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37(ザシャ)

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「お前は元探検家でしょう?聞いたことがある。未開の土地を調査する時は山を爆破して進むんですってね。ソフィア王女をお救いする為に爆薬を調達しなさい」

珍しい客に呼び出されたかと思えば、随分と面白い冗談だ。

「王女様がどうかされましたか?」
「ヘレネ様が手紙も寄越さないとなると、お前も見棄てられたようね。たった一人の上客を逃してこの先どう生きていくつもり?お前にはもう、船も仲間もいないのよ」

ダーマ伯爵の妻イザベルがやけに高圧的なのは笑えるが、モリン伯爵家のアイリスは相変わらず強気だ。お頭様のソフィア王女がニコラス王太子にやり込められて相当焦っているはずなのに、俺を脅して何になるのやら。

ヨハンはよくやった。
貴族に生まれついた只の変態かと思っていたが、やる時はやるのだなと見直した。

ここ数年、俺の周りではおかしな王侯貴族が多すぎる。

「船も仲間も持たない俺がどうして爆薬を用意できると思うんです?」
「お金をあげる。準備しなさい」

夫が逮捕されてイザベルは崖っぷち。
どうせ気の強い年下のお嬢様に焚きつけられて言いなりになっているに違いない。アイリスの方も今のイザベルはいつにも増して扱いやすいだろう。

「まあ、いいですけど。勘が鈍ってないとは言えませんよ?何しろ、たっぷり甘い蜜に漬けられて最高の美酒に仕上がってますからね、俺は」
「遊びじゃないのよ。今お救いしなければお前も只では済まないの。わかってる?」
「これ以上どこに転がり落ちるんです?」

焦らしても楽しくない相手のはずが、今日はやけに楽しい。

「海の中なら慣れていますし、地底もそれなりに這いずり回りました。後はそう……宮殿を爆破して地獄にでも落ちるだけですかねぇ」
「ザシャ。はぐらかさないで」

イザベルは震えている。

アイリスは大事な同胞を励ましもしないで俺を睨んでいる。
従わなければこの場で殺すと目で脅しているが、効果は薄い。それは本人もわかっているはずだと思いたいが、性格が悪いだけで悪知恵が働く程頭がいいわけでもないから期待するだけ無駄かもしれない。

立派なお嬢様もいるというのに、見下げ果てた淫乱屑女どもが。

「滅多なことを言わないでちょうだい。誰が聞いているかわからないのよ」
「だったら湖畔のベンチになんか呼び出さないでくださいよ。いい天気で、散歩日和だ。お二人も充分目立つ格好ですし、俺も俺ですからね。何の集まりだと思われるやら」
「お前が私たちに下心を抱き声を掛けた。そう見えるわ」
「はっ」

笑ってしまった。
イザベルという伯爵夫人は追い詰められると冗談が上手くなるらしい。これまでは夫の影に隠れるか、只の金魚の糞で王女と侯爵令嬢に媚び諂っているだけのつまらない淫乱年増女だったが、この度やっと自立できたようだ。

「なるほど。あなた方の美しさに目が眩んで俺は爆薬を用意するんですね」
「そうよ」
「で、何処をやるんです?あなた方が絹の手袋を脱いで自分で火を付けるんですか?俺にやって欲しいんでしょう?」

まさかビズマーク伯爵家を木端微塵にしてやろうなんて思ってないよな?
逆恨みにも程があるが、馬鹿の考えることは予測できない。正直、全く油断はできない相手だ。女の野心は男にはいまいち理解できない。

「ライスト造船所」
「……」

大真面目な顔で宣言するイザベルを俺はただ凝視した。
最近聞いた名前だ。

「……爵位を買ったんでしたっけね」

そこの娘が俺たちのお嬢様に卵を投げた、と。
名前は確か、ジェーンだ……

ヨハンもレオンもされたことの詳細までは語らない。
俺と同じなのか、多いのか少ないのか。だがどちらの口からも名前が出なかったし、俺は娘のことを知らなくて当然だ。

イザベルとアイリスは俺が状況を熟知しているとは想像さえしていないだろう。
同胞の父親の宮殿を爆破とはいったい何を考えている?

「それが許せないんですか?王女様は関係ないのでは?」
「お前には貴族の政治がわからないのよ」

政治ねぇ。

「造船所を爆破し大勢の犠牲者が出たら魔女の仕業にするの」

碌でもない遊びばかりしすぎて恐ろしい妄想しかできなくなったか。

「俺に人を殺せって言うんですか?それも、汗水たらして働く大勢の男たちを。女たちの夫を、こどもたちの父親を」

そろそろ目を覚ましてもいい頃合いだ。
王家が出来の悪いソフィア王女をやっと躾け直す気になった。これで下らない集会もお開きだ。何故、潮時だとわからない。

俺は苛立ちを押し殺しながら当たり前の答えに辿り着く。
馬鹿につける薬はないから。それだけだ。

「違う」

イザベルが尤もそうに首を振る。
善悪の区別もつかない見下げ果てた貴族の女が今日やっと初めての笑顔を見せた。可愛くも美しくもない醜い笑顔で更にとんでもない妄言を吐く。

「殺すのはお前じゃない。王家を欺いた魔女ヒルデガルドよ」

俺は呆れ果てて思わず返してしまった。

「はい?正気ですか?」

慌ててこう付け加えるくらいの機転は利いた。

「魔女なんていませんよ」

だがこの後俺はイザベルから残虐非道な爆破計画と荒唐無稽な魔女冤罪告発が如何に重要な貴族の政治であるか、長く下らない説明を受けた。
イザベルとアイリスが愚かにも確実な計画だと思い込んでいるのはよくわかった。

俺は肝心なことを思い出した。
馬鹿と鋏は使いようということを。

「わかりました。王女様をお救いするためですね」

慎重に引き受けたふりをする。

「急ぎなさい。地面を這いずり回る鼠のような人生を変えてくれたのが誰なのか、忘れないで」

なるほど。鼠か。
海を渡る充実した鼠だった俺を溝の中に沈めてくれたのが誰か、言われなくても忘れはしない。到底忘れられない。

イザベルは最後まで高圧的だった。アイリスに操られている自覚もないままに俺を支配したつもりになっている。
せっかく高くなった鼻をへし折ってやるのは俺でなくても構わない。

帰り道、思わず笑みが零れ久々に鼻歌まで歌った。
俺たちが庇護したとも知らず御令嬢ヒルデガルドを魔女に仕立てようとは笑わせてくれる。
早くヨハンに言ってやりたくてたまらない。心が躍る。

「……」

あの頃を思い出した。
空を仰ぎ、風を見極める。

出航だ。
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