王女様、それは酷すぎませんか?

希猫 ゆうみ

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22(オクタヴィア)

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「母上。これは由々しき問題ですよ」

ニコラスが静かに怒りを伝えてくる。
王太子としての権限より一人息子に対する私の甘さが、部屋への乱入を容認している。

「何故、見過ごしているのです。母親として、女親として何も思わないのですか?」

私はじっくりと息子を観察した。
若かりし頃の国王、私の夫ハルトムートを思わせる顔立ちでありながら、髪の色は私自慢の金色を受け継いだ。長らく私を嫌っているが、可愛いたった一人の私の息子だ。碧眼は祖母からの遺伝か。

この意見陳述も私を嫌う理由に起因している。
私はそれをよく理解していた。

「まさか本当に婚約を許すおつもりですか?相手はビズマーク伯爵令嬢を捨てたのですよ?あの敬虔で無垢なヒルデガルドを」
「陛下はなんと?」
「父上は何も言いません。母上、あなたと同じだ。二人とも何故ソフィアを自由にしておくのですか?そんなに娘が可愛いですか?私は、あれが自分の妹とは到底信じられない」

息子ニコラスは、私が不義密通の罪を犯し娘ソフィアを産んだと思っている。

ソフィアは豊かな艶めく黒髪と濃厚な琥珀色の瞳を持つ美しい娘に成長した。ニコラスと似ている部分は一つもなく、性格は違うとか合わないなどという観念的な問題以上にその強欲で我儘なところがとにかく宮廷内で嫌われている。

それは兄であるニコラスも同じで、妹を忌み嫌っている。言葉通り軽蔑しているのだ。

「親であるあなた方が野放しにしているから増長するのです」

ニコラスはハルトムートと私がソフィアを甘やかしていると勘違いしている。
そう捉えるのも無理はないが、ただ一人の王太子であるニコラスが放埓な妹に振り回され過ぎな点を私たち夫婦は苦々しく思っている。

取るに足らない存在だと、何故、割り切れないのだろうか。

「母上。私を見てください」

ソフィアに対する苦情には辟易している為、無意識に目を逸らしていた。
私は改めて息子ニコラスと見つめ合った。

「母上。どうかよくお考え下さい。聖典祭にまで招かれたビズマーク伯爵家の令嬢が、汚らわしく堕落するはずがありません。噂は偽りです」
「……」
「ソフィアが自分の略奪愛を正当化する為に仕組んだことに違いないのです」
「……」
「これは計略です。父上か母上のどちらかが叱れば終わることです。今のままではヒルデガルドが可哀相だ。母上は神に愛されたきよき娘を見棄てるおつもりですか?」
「……」
「シェロート伯爵令息との婚約を許すべきではありません」

国王である父親に相手にされなかったので、私への直談判を試みたのだろう。国王として絶対的に君臨する父親が、その妃である私を深く愛しており、聖公爵としての発言がどれだけの威力を持っているか、王太子のニコラスはよく理解している。

だがソフィアについては何も知らないニコラスは私たちの怠慢に憤っている。無理もない。

可愛いニコラスが私を激しく嫌っていようと、愛情は変わらない。母親の私にニコラスを厭わしく思う理由はないのだ。
ただ生きて、元気な顔を見せてくれているだけでいい。それどころかニコラスは王太子として立派に国王の補佐を務めている。
私は母親としても、王妃としても、ハルトルシア王国の行く末を憂いてはいない。

「陛下がお決めになることです」
「母上!」
「ヒルデガルドという娘が本当に聖き娘であるならば、神は、見棄てはしないでしょう」
「祈りを怠慢の言い訳にするのですか?神への信仰は聖き行いを通してこそ証明できるのではなかったのですか?」
「ニコラス」

名を呼ぶと息子は口を噤んだ。
私を嫌いながらも、従順で優しい子に育った。私が忌まわしい罪を犯したと思い込んでいるのだから、息子の怒りは義憤。心が善く育った証拠。私にとってそれは喜びでしかない。

「出かけます」

伝えると、息子は見るからに憤慨した。

「どちらに?」
「アントニアのところへ」
「また……!」

ニコラスは天井を仰いだ。
それから更に語調を強め私の顔を覗き込んだ。

「かつての侍女がそれほど大切ですか?母上が会いたいのはその兄の方ではないですか?」
「私はアントニアと話がしたいのです」
「そうですか。では止める術もない。どうぞ。大好きなファンスラー伯爵家へお出かけください」
「数日戻らないと思います。陛下は、御存じです」
「御勝手に!」

ニコラスは憤った足取りで立ち去った。

私は深く溜息をついた。
ほとんど整えてあった旅支度の仕上げを侍女に命じ、現在の状況について熟考する。

微かな後悔と、責務があった。
こうなってしまったのは私にも責任がある。

だからこそファンスラー伯爵家の功績は大きい。
アントニアは離れていても私を常に支えてくれる。こうなることを予見していたのかもしれない。若く混乱していたあの日の私は、これがアントニアの英断だとは判断できなかった。私が間違えた。

誰よりも信頼していたアントニアだからこそ、それをわかっていて、彼女は私のもとを離れたのだ。

私はアントニアの後を引き継ぎ長く私に仕えてくれている侍女ホリー夫人を伴い、一途ファンスラー伯領へと向かった。

そこには私を快く歓迎してくれる優しいファンスラー伯爵夫妻と、伯爵の妹である懐かしい腹心の友アントニアと……そして、ファンスラー伯爵夫妻の娘として育てられているコルネリアがいた。

コルネリアは私を見つめると、ひっそりと聡明な微笑みを輝かせた。その顔は忌々しいソフィアと酷似してはいなかったが、やはり奇跡的に似通った目鼻立ちをしている。
彼女に宿る聖き魂がコルネリアだけを輝かせているのかもしれない。

「ごきげんよう、コルネリア。牛すじのレッソリファットや、フォアグラのコンフィはお好き?」
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