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宮廷裁判は正午に開廷した。

国王夫妻と裁判官、審問官、陪審員の貴族たちを前に私はソフィア王女を訴える立場だ。
私にはニコラス王太子殿下が弁護に当たってくれるだけでなく、証人として父ビズマーク伯爵が出廷している。
更に心強いのは教会が後ろ盾となってくれたことだった。ヨハンが王妃の生まれ故郷であるクレーフェ聖公領の教会に働きかけ、聖職者の支持を集めてくれたのだ。これが大きな力になった。

今日は、私の男娼たちは此処にはいない。
寂しさと心細さは否めないが、私はヨハンが描いてくれた勝利への一本道を信じ、此処に立っている。

私を励まし続け、支えてくれたレオン。
完璧な計画を練り、笑顔で送り出してくれたヨハン。
私を追い出さず、別れの日まで静かに気にかけていてくれたザシャ。

私を貶める為に用いた男娼が、私をこれ程までに強くしてくれたとは、きっと、ソフィア王女は思いもしないだろう。

私は国王陛下と並んで座り私を見下ろしている、私が少しだけ似ているというオクタヴィア王妃を密かに見つめた。
このような形で対峙してみても、とても似ているとは思えない。
そんなことよりも、美しく威厳に満ちた王妃は私だけではなくソフィア王女にさえも興味がないように感じられた。

国王の憐れみの視線に私は固唾を呑む。

「これより我が妹ソフィアの行ったビズマーク伯爵令嬢ヒルデガルドへの侮辱罪について申し上げます」

ニコラス王太子が口火を切る。

「妹であり誉れ高きハルトルシア王国の王女であるソフィアは、その名に恥じる卑しい恋によって堕落しました。ビズマーク伯爵令嬢の婚約者であったシェロート伯爵令息ウィリスに邪な下心を抱き、将来を誓いあっていたビズマーク伯爵令嬢から略奪したのです」

ソフィア王女は兄であるニコラス王太子の陳述を静かに聞いている。その静けさは些か不気味でもあった。
これほど事態が大きくなると予想していなかったからなのか、勝算があるのか。私にはとても判断できない。
只一つ確かなことは、ソフィア王女の証人であるべきウィリスの姿はないということだ。それがソフィア王女の作戦なのだろうか……

「更には自身の横恋慕を正当化する為に何の罪もないビズマーク伯爵令嬢を陥れました。王女は、ビズマーク伯爵令嬢が不道徳な趣味を持っていたが故に、シェロート伯爵令息は泣く泣く此れを見限り婚約を破棄したという筋書きを関係者全員に強要したのです」

義憤にかられたというだけでニコラス王太子が此処まで私に協力的であることには驚きを隠せないが、聖典祭に参列を許された者同士と思うとその一点に於いてだけは納得ができる。

「元来、誰しもが認める敬虔な一家の令嬢が嗜んだという不道徳な趣味。婚約を破棄されねばならない程のその趣味とは、男娼です」

この裁判ではどうしても男娼は卑しく不道徳な存在として扱われる。
それは仕方がないことだった。

ヨハンはニコラス王太子に私と《ユフシェリア》の関係を巧妙に隠匿している為、純然たる汚名に焦点が当てられている。

「聖なる乙女と言っても過言ではない敬虔なビズマーク伯爵令嬢がそのように堕落していないことは、本日集った聖職者一同が保証しております」
「……」

ソフィア王女が微かに目を細め、首を傾げた。
私は内心ひやりとしたが、同時に、ソフィア王女が少しずつ緊張を隠せなくなっていることに気づいた。

絶対的優位な立場でありながら、ソフィア王女は私と同様、固唾を呑み身を強張らせている。

私は穏やかな深呼吸を繰り返した。
これはヨハンの書いた完全勝利するための筋書きなのだ。焦りも恐れも必要ない。
それに教会が私の潔白を信じてくれているのは絶大な勇気になる。

「高潔な伯爵令嬢の名だけではなく、聖き乙女としての名も汚されたのです。この悍ましい侮辱に対し、謝罪と賠償を求めます」

ニコラス王太子の言葉を受け、国王が額を押さえ項垂れた。
先刻から憐みの篭った眼差しを向けられていた事実やその反応から、私は国王がソフィア王女の暴挙を認めているように見えた。

ニコラス王太子は明確に体を陪審員の貴族たちに向けると、父に合図を出し、王女が私の人生を買い取った際の四つの木箱を全員の目に晒した。

「陛下、母上、陪審員の皆様。証拠をお見せいたします。こちらをご覧ください」

陪審員からどよめきが上がる。

「此れが王女よりビズマーク伯爵家へと支払われた身代金の一部です。王女は、ビズマーク伯爵令嬢が男娼を買ったという汚名を被る代償として此れを支払いました。何故身代金と申したかと言うと、ビズマーク伯爵令嬢の人生を買い取ったとは即ち、受け取らなければ命はないと脅したも同然だからであります」

レオンは私が《ユフシェリア》に支払った報酬を全て手を付けずに保管していてくれた。
ヨハンは《ユフシェリア》の主であるザシャを、私の逗留は必要な保護であり正当な庇護であったと説得してくれた。
卑しいと蔑まれる男娼たちの高潔な協力があってこその強力な証拠品だった。

「木箱は実際、五つありました。内一つは、息子と王女の純愛を妄信するシェロート伯爵による苛烈な慰謝料請求に応じた際、ビズマーク伯爵によってシェロート伯爵家へと贈与されています。シェロート伯爵もその令息も姿がありませんが……」

ニコラス王太子が再び身振りで促すと、一人の聖職者が宝箱と言っても差し支えないような壮麗な木箱を持って中央へと進み出る。

「シェロート伯爵はビズマーク伯爵家から強奪した慰謝料を汚れた金と忌み嫌い領内の教会へ寄贈し、その際に浄めの意図があったのか箱を燃やし尽くしたそうです。さて、此方の司教が寄贈された財宝の中に王家の紋章を認め、王女の忌まわしい策略の証拠品として返還の意思を示しております。これで五つ分、全て揃いました」

これは思わぬ幸運だった。
後ろ盾となってくれた数多の教会の中に、シェロート伯領の教会も加わっていたのだ。

「陛下。ご自身の目でお検めください」

王太子であるニコラス殿下にしかできない進言だった。
国王は席を立ち、苦い表情で歩み寄ると、確かに王家の財宝であることを確認した。

「……違います……!」

ソフィア王女がついに声を上げた。
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