王女様、それは酷すぎませんか?

希猫 ゆうみ

文字の大きさ
上 下
11 / 79

11

しおりを挟む
未知の領域であるはずの男娼の館に乗り込んだにも関わらず、私を知るらしい人物の登場に胃の辺りがしくりと痛んだ。思わず手を当てて息を整える。

その間にも新たに登場した硝子細工のような繊細な美しさを誇る男娼が早足で私と距離を詰めた。
後ずさる暇も、余裕もなかった。

名を知らない三人目の男娼が私の肩に触れ、くるりと向きを反転させる。
これも抗う余裕がなかった。

甘い香りもさることながら、異様な緊張感で吐気を催した。

そんな私に、こんな言葉がかけられる。

「此処はあなたが来るような場所ではありませんよ」

咎めるというより、焦りと心配の篭った素早い叱責だった。

「……」

私は言葉を失い、ひりつく舌と嘔吐く喉を戒める気持ちで大きく息を吸った。
もう、肩に手が触れていることなど些末な問題である。

囁くために屈みこみ越せられた白い頬に向かって、私も早口で問いを返した。

「私をご存知?」
「知っていますよ」

即答だった。

眩暈を覚えた私を必然的に三人目の男娼が支える形になり、再び元の椅子に座らさせる。正直ありがたかった。

視界がチカチカする。
失神しかけているらしいと悟り、それだけは避けなければと必死で精神を集中させる。

ここは曲りなりにも男娼の館だ。
意識を失い、再び目覚めた私が、眠っていた間に何をされたかなど考えたくもない。

「あの、お茶をお持ちしました」

若干躊躇いがちな声がした。
恐らくお茶の用意が整い、使用人枠のお仕着せの男が給仕に現れたのだろう。

失神しかけている客に男娼が勢ぞろいとなれば、このままお茶を出していいものかと悩むのも当然だ。併し私は求めていた。
男娼の館という場所柄お茶に何やら冒涜的な成分が含まれているとしてもおかしくはなかったが、お茶を飲みたかった。

私はテーブルに突っ伏し、三人目の男娼に背を撫でられながらも、驚くほど重たい自らの手を声の方に伸ばし欲求を伝えた。

「大丈夫?飲みやすい温度だから、安心して」
「……」

次に考えなければならないのは、この親切な三人目の名前も知らない男娼と私の隠された関りを把握する方法である。

爽やかなレモンが香るハーブティーは気分をすっきりさせてくれた。
視界も徐々に普段通りの鮮明さを取り戻していく。

なんとか持ち直した頃には、怪訝な表情のレオンとザシャが並んで立ち私を観察していた。激しい気まずさに一旦は額を抑え俯いたが、そんな私を三人目の男娼が甲斐甲斐しく労わってくれる。

「ありがとう」

つい、感謝してしまった。
口を突いた自分の発言を他人事のように聞いてから、残酷な仮説が脳裏を過る。

私とさも関係があるように装う男娼。
これは罠ではないか、と。

「なんだ。ヨハンの客か」

ザシャの低い声がして、三人目の男娼の名が明らかになった。

ヨハン。
珍しい名前ではないが、私の知り合いの中にはいない。

消去法的に私が買える条件を備えた男娼はレオン一人となった。

「レオン……!」

苦し紛れに私が呼ぶと、ヨハンは椅子の脇に跪き下から私を覗き込んだ。
心から心配し、驚愕と疑惑に揺れる碧い瞳。これが演技であるならば、男娼とは実に凄まじい集団であると恐れなければならない。

「いけません。彼は」

私の買ったことになっている男娼こそが、このヨハンなのだろうか。
私の計画は失敗したのか。

これも全てソフィア王女の策略の内だったというのか。

「……っ」

敗北の予感に、私は限界を迎えた。

込み上げる涙で視界が揺らぐ。
私は唇を噛んだ。

カップを持っていられなくなり、拳をテーブルに押し付ける。

その時、レオンが足早に歩み寄ったかと思うとヨハンの手首を掴んだ。

「触るなよ」

怒気を含んだ声だった。
しおりを挟む
感想 36

あなたにおすすめの小説

「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた

菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…? ※他サイトでも掲載中しております。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

