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「さすがは私の可愛い猛獣ハリエット!もう惚れ直すのが追いつかないくらいに私の心は愛が膨らみ続けてそのうち空でも飛びそうだよ!」
髭面の義弟が充分すぎる程に舞い上がっている。
ハリエットがウィンデイト伯爵邸にいるのは数年ぶりな為、髭面の義弟から外套を受け取る執事シャットルワースも完全に舞い上がった顔をしていた。
皆、幸せそうで何よりだ。
私も妹夫婦が訪ねてきてくれて心の底から嬉しい。
しかし迷惑をかけてしまった。私があの男の求婚を受けさえしなければ、これほど厄介で不快な事態には陥らなかったはずである。
そして妹夫婦や叔母夫婦との交流を続ける中で遅かれ早かれマテウスとも出会ったはず。
私は後悔というものを知った。
覆せない愚かな過去に私は苦悩するだろう。しかし逃げずに対峙することで多くを学べるはずだと私は信じている。
「幸せそうでよかったわ。不愉快な思いをさせてしまって……」
「あの男が不愉快なのは事実だけれどカイラが謝ることは何一つとしてないから今後はそれ絶対にやめて?」
「わかったわ」
ハリエットは母に似て爆発するのが得意だから、おいそれと怒らせてはいけない。
「それにしてもあの男は本当に天才なの?私、馬鹿としか思えないけれど」
「ええ。今となっては何を研究しているのか心底謎だわ」
「婚約する時に聞かなかった?」
「言ってもわからないと言われたの」
「ああ。あの男の中で全てが完結しているものね」
姉妹で会話しながら居間に移る。
「ホレーショの言う通り相手にする価値もない馬鹿よ。目障りなのは仕方ないけれど放っておきましょう。誰も相手にしないわ」
「そうね」
「それよりペベレル伯爵令息とはその後どうなの?聞かせてよ」
かつて定位置だったソファーに座り燥ぐハリエットの笑顔に勇気付けられ、私も過去の扉を閉め薔薇色のカーテンを開ける。
「実はね……」
「ええ」
どうしても頬が緩んでしまう。
胸の奥がぽっと温まり、どこか気恥ずかしさも覚えながら私は惚気た。
「私が帰るより早く届くように贈り物を手配してくれていて」
「ええ!」
「素敵な帽子とブローチにカードが添えられていたの」
「ええ!!」
「『早く会いたい』って」
「!!」
ハリエットが拳を叩く掲げる。
「だから『私もよ。早く治してね』とお礼の手紙に書き添えた」
「マテウス卿はいい男だが恋愛の話を聞くのはなんだか痒いなぁ」
髭面の義弟が髭を掻いた。
「あなたには結婚式までお預け。チェスでもしてて」
結婚したばかりのハリエットがさも私とマテウスも結婚を前提にしているかのような口ぶりであろうと不思議ではないが、私もそれを望んでいる。
「一人で?」
「シャットルワースがいるでしょう?彼、強いわよ。呆け防止にもなるから、ほら、行って行って」
何故ハリエットが急き立てているの私にはかわかっていた。
ハリエットもまた、新婚旅行の話を私に聞かせたいのだ。
人のいい髭面の義弟は温厚な笑みを浮かべてシャットルワースを探しに行った。今、お茶の用意をしているはずだ。
「それで?新婚旅行はどうだった?」
私が尋ねるとハリエットは溌溂とした笑顔できゅっと目を閉じて震えた。そして叫んだ。
「もう最高よ!」
ハリエットの夫、つまり今し方追い払われた髭面の義弟の耳にも充分に届く歓喜の叫びだった。
妹は幸せ真っ盛り。
嬉しくなり、私は黙ってハリエットのお喋りに耳を傾ける。
そんな楽しい時間を過ごしているとあっと言う間に日が暮れた。母か父が帰宅したのか、それとも予期せぬ来客か、不意に廊下が騒がしくなる。
「?」
姉妹揃って戸口を見遣った。
話に夢中で外の様子など全く知らない。
けれど降るべき災難があるとすればそれは元婚約者と呼ぶのも腹立たしいブライトマン伯爵令息アーノルドの出現以外、健康な両親の予期せぬ関節痛くらいしかない。あとマテウスの腰痛の悪化。
「あいつかしら」
「いつも来るのよ。突然。それで怒鳴るの」
「碌でもないわね」
ハリエットが私の手をぽんと叩いた。
任せろとでもいうように……恐らくは武力行使的な意味で。
