元婚約者様の勘違い

希猫 ゆうみ

文字の大きさ
上 下
11 / 27

11(ブライトマン伯爵)

しおりを挟む
脱走した息子が数日ぶりにやっと姿を見せたかと安堵した矢先、衝撃的な事実を告げられる。
私は愕然とせざるを得なかった。

「お前はペベレル伯爵も知らないのか……!?」

それもそうだが現在の自身の圧倒的窮地をまるで理解していないことが私には信じられなかった。だから一番些細な驚きを言葉にしてこの問題を少しでも軽いものであるかのように錯覚したかったのだ。

失敗した。
私は息子を神童に仕立て上げ後継者として教育したつもりだったが、出来上がったのは自惚れが過ぎる阿保息子でしかない。

あの頃、王立研究所の立場はあくまで教会が保有する修道院研究所の補佐的なものでしかなかった。

現実的に再現性のある理論より神の奇跡ばかり口にして碌な研究も行えない狂信者共にどうしても勝利する必要があったのだ。

私は徹底的に結果を暗記させた上で5才になったばかりのアーノルドを実験に参加させ、天才的な神童の誕生を皆に信じ込ませた。教会は神の奇跡だと煩かったが、そんなものは起きていないことは私が誰よりもよく知っていた。馬鹿な狂信者共め。

さて、私の計画が見事に成功し、王国の未来を担う研究所として王立研究所は経費を五倍に増やし、その後八倍に膨らませ今に至るのだが……

アーノルドは自身を天才と思い込んだ他、取り立てて目立つ結果を出せていない。
客観性に欠ける独自理論を構築しふんぞり返る以外に何もできない高慢な馬鹿息子を表に出せず、結果的に研究所で軟禁するようにしてここまで育ててしまった。

結婚すると言い出した時は、これで少しは普通に……人間として普通寄りの感覚になってくれるかと期待したが、結果は相手を怒らせブライトマン伯爵家の地位を危うい低さまで貶めただけだった。私は泣いた。

今日もまた息子は意気揚々と自身の狂気的独自理論に酔っている。

「そんなくだらない事柄にかまけていられませんよ。僕には王国の未来が掛かっている。この王国を発展させるために、あの野蛮な騎士という制度は廃止すべきです。必要ありません」

体内のあちこちが軋むように痛い。胃に、胸に、肺に、頭……数えては悲しくなるばかりだ。

「お前、王国が有する領地名を把握しておくのは貴族の義務だぞ」
「そんなこと誰が決めたのです?聞いたことがありませんね」

大前提すぎて誰もわざわざ口に出したりしない。誰かに教える必要すらない。
しかし息子には貴族としての感性が欠如している。これは認め難い事実だが、私はこの苦難を数年前にやり過ごした己の判断を今になって酷く後悔している。

教育し直すには遅い。

それこそ神の奇跡で人間をそっくりそのまま造り変えるくらいのことをしなければどうにもならない。だが神など何処にいる?私は終ぞ対峙したことはない。

当然だ。存在していないものとは対峙できない。
神など、弱く無能な人間の空想に過ぎないのだ。

「僕は体制が古いと思います!騎士などと呼び野蛮人をさも価値ある人間かのように錯覚させのさばらせ、そいつらに貴族の安全を守らせるなど可笑しくて笑いが止まりませんよ。普通に暮らしていれば危険などないですから。貴族はその尊い存在だけで人生を保証されている。騎士など無駄です」
「アーノルド、お前……」

