元婚約者様の勘違い

希猫 ゆうみ

文字の大きさ
上 下
13 / 27

13(アーノルド)

しおりを挟む
「何を謝れと?愚行を重ね生き恥を晒しているのは向こうですよ父上。誉れ高い王立研究所にまで乗り込んでくるとは野蛮極まりないじゃありませんか。このまま逮捕していっそ監獄にぶち込んでもらいましょう」
「あまり事を荒立てないでくれ。潤沢な研究資金を確保する為には何一つ問題が起きてはならんのだ」
「問題を起こしているのは僕ではありません!」
「わかっている。だが上手く立ち回り研究所を守るのは自衛という義務なんだ。お前ならできるはずだ」
「……」

納得できないことだらけだが、父の持論にも一理ある。
節操の無い野蛮人にいくら道理を説こうと無駄だとわからない僕ではない。寧ろ僕と同じ水準で思考できないからこそ愚行に愚行を重ねている奴らだ。

「わかりました」
「わかってくれたか。よかった」
「手早く済ませます。一分一秒無駄にできませんからね」
「ああ。上辺だけでいいんだ。形だけ謝れば」
「はぁ」

全く承服しかねる由々しき事態だ。
何故この僕が人間未満の出来損ないに謝罪しなければならないのか。
父は金で黙らせる方法を取ったが僕は納得していない。こんな馬鹿な話は筋が通らない。

「よし。はっきり言ってやる」

僕は決意も新たに浅ましい下衆なホッブス伯爵夫妻の待つ応接室に向かった。
本来は価値ある賓客と意義ある歓談をする為の応接室だというのに、ホッブス伯爵夫妻に僕の研究所を穢された気分だ。

「ぅ……」

その顔を見ると吐気がした。
僕の元婚約者ウィンデイト伯爵令嬢カイラとそっくりそのまま同じ顔で、服装だけが違う女がいる。それは僕を睨み、野蛮な攻撃性を隠そうともしない。
隣の髭面は論外だ。人間以下の者と結婚する低能に用はない。僕はこの足であの淫らな温泉別荘地の土を踏んでしまった事実を心底後悔していた。

「話はなんだ」

顔を見ると益々謝罪したくなくなった。
この場で跪かせ靴を舐めさせその頭を踏みつけたいくらいだ。

「うぅーん……戦争かな」

髭面の男が面白くもない冗談を零し薄笑いを浮かべている。

「僕は忙しいんだ。話があるならさっさと──」
「よくも私を侮辱してくれたわね」

人間以下の女が口を開いた。
僕の認め難い過去の一つ、未完成な生き物と婚約してしまっていた過去を力強く掘り返すそっくりな声に、腹の底がぞわりと怖気だつ。

「関わったことを後悔している」
「普通、求婚する前に気づくと思うけど」

カイラ以上に生意気な口を利くこの女を今すぐ抹殺したいが、さすがにそうもいかないだろう。

「貴様のせいで大恥をかいた。もう二度と目の前に現れないでくれ」
「……なるほどね」
「君だって言葉くらいは理解しているんだろう?簡単なことだ。僕たちはもう何ら関係のない関係だ。付き纏うな」

