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未知の領域であるはずの男娼の館に乗り込んだにも関わらず、私を知るらしい人物の登場に胃の辺りがしくりと痛んだ。思わず手を当てて息を整える。
その間にも新たに登場した硝子細工のような繊細な美しさを誇る男娼が早足で私と距離を詰めた。
後ずさる暇も、余裕もなかった。
名を知らない三人目の男娼が私の肩に触れ、くるりと向きを反転させる。
これも抗う余裕がなかった。
甘い香りもさることながら、異様な緊張感で吐気を催した。
そんな私に、こんな言葉がかけられる。
「此処はあなたが来るような場所ではありませんよ」
咎めるというより、焦りと心配の篭った素早い叱責だった。
「……」
私は言葉を失い、ひりつく舌と嘔吐く喉を戒める気持ちで大きく息を吸った。
もう、肩に手が触れていることなど些末な問題である。
囁くために屈みこみ越せられた白い頬に向かって、私も早口で問いを返した。
「私をご存知?」
「知っていますよ」
即答だった。
眩暈を覚えた私を必然的に三人目の男娼が支える形になり、再び元の椅子に座らさせる。正直ありがたかった。
視界がチカチカする。
失神しかけているらしいと悟り、それだけは避けなければと必死で精神を集中させる。
ここは曲りなりにも男娼の館だ。
意識を失い、再び目覚めた私が、眠っていた間に何をされたかなど考えたくもない。
「あの、お茶をお持ちしました」
若干躊躇いがちな声がした。
恐らくお茶の用意が整い、使用人枠のお仕着せの男が給仕に現れたのだろう。
失神しかけている客に男娼が勢ぞろいとなれば、このままお茶を出していいものかと悩むのも当然だ。併し私は求めていた。
男娼の館という場所柄お茶に何やら冒涜的な成分が含まれているとしてもおかしくはなかったが、お茶を飲みたかった。
私はテーブルに突っ伏し、三人目の男娼に背を撫でられながらも、驚くほど重たい自らの手を声の方に伸ばし欲求を伝えた。
「大丈夫?飲みやすい温度だから、安心して」
「……」
次に考えなければならないのは、この親切な三人目の名前も知らない男娼と私の隠された関りを把握する方法である。
爽やかなレモンが香るハーブティーは気分をすっきりさせてくれた。
視界も徐々に普段通りの鮮明さを取り戻していく。
なんとか持ち直した頃には、怪訝な表情のレオンとザシャが並んで立ち私を観察していた。激しい気まずさに一旦は額を抑え俯いたが、そんな私を三人目の男娼が甲斐甲斐しく労わってくれる。
「ありがとう」
つい、感謝してしまった。
口を突いた自分の発言を他人事のように聞いてから、残酷な仮説が脳裏を過る。
私とさも関係があるように装う男娼。
これは罠ではないか、と。
「なんだ。ヨハンの客か」
ザシャの低い声がして、三人目の男娼の名が明らかになった。
ヨハン。
珍しい名前ではないが、私の知り合いの中にはいない。
消去法的に私が買える条件を備えた男娼はレオン一人となった。
「レオン……!」
苦し紛れに私が呼ぶと、ヨハンは椅子の脇に跪き下から私を覗き込んだ。
心から心配し、驚愕と疑惑に揺れる碧い瞳。これが演技であるならば、男娼とは実に凄まじい集団であると恐れなければならない。
「いけません。彼は」
私の買ったことになっている男娼こそが、このヨハンなのだろうか。
私の計画は失敗したのか。
これも全てソフィア王女の策略の内だったというのか。
「……っ」
敗北の予感に、私は限界を迎えた。
込み上げる涙で視界が揺らぐ。
私は唇を噛んだ。
カップを持っていられなくなり、拳をテーブルに押し付ける。
その時、レオンが足早に歩み寄ったかと思うとヨハンの手首を掴んだ。
「触るなよ」
怒気を含んだ声だった。
その間にも新たに登場した硝子細工のような繊細な美しさを誇る男娼が早足で私と距離を詰めた。
後ずさる暇も、余裕もなかった。
名を知らない三人目の男娼が私の肩に触れ、くるりと向きを反転させる。
これも抗う余裕がなかった。
甘い香りもさることながら、異様な緊張感で吐気を催した。
そんな私に、こんな言葉がかけられる。
「此処はあなたが来るような場所ではありませんよ」
咎めるというより、焦りと心配の篭った素早い叱責だった。
「……」
私は言葉を失い、ひりつく舌と嘔吐く喉を戒める気持ちで大きく息を吸った。
もう、肩に手が触れていることなど些末な問題である。
囁くために屈みこみ越せられた白い頬に向かって、私も早口で問いを返した。
「私をご存知?」
「知っていますよ」
即答だった。
眩暈を覚えた私を必然的に三人目の男娼が支える形になり、再び元の椅子に座らさせる。正直ありがたかった。
視界がチカチカする。
失神しかけているらしいと悟り、それだけは避けなければと必死で精神を集中させる。
ここは曲りなりにも男娼の館だ。
意識を失い、再び目覚めた私が、眠っていた間に何をされたかなど考えたくもない。
「あの、お茶をお持ちしました」
若干躊躇いがちな声がした。
恐らくお茶の用意が整い、使用人枠のお仕着せの男が給仕に現れたのだろう。
失神しかけている客に男娼が勢ぞろいとなれば、このままお茶を出していいものかと悩むのも当然だ。併し私は求めていた。
男娼の館という場所柄お茶に何やら冒涜的な成分が含まれているとしてもおかしくはなかったが、お茶を飲みたかった。
私はテーブルに突っ伏し、三人目の男娼に背を撫でられながらも、驚くほど重たい自らの手を声の方に伸ばし欲求を伝えた。
「大丈夫?飲みやすい温度だから、安心して」
「……」
次に考えなければならないのは、この親切な三人目の名前も知らない男娼と私の隠された関りを把握する方法である。
爽やかなレモンが香るハーブティーは気分をすっきりさせてくれた。
視界も徐々に普段通りの鮮明さを取り戻していく。
なんとか持ち直した頃には、怪訝な表情のレオンとザシャが並んで立ち私を観察していた。激しい気まずさに一旦は額を抑え俯いたが、そんな私を三人目の男娼が甲斐甲斐しく労わってくれる。
「ありがとう」
つい、感謝してしまった。
口を突いた自分の発言を他人事のように聞いてから、残酷な仮説が脳裏を過る。
私とさも関係があるように装う男娼。
これは罠ではないか、と。
「なんだ。ヨハンの客か」
ザシャの低い声がして、三人目の男娼の名が明らかになった。
ヨハン。
珍しい名前ではないが、私の知り合いの中にはいない。
消去法的に私が買える条件を備えた男娼はレオン一人となった。
「レオン……!」
苦し紛れに私が呼ぶと、ヨハンは椅子の脇に跪き下から私を覗き込んだ。
心から心配し、驚愕と疑惑に揺れる碧い瞳。これが演技であるならば、男娼とは実に凄まじい集団であると恐れなければならない。
「いけません。彼は」
私の買ったことになっている男娼こそが、このヨハンなのだろうか。
私の計画は失敗したのか。
これも全てソフィア王女の策略の内だったというのか。
「……っ」
敗北の予感に、私は限界を迎えた。
込み上げる涙で視界が揺らぐ。
私は唇を噛んだ。
カップを持っていられなくなり、拳をテーブルに押し付ける。
その時、レオンが足早に歩み寄ったかと思うとヨハンの手首を掴んだ。
「触るなよ」
怒気を含んだ声だった。
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