ところがハリエットより一足早く災難に武力行使していたのは母だった。買い物帰りで着飾った母が暴れるアーノルドの耳を掴んで居間に引きずり込んだ。
「ほら見なさい!私の可愛い娘たちよ!!」
可愛い私たちが呆気にとられたのは言うまでもない。
髭面の義弟が充分すぎる程に舞い上がっている。
ハリエットがウィンデイト伯爵邸にいるのは数年ぶりな為、髭面の義弟から外套を受け取る執事シャットルワースも完全に舞い上がった顔をしていた。
皆、幸せそうで何よりだ。
私も妹夫婦が訪ねてきてくれて心の底から嬉しい。
しかし迷惑をかけてしまった。私があの男の求婚を受けさえしなければ、これほど厄介で不快な事態には陥らなかったはずである。
そして妹夫婦や叔母夫婦との交流を続ける中で遅かれ早かれマテウスとも出会ったはず。
私は後悔というものを知った。
覆せない愚かな過去に私は苦悩するだろう。しかし逃げずに対峙することで多くを学べるはずだと私は信じている。
「幸せそうでよかったわ。不愉快な思いをさせてしまって……」
「あの男が不愉快なのは事実だけれどカイラが謝ることは何一つとしてないから今後はそれ絶対にやめて?」
「わかったわ」
ハリエットは母に似て爆発するのが得意だから、おいそれと怒らせてはいけない。
「それにしてもあの男は本当に天才なの?私、馬鹿としか思えないけれど」
「ええ。今となっては何を研究しているのか心底謎だわ」
「婚約する時に聞かなかった?」
「言ってもわからないと言われたの」
「ああ。あの男の中で全てが完結しているものね」
姉妹で会話しながら居間に移る。
「ホレーショの言う通り相手にする価値もない馬鹿よ。目障りなのは仕方ないけれど放っておきましょう。誰も相手にしないわ」
「そうね」
「それよりペベレル伯爵令息とはその後どうなの?聞かせてよ」
かつて定位置だったソファーに座り燥ぐハリエットの笑顔に勇気付けられ、私も過去の扉を閉め薔薇色のカーテンを開ける。
「実はね……」
「ええ」
どうしても頬が緩んでしまう。
胸の奥がぽっと温まり、どこか気恥ずかしさも覚えながら私は惚気た。
「私が帰るより早く届くように贈り物を手配してくれていて」
「ええ!」
「素敵な帽子とブローチにカードが添えられていたの」
「ええ!!」
「『早く会いたい』って」
「!!」
ハリエットが拳を叩く掲げる。
「だから『私もよ。早く治してね』とお礼の手紙に書き添えた」
「マテウス卿はいい男だが恋愛の話を聞くのはなんだか痒いなぁ」
髭面の義弟が髭を掻いた。
「あなたには結婚式までお預け。チェスでもしてて」
結婚したばかりのハリエットがさも私とマテウスも結婚を前提にしているかのような口ぶりであろうと不思議ではないが、私もそれを望んでいる。
「一人で?」
「シャットルワースがいるでしょう?彼、強いわよ。呆け防止にもなるから、ほら、行って行って」
何故ハリエットが急き立てているの私にはかわかっていた。
ハリエットもまた、新婚旅行の話を私に聞かせたいのだ。
人のいい髭面の義弟は温厚な笑みを浮かべてシャットルワースを探しに行った。今、お茶の用意をしているはずだ。
「それで?新婚旅行はどうだった?」
私が尋ねるとハリエットは溌溂とした笑顔できゅっと目を閉じて震えた。そして叫んだ。
「もう最高よ!」
ハリエットの夫、つまり今し方追い払われた髭面の義弟の耳にも充分に届く歓喜の叫びだった。
妹は幸せ真っ盛り。
嬉しくなり、私は黙ってハリエットのお喋りに耳を傾ける。
そんな楽しい時間を過ごしているとあっと言う間に日が暮れた。母か父が帰宅したのか、それとも予期せぬ来客か、不意に廊下が騒がしくなる。
「?」
姉妹揃って戸口を見遣った。
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「あいつかしら」
「いつも来るのよ。突然。それで怒鳴るの」
「碌でもないわね」
ハリエットが私の手をぽんと叩いた。
任せろとでもいうように……恐らくは武力行使的な意味で。
ところがハリエットより一足早く災難に武力行使していたのは母だった。買い物帰りで着飾った母が暴れるアーノルドの耳を掴んで居間に引きずり込んだ。
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