元婚約者様の勘違い

希猫 ゆうみ

文字の大きさ
上 下
14 / 27

14(ホレーショ)

しおりを挟む
どうすればここまで道理のわからない人間に育つのか甚だ謎が深まるばかりである。

妻となった最愛の女性ハリエットが、美しい横顔のこめかみに青筋を立て湧き上がる憤怒によって微かに震えながら頷いた。

王立研究所などという立派な砦に隠れてはいるが取るに足らない馬鹿だ。まともにやり合う価値もない。

カイラに対する婚約破棄をきっかけに化けの皮が高速で何枚も何枚も剥がれ続けているブライトマン伯爵令息アーノルドはこのまま放置しておけば自滅するだろう。

私たちは新婚ホヤホヤなのだ。
構うのではなかった。

夫婦で席を立った瞬間、ブライトマン伯爵令息アーノルドが叫んだ。

「わかったぞ!全て君が仕組んだ茶番だったんだな!カイラ!!」

まるで時が止まったようだった。

「──────は?」

興奮した様子で目を煌めかせるブライトマン伯爵令息を凝然と見つめハリエットが短く心の声を洩す。
すかさずアーノルドに詰め寄られ、私は妻を引き寄せて庇った。

「やはり双子というのは嘘なんだ!不貞を隠す為に親戚一同巻き込んでの大嘘をこいたというわけだ!そうだろう!?」
「……え、馬鹿?」

ハリエットの怒りは一線を越え、完全な呆れの境地に達したようだ。
ブライトマン伯爵令息は尚も持論を展開する。

「よく口裏を合わせたものだと感心するよ!一族揃って碌でもない連中だな!僕に婚約を破棄されて仕方なく結婚したものの、こんな初老の夫じゃ満足できず、それで僕を求めて遥々やって来たんだろ!そして僕に新婚の様子を見せつけて気を引こうとしたんだな!その手には乗るか!馬鹿め!!」

確かに私は老け顔だがこの大馬鹿に揶揄されるのは不愉快だ。

「あなた、正気?」

ハリエットがまたもや心の声を洩らした。
本気で心配して問いかけたわけではないのは自分でもよく理解しているはずだ。

「ハリエット、行こう」
「まだ芝居を続けるか!」

ブライトマン伯爵令息がぎらついた笑顔を私に向けた。更には人差し指を肩の辺りに突き立てられ、さすがに闘争本能を刺激される。

「やっとのことで捕まえた若い女に捨てられるのが恐いんだろう!だが安心しろ。僕は双子などという低俗な嘘をつくような女に興味はない!貴様の汚した女なら尚更な!せいぜい落ちぶれた者同士、老いぼれるまで身を寄せ合って仲良く暮らしてくれ賜え!」
「別れて正解よ。おめでとう、カイラ……!」

ハリエットが私の腕の中という安全な場所で双子の姉への祝福を祈り始めた。

「実に滑稽だ!下らない!結局は下劣な浮気だった!僕の思った通りだ!はいはい、お疲れ。不貞を正当化しようと双子だなんて……はぁ、可笑しい!」

目尻が濡れる程に愉快爽快笑っているブライトマン伯爵令息に一種の狂気さえ感じるが、それは相手を高く見積もり過ぎというものだろう。この男は馬鹿だ。

仮に敬愛すべき義姉カイラの新たな相手が騎士の称号を賜ったペベレル伯爵令息ではなかったとしても、充分すぎる程この男の愚行は知れ渡っており、当然、国王の耳にも届いているはずだ。

王国の研究者は何もブライトマン伯爵親子だけではない。
処遇は宮廷の裁きに任せておけばいい。

私は幸せな新婚生活の本来あるべき姿に戻りたいと切実に願っている。今この瞬間、正に。

「君が人間の基準に達していようと手垢のついた愚かな大嘘つきであることに変わりはないんだ。僕は君を愛さない。君には何の魅力も価値もない。僕は君と復縁しない。わかったらさっさと帰ってくれ。僕は研究に忙しいんだ。君に構っている暇はない。例え君が僕のことを一生忘れられず泣き暮らしていようとな!」

