼という遊びに興じた女たちは、今や取り巻きが順に逮捕されている王女の裁判沙汰に関与してしまったのではと戦々恐々としているらしい。
そこでヨハンの提案により、俺たちの境遇に同情した心優しい貴婦人や令嬢たちが夫や父親など男の身内に内緒で支援をしていたという話を用意した。
多少怪しさは残るが、要は全員がベッドで縺れ合う客から何かあったかもしれない程度のパトロンの身分になる。

大嘘だが、宮廷裁判で裁かれた王女の趣味に付き合ったと知られれば女たちも身の破滅。ヨハンが甘く囁けば二つ返事で快諾しているという。

「否、頼りにしてるよ」
「うっかり燃えないでくださいね」
「ああ。行くか?」
「はい」

俺は作業を中断しヨハンを見送る為に外へ出た。

碌でもない男娼の館だが、使用人の半分は俺の船に乗っていた連中で、後の半分はヨハンが見つけて雇い入れた職人、暮らし自体は気心知れて快適な良いものだった。
料理人を除き、あとの職人はヨハンが連れて行く。

「元気でな。ありがとう」

一人一人の肩を叩き、礼を伝えながら送り出した。
ヨハンは最後まで妖しい笑みを絶やさなかったが、どうやったらあんな気色悪い男に仕上がるのか全く見当もつかないままだったなと思いながら手を振った。

軽い昼食を済ませる。

娼館であった痕跡を消すにあたって厄介なのは一部屋ずつに誂えたベッドと浴槽だった。だが木端微塵にしてしまえば簡単に解決できる問題だ。

各部屋に導火線を引き、階段を伝い這わせ玄関の外まで持ってくる。
爆発で生じる火花が燃え移り盛大に炎上するよう油を含ませた藁やシーツを随所に配置していると徐々に日が暮れた。

「野郎ども船が出るぜ準備はいいか、嵐なんか恐れるんじゃねえ、泣いてる坊やはケツ出しな──」
「ねえ、酷い歌なんだけど」

懐かしい鼻歌を歌っていたら、いつの間にか呆れ顔のジェーンが背後に立っていた。

「よう。船乗りの歌だぜ、いかすだろ」
「あんたのところって高尚な探検隊じゃないの?」

憤慨した様子で言いながらもジェーンは周囲の動きを真似て油を含ませた藁を配置し始める。ちゃんと導火線に触れないよう心得ているのが偉い。
父親のもとで働く男たちとの接触に慣れているのか、女だてらに邪魔にもならず声を掛け合って作業を続けるジェーンには感心した。実際、捗りもした。

館と川を往復して周囲の大地に水を撒きながら夕暮れを待ち、しっかり日が暮れてから、俺は導火線に火を付けた。

「焼き討ち船だ、ソフィア」

俺たちが見守る中、小さな火は導火線を駆けていき館の中に吸い込まれていく。
やがて綺麗な花火が上がった。ドカン、ドカン。窓が吹き飛び、煙が噴き出す。俺たちは徐々に後退し、予め決めておいた持ち場まで散るように向かった。

石造りの館が完全には崩壊しない程度の火薬に留めたが、万が一燃え広がって野焼き状態にならないよう、館の周囲に水を撒き、さらに巨大な桶や消火用の砂などを用意しておいた。この準備に一役買ったのもジェーンだ。
幸い、それらを使う必要はなかった。

燃え盛る炎と、星空を覆う黒煙を、俺たちは見上げていた。

「どういうこと!?」
「?」

一日の内で二度も背後から女に声を掛けられるとは。しかも相手はヘレネだった。

「なんだ。最後に抱かれに来たか」
「何故こんな……!」

その時、ヘレネが何かを注視し形相を変えた。

「お前……!」

俺を放って駆け出していく。
その先にぎょっと目を剥くジェーンがいた。

ヘレネがジェーンに掴み掛かる。

「どうしてお前がいるの!ザシャは私のものよ!お前には渡さない!ザシャは私と一緒に死ぬの!!」
「はあっ!?」

俺の気持ちまでジェーンが代弁している。全く負けていない。
突如、女の戦いが始まった。俺は顎を掻いて見物を決める。

「どうかしてるんじゃないの!?生きる為にやってるんでしょ!」
「口を慎みなさい、この平民が!」
「あんたに言われたくないわ!慎み深かった頃の御自分を思い出してご覧になったら!?もう遥か彼方の夢幻でしょうけどね!この変態!」
「!」

ヘレネがジェーンを叩いた。
早く止めてやればよかったと若干後悔した俺に向かってヘレネが泣きながら駆けてくる。まさか刺されやしないかと一瞬だけ警戒したが、ヘレネはいつも通りの情けない泣き言を洩らしながらしがみついただけだった。それを憤怒の顔をしたジェーンも追ってきて、更には女二人の怒号に気づいた俺の乗組員たちも寄ってきた。

「終わりよ……っ、ヒルデガルドが勝てても私は駄目……全て私のせいにされるんだわ……っ、それに証言したら父が怒るもの……もう生きていけない……っ」
「……」

俺は夜空を仰いだ。

「だからってなんでザシャが一緒に死ななきゃならないのよ!馬鹿じゃないの!?」

ジェーンが憤慨している。炎を背にしている分、この世の終わりじみた迫力がある。
鬱陶しいヘレネなどいっそ燃え盛る館の中に放り投げてやろうかとも考えたが、ヒルデガルドは嫌がるだろう。思い直した俺はヘレネの後頭部を掴み、うじうじと煩い口を塞いだ。

「はあっ!?」

ジェーンは憤慨している。

「ザシャ……」

口づけの後ヘレネは大人しく俺に甘えた。
俺はヘレネの濁った眼を覗き込んで言ってやる。

「早まるなよ弱虫。全部終わったら俺の船に乗せてやる」
「え……?」
「だから、最後までちゃんとやれ。生きて証言するんだ。宮廷裁判で俺に有利になるよう上手くやれ」
「……海に、連れて行ってくれるの……?」
「そうだ。わかったか?やれるな?」

ヘレネがこくんと頷く。
と同時にジェーンが呆れを顕わに夜空を仰ぎ、船乗りにも負けない悪態をついた。そして俺の正気を疑う辛辣な一瞥を残し、離れていった。

安心したようにヘレネが俺に密着する。俺はヘレネを抱いてやった。文字通り抱きしめただけでなく、夜の森の中で啼かせた。

ヘレネを言いなりにすることに意味があった。
軟弱なこの淫乱女だけが俺たちの弱点だったからだ。宮廷裁判の直前にその危うさが判明してよかった。いつもより甘く、いつもより激しく、命を懸けているかのように熱く、まるで愛しているかのように俺はヘレネを抱いた。

俺が奴隷だった日々は終わった。
この夜からヘレネは本当の奴隷になったのかもしれない。

夜が明ける頃、ヘレネは随分と幸せそうに微笑んでいた。
夢見た船などないと知らずに、俺に溺れている。

焦げ臭い朝焼けだけが美しい、寒い秋の朝だった。
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