貴妃エレーナ

無味無臭(不定期更新)
恋愛
「君は、私のことを恨んでいるか?」 後宮で暮らして数十年の月日が流れたある日のこと。国王ローレンスから突然そう聞かれた貴妃エレーナは戸惑ったように答えた。 「急に、どうされたのですか?」 「…分かるだろう、はぐらかさないでくれ。」 「恨んでなどいませんよ。あれは遠い昔のことですから。」 そう言われて、私は今まで蓋をしていた記憶を辿った。 どうやら彼は、若かりし頃に私とあの人の仲を引き裂いてしまったことを今も悔やんでいるらしい。 けれど、もう安心してほしい。 私は既に、今世ではあの人と縁がなかったんだと諦めている。 だから… 「陛下…!大変です、内乱が…」 え…? ーーーーーーーーーーーーー ここは、どこ? さっきまで内乱が… 「エレーナ?」 陛下…? でも若いわ。 バッと自分の顔を触る。 するとそこにはハリもあってモチモチとした、まるで若い頃の私の肌があった。 懐かしい空間と若い肌…まさか私、昔の時代に戻ったの?!

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり(苦手な方はご注意下さい)。ハピエン🩷 ※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(2024.11.21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲

幼馴染の親友のために婚約破棄になりました。裏切り者同士お幸せに

hikari
恋愛
侯爵令嬢アントニーナは王太子ジョルジョ7世に婚約破棄される。王太子の新しい婚約相手はなんと幼馴染の親友だった公爵令嬢のマルタだった。 二人は幼い時から王立学校で仲良しだった。アントニーナがいじめられていた時は身を張って守ってくれた。しかし、そんな友情にある日亀裂が入る。

森に捨てられた令嬢、本当の幸せを見つけました。

玖保ひかる
恋愛
[完結] 北の大国ナバランドの貴族、ヴァンダーウォール伯爵家の令嬢アリステルは、継母に冷遇され一人別棟で生活していた。 ある日、継母から仲直りをしたいとお茶会に誘われ、勧められたお茶を口にしたところ意識を失ってしまう。 アリステルが目を覚ましたのは、魔の森と人々が恐れる深い森の中。 森に捨てられてしまったのだ。 南の隣国を目指して歩き出したアリステル。腕利きの冒険者レオンと出会い、新天地での新しい人生を始めるのだが…。 苦難を乗り越えて、愛する人と本当の幸せを見つける物語。 ※小説家になろうで公開した作品を改編した物です。 ※完結しました。

私を運命の相手とプロポーズしておきながら、可哀そうな幼馴染の方が大切なのですね! 幼馴染と幸せにお過ごしください

迷い人
恋愛
王国の特殊爵位『フラワーズ』を頂いたその日。 アシャール王国でも美貌と名高いディディエ・オラール様から婚姻の申し込みを受けた。 断るに断れない状況での婚姻の申し込み。 仕事の邪魔はしないと言う約束のもと、私はその婚姻の申し出を承諾する。 優しい人。 貞節と名高い人。 一目惚れだと、運命の相手だと、彼は言った。 細やかな気遣いと、距離を保った愛情表現。 私も愛しております。 そう告げようとした日、彼は私にこうつげたのです。 「子を事故で亡くした幼馴染が、心をすり減らして戻ってきたんだ。 私はしばらく彼女についていてあげたい」 そう言って私の物を、つぎつぎ幼馴染に与えていく。 優しかったアナタは幻ですか? どうぞ、幼馴染とお幸せに、請求書はそちらに回しておきます。

第一王子は私(醜女姫)と婚姻解消したいらしい

麻竹
恋愛
第一王子は病に倒れた父王の命令で、隣国の第一王女と結婚させられることになっていた。 しかし第一王子には、幼馴染で将来を誓い合った恋人である侯爵令嬢がいた。 しかし父親である国王は、王子に「侯爵令嬢と、どうしても結婚したければ側妃にしろ」と突っぱねられてしまう。 第一王子は渋々この婚姻を承諾するのだが……しかし隣国から来た王女は、そんな王子の決断を後悔させるほどの人物だった。

処理中です...