どこから手をつければいいか皆目見当がつかない。

この失敗作を二度と世に晒さない為に研究所で監禁し続けるとしても私も不老不死ではない。私が死ぬ時、事故に見せかけて殺すしかないだろうか。

秘密など隠し通せばいい。
だが私の亡き後、息子は確実にブライトマン伯爵家を滅亡させるだろう。

生かしてはおけない。
しおりを挟む
感想 26

あなたにおすすめの小説

婚約破棄にはなりました。が、それはあなたの「ため」じゃなく、あなたの「せい」です。

百谷シカ
恋愛
「君がふしだらなせいだろう。当然、この婚約は破棄させてもらう」 私はシェルヴェン伯爵令嬢ルート・ユングクヴィスト。 この通りリンドホルム伯爵エドガー・メシュヴィツに婚約破棄された。 でも、決して私はふしだらなんかじゃない。 濡れ衣だ。 私はある人物につきまとわれている。 イスフェルト侯爵令息フィリップ・ビルト。 彼は私に一方的な好意を寄せ、この半年、あらゆる接触をしてきた。 「君と出会い、恋に落ちた。これは運命だ! 君もそう思うよね?」 「おやめください。私には婚約者がいます……!」 「関係ない! その男じゃなく、僕こそが君の愛すべき人だよ!」 愛していると、彼は言う。 これは運命なんだと、彼は言う。 そして運命は、私の未来を破壊した。 「さあ! 今こそ結婚しよう!!」 「いや……っ!!」 誰も助けてくれない。 父と兄はフィリップ卿から逃れるため、私を修道院に入れると決めた。 そんなある日。 思いがけない求婚が舞い込んでくる。 「便宜上の結婚だ。私の妻となれば、奴も手出しできないだろう」 ランデル公爵ゴトフリート閣下。 彼は愛情も跡継ぎも求めず、ただ人助けのために私を妻にした。 これは形だけの結婚に、ゆっくりと愛が育まれていく物語。

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

婚約して三日で白紙撤回されました。

Mayoi
恋愛
貴族家の子女は親が決めた相手と婚約するのが当然だった。 それが貴族社会の風習なのだから。 そして望まない婚約から三日目。 先方から婚約を白紙撤回すると連絡があったのだ。

幼馴染み同士で婚約した私達は、何があっても結婚すると思っていた。

喜楽直人
恋愛
領地が隣の田舎貴族同士で爵位も釣り合うからと親が決めた婚約者レオン。 学園を卒業したら幼馴染みでもある彼と結婚するのだとローラは素直に受け入れていた。 しかし、ふたりで王都の学園に通うようになったある日、『王都に居られるのは学生の間だけだ。その間だけでも、お互い自由に、世界を広げておくべきだと思う』と距離を置かれてしまう。 挙句、学園内のパーティの席で、彼の隣にはローラではない令嬢が立ち、エスコートをする始末。 パーティの度に次々とエスコートする令嬢を替え、浮名を流すようになっていく婚約者に、ローラはひとり胸を痛める。 そうしてついに恐れていた事態が起きた。 レオンは、いつも同じ令嬢を連れて歩くようになったのだ。

恋愛に興味がない私は王子に愛人を充てがう。そんな彼は、私に本当の愛を知るべきだと言って婚約破棄を告げてきた

キョウキョウ
恋愛
恋愛が面倒だった。自分よりも、恋愛したいと求める女性を身代わりとして王子の相手に充てがった。 彼は、恋愛上手でモテる人間だと勘違いしたようだった。愛に溺れていた。 そんな彼から婚約破棄を告げられる。 決定事項のようなタイミングで、私に拒否権はないようだ。 仕方がないから、私は面倒の少ない別の相手を探すことにした。

【完結】他人に優しい婚約者ですが、私だけ例外のようです

白草まる
恋愛
婚約者を放置してでも他人に優しく振る舞うダニーロ。 それを不満に思いつつも簡単には婚約関係を解消できず諦めかけていたマルレーネ。 二人が参加したパーティーで見知らぬ令嬢がマルレーネへと声をかけてきた。 「単刀直入に言います。ダニーロ様と別れてください」

【完結】冷遇・婚約破棄の上、物扱いで軍人に下賜されたと思ったら、幼馴染に溺愛される生活になりました。

えんとっぷ
恋愛
【恋愛151位!(5/20確認時点)】 アルフレッド王子と婚約してからの間ずっと、冷遇に耐えてきたというのに。 愛人が複数いることも、罵倒されることも、アルフレッド王子がすべき政務をやらされていることも。 何年間も耐えてきたのに__ 「お前のような器量の悪い女が王家に嫁ぐなんて国家の恥も良いところだ。婚約破棄し、この娘と結婚することとする」 アルフレッド王子は新しい愛人の女の腰を寄せ、婚約破棄を告げる。 愛人はアルフレッド王子にしなだれかかって、得意げな顔をしている。

始まりはよくある婚約破棄のように

喜楽直人
恋愛
「ミリア・ファネス公爵令嬢! 婚約者として10年も長きに渡り傍にいたが、もう我慢ならない! 父上に何度も相談した。母上からも考え直せと言われた。しかし、僕はもう決めたんだ。ミリア、キミとの婚約は今日で終わりだ!」 学園の卒業パーティで、第二王子がその婚約者の名前を呼んで叫び、周囲は固唾を呑んでその成り行きを見守った。 ポンコツ王子から一方的な溺愛を受ける真面目令嬢が涙目になりながらも立ち向い、けれども少しずつ絆されていくお話。 第一章「婚約者編」 第二章「お見合い編(過去)」 第三章「結婚編」 第四章「出産・育児編」 第五章「ミリアの知らないオレファンの過去編」連載開始

処理中です...