鬱陶しい髭面のホッブス伯爵がカイラそっくりな女の肩に馴れ馴れしく手を置いて小声で何か言った。それが癪に障り僕は叫んだ。

「おい!」

女がホッブス伯爵に頷き返し席を立つ。
僕に見せつけるような密談を目の当たりにし気づいた。

「!」

全ての謎が解けた!!
いつもながら素晴らしい快感が僕を貫いた。
しおりを挟む
感想 26

あなたにおすすめの小説

婚約破棄にはなりました。が、それはあなたの「ため」じゃなく、あなたの「せい」です。

百谷シカ
恋愛
「君がふしだらなせいだろう。当然、この婚約は破棄させてもらう」 私はシェルヴェン伯爵令嬢ルート・ユングクヴィスト。 この通りリンドホルム伯爵エドガー・メシュヴィツに婚約破棄された。 でも、決して私はふしだらなんかじゃない。 濡れ衣だ。 私はある人物につきまとわれている。 イスフェルト侯爵令息フィリップ・ビルト。 彼は私に一方的な好意を寄せ、この半年、あらゆる接触をしてきた。 「君と出会い、恋に落ちた。これは運命だ! 君もそう思うよね?」 「おやめください。私には婚約者がいます……!」 「関係ない! その男じゃなく、僕こそが君の愛すべき人だよ!」 愛していると、彼は言う。 これは運命なんだと、彼は言う。 そして運命は、私の未来を破壊した。 「さあ! 今こそ結婚しよう!!」 「いや……っ!!」 誰も助けてくれない。 父と兄はフィリップ卿から逃れるため、私を修道院に入れると決めた。 そんなある日。 思いがけない求婚が舞い込んでくる。 「便宜上の結婚だ。私の妻となれば、奴も手出しできないだろう」 ランデル公爵ゴトフリート閣下。 彼は愛情も跡継ぎも求めず、ただ人助けのために私を妻にした。 これは形だけの結婚に、ゆっくりと愛が育まれていく物語。

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

幼馴染み同士で婚約した私達は、何があっても結婚すると思っていた。

喜楽直人
恋愛
領地が隣の田舎貴族同士で爵位も釣り合うからと親が決めた婚約者レオン。 学園を卒業したら幼馴染みでもある彼と結婚するのだとローラは素直に受け入れていた。 しかし、ふたりで王都の学園に通うようになったある日、『王都に居られるのは学生の間だけだ。その間だけでも、お互い自由に、世界を広げておくべきだと思う』と距離を置かれてしまう。 挙句、学園内のパーティの席で、彼の隣にはローラではない令嬢が立ち、エスコートをする始末。 パーティの度に次々とエスコートする令嬢を替え、浮名を流すようになっていく婚約者に、ローラはひとり胸を痛める。 そうしてついに恐れていた事態が起きた。 レオンは、いつも同じ令嬢を連れて歩くようになったのだ。

恋愛に興味がない私は王子に愛人を充てがう。そんな彼は、私に本当の愛を知るべきだと言って婚約破棄を告げてきた

キョウキョウ
恋愛
恋愛が面倒だった。自分よりも、恋愛したいと求める女性を身代わりとして王子の相手に充てがった。 彼は、恋愛上手でモテる人間だと勘違いしたようだった。愛に溺れていた。 そんな彼から婚約破棄を告げられる。 決定事項のようなタイミングで、私に拒否権はないようだ。 仕方がないから、私は面倒の少ない別の相手を探すことにした。

姉が私の婚約者と仲良くしていて、婚約者の方にまでお邪魔虫のようにされていましたが、全員が勘違いしていたようです

珠宮さくら
恋愛
オーガスタ・プレストンは、婚約者している子息が自分の姉とばかり仲良くしているのにイライラしていた。 だが、それはお互い様となっていて、婚約者も、姉も、それぞれがイライラしていたり、邪魔だと思っていた。 そこにとんでもない勘違いが起こっているとは思いもしなかった。

婚約して三日で白紙撤回されました。

Mayoi
恋愛
貴族家の子女は親が決めた相手と婚約するのが当然だった。 それが貴族社会の風習なのだから。 そして望まない婚約から三日目。 先方から婚約を白紙撤回すると連絡があったのだ。

【完結・全10話】偽物の愛だったようですね。そうですか、婚約者様?婚約破棄ですね、勝手になさい。

BBやっこ
恋愛
アンネ、君と別れたい。そういっぱしに別れ話を持ち出した私の婚約者、7歳。 ひとつ年上の私が我慢することも多かった。それも、両親同士が仲良かったためで。 けして、この子が好きとかでは断じて無い。だって、この子バカな男になる気がする。その片鱗がもう出ている。なんでコレが婚約者なのか両親に問いただしたいことが何回あったか。 まあ、両親の友達の子だからで続いた関係が、やっと終わるらしい。

【完結】他人に優しい婚約者ですが、私だけ例外のようです

白草まる
恋愛
婚約者を放置してでも他人に優しく振る舞うダニーロ。 それを不満に思いつつも簡単には婚約関係を解消できず諦めかけていたマルレーネ。 二人が参加したパーティーで見知らぬ令嬢がマルレーネへと声をかけてきた。 「単刀直入に言います。ダニーロ様と別れてください」

処理中です...