不愉快が過ぎてうっかり決闘を申し込みそうになった瞬間、ハリエットが乾いた笑いを洩らしながら素晴らしい真実を告げた。

「大丈夫よ。誰もあなたを愛さない」

爽快だった。
しおりを挟む
感想 26

あなたにおすすめの小説

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

婚約破棄にはなりました。が、それはあなたの「ため」じゃなく、あなたの「せい」です。

百谷シカ
恋愛
「君がふしだらなせいだろう。当然、この婚約は破棄させてもらう」 私はシェルヴェン伯爵令嬢ルート・ユングクヴィスト。 この通りリンドホルム伯爵エドガー・メシュヴィツに婚約破棄された。 でも、決して私はふしだらなんかじゃない。 濡れ衣だ。 私はある人物につきまとわれている。 イスフェルト侯爵令息フィリップ・ビルト。 彼は私に一方的な好意を寄せ、この半年、あらゆる接触をしてきた。 「君と出会い、恋に落ちた。これは運命だ! 君もそう思うよね?」 「おやめください。私には婚約者がいます……!」 「関係ない! その男じゃなく、僕こそが君の愛すべき人だよ!」 愛していると、彼は言う。 これは運命なんだと、彼は言う。 そして運命は、私の未来を破壊した。 「さあ! 今こそ結婚しよう!!」 「いや……っ!!」 誰も助けてくれない。 父と兄はフィリップ卿から逃れるため、私を修道院に入れると決めた。 そんなある日。 思いがけない求婚が舞い込んでくる。 「便宜上の結婚だ。私の妻となれば、奴も手出しできないだろう」 ランデル公爵ゴトフリート閣下。 彼は愛情も跡継ぎも求めず、ただ人助けのために私を妻にした。 これは形だけの結婚に、ゆっくりと愛が育まれていく物語。

婚約して三日で白紙撤回されました。

Mayoi
恋愛
貴族家の子女は親が決めた相手と婚約するのが当然だった。 それが貴族社会の風習なのだから。 そして望まない婚約から三日目。 先方から婚約を白紙撤回すると連絡があったのだ。

幼馴染み同士で婚約した私達は、何があっても結婚すると思っていた。

喜楽直人
恋愛
領地が隣の田舎貴族同士で爵位も釣り合うからと親が決めた婚約者レオン。 学園を卒業したら幼馴染みでもある彼と結婚するのだとローラは素直に受け入れていた。 しかし、ふたりで王都の学園に通うようになったある日、『王都に居られるのは学生の間だけだ。その間だけでも、お互い自由に、世界を広げておくべきだと思う』と距離を置かれてしまう。 挙句、学園内のパーティの席で、彼の隣にはローラではない令嬢が立ち、エスコートをする始末。 パーティの度に次々とエスコートする令嬢を替え、浮名を流すようになっていく婚約者に、ローラはひとり胸を痛める。 そうしてついに恐れていた事態が起きた。 レオンは、いつも同じ令嬢を連れて歩くようになったのだ。

【完結】他人に優しい婚約者ですが、私だけ例外のようです

白草まる
恋愛
婚約者を放置してでも他人に優しく振る舞うダニーロ。 それを不満に思いつつも簡単には婚約関係を解消できず諦めかけていたマルレーネ。 二人が参加したパーティーで見知らぬ令嬢がマルレーネへと声をかけてきた。 「単刀直入に言います。ダニーロ様と別れてください」

恋愛に興味がない私は王子に愛人を充てがう。そんな彼は、私に本当の愛を知るべきだと言って婚約破棄を告げてきた

キョウキョウ
恋愛
恋愛が面倒だった。自分よりも、恋愛したいと求める女性を身代わりとして王子の相手に充てがった。 彼は、恋愛上手でモテる人間だと勘違いしたようだった。愛に溺れていた。 そんな彼から婚約破棄を告げられる。 決定事項のようなタイミングで、私に拒否権はないようだ。 仕方がないから、私は面倒の少ない別の相手を探すことにした。

姉が私の婚約者と仲良くしていて、婚約者の方にまでお邪魔虫のようにされていましたが、全員が勘違いしていたようです

珠宮さくら
恋愛
オーガスタ・プレストンは、婚約者している子息が自分の姉とばかり仲良くしているのにイライラしていた。 だが、それはお互い様となっていて、婚約者も、姉も、それぞれがイライラしていたり、邪魔だと思っていた。 そこにとんでもない勘違いが起こっているとは思いもしなかった。

【完結】冷遇・婚約破棄の上、物扱いで軍人に下賜されたと思ったら、幼馴染に溺愛される生活になりました。

えんとっぷ
恋愛
【恋愛151位!(5/20確認時点)】 アルフレッド王子と婚約してからの間ずっと、冷遇に耐えてきたというのに。 愛人が複数いることも、罵倒されることも、アルフレッド王子がすべき政務をやらされていることも。 何年間も耐えてきたのに__ 「お前のような器量の悪い女が王家に嫁ぐなんて国家の恥も良いところだ。婚約破棄し、この娘と結婚することとする」 アルフレッド王子は新しい愛人の女の腰を寄せ、婚約破棄を告げる。 愛人はアルフレッド王子にしなだれかかって、得意げな顔をしている。

処理中です...