元婚約者様の勘違い

希猫 ゆうみ

文字の大きさ
上 下
3 / 27

しおりを挟む
夕方、母がリボンの掛かった大量の箱と共に帰宅すると執事のシャットルワースがメイドたちに交じり母を取り囲んだ。
私はその様子を玄関広間の大階段の手摺りに手を掛けて眺めている。

「ただいま。留守中に何か変わったことは?何もない?」

いつもの挨拶にもシャットルワースは忠実だった。

「お嬢様が婚約を破棄されました」
「嘘でしょう!?どうして!?というかどっちの!?まさかハリエットじゃないわよね!?今プレゼントを買って来たところなのよ!?」

これだけ元気な母が私を産んだことについて後悔するはずがない。

「私ならいいの?お母様」
「カイラ!ただいま!あなた怒ってる?じゃあ、あなたなのね!?」

母は喜ぶでもなく怒るでもなくただ驚いている。

「ええ、私よ」
「ああんっ、どうして!」

怒る前に異様に悔しい様子を見せた母に私は静かに歩み寄り、宥める目的も兼ねて抱擁し挨拶を済ませる。

「おかえりなさい、お母様」

母が誰よりもこの暮らしを満喫しているのは今に始まったことではない。
父の王立図書館での務めに際し王国から別荘を与えられ、賑やかな首都での夢のような毎日。それは社交的な母に無限の可能性と豊かな人生を与えている。

因みに双子の妹ハリエットは私とそっくり同じ顔をしている割に、性格は母とそっくりである。私の婚約者を見かけたタイミングで、自身が婚約中の髭伯爵と私的な触れ合いの最中でさえも強気の笑顔を向けようと、実のところ驚きはしない。

「ハリエットがホッブス伯爵とキスしている瞬間を目撃したらしくて、私だと思い込んで激怒して乗り込んで来たのよ」
「なんですって!?」

そこからシャットルワースが詳細を洗い浚い話し始める。

長年執事を務めているシャットルワースには正確な報告能力が備わっている。
主を罵倒され、産湯の温度管理までして慈しんだ私をも罵倒され、ハリエットについては存在を抹消され、更には人生を全否定されたシャットルワースの憤りは静かな濃霧の如く溢れ出ている。

「──というわけで御婚約はあちらから破棄ということで間違いないでしょう」
「それでウィンデイト伯爵家に責任を擦り付けようって言うの!?なんて恥知らずの世間知らずなんでしょう!私が双子の娘を産んだことも知らないで私の娘の片方に求婚していたの!?」

母は何一つ間違ったことを言ってはいないが、陽気な性格のせいか怒った時は比較的騒ぐのでやや煩い。

「貴族失格は自分の方でしょう!?はっ、神童が聞いて呆れるわ!あの分厚い石の箱の中で一体何を研究していらっしゃるのやら!社交界の常識に関心がないのならもう一生出て来なくてよろしいんじゃないかしら!?」

一頻り母が憤慨し、夜、父の帰宅後もう一度これを繰り返した。

更には週末ホッブス伯爵家での内輪のパーティーでもこれを繰り返した。
ホッブス伯爵が母の剣幕で笑ってしまい、当のハリエットは母と同様に憤慨した。
しおりを挟む
感想 26

あなたにおすすめの小説

婚約破棄にはなりました。が、それはあなたの「ため」じゃなく、あなたの「せい」です。

百谷シカ
恋愛
「君がふしだらなせいだろう。当然、この婚約は破棄させてもらう」 私はシェルヴェン伯爵令嬢ルート・ユングクヴィスト。 この通りリンドホルム伯爵エドガー・メシュヴィツに婚約破棄された。 でも、決して私はふしだらなんかじゃない。 濡れ衣だ。 私はある人物につきまとわれている。 イスフェルト侯爵令息フィリップ・ビルト。 彼は私に一方的な好意を寄せ、この半年、あらゆる接触をしてきた。 「君と出会い、恋に落ちた。これは運命だ! 君もそう思うよね?」 「おやめください。私には婚約者がいます……!」 「関係ない! その男じゃなく、僕こそが君の愛すべき人だよ!」 愛していると、彼は言う。 これは運命なんだと、彼は言う。 そして運命は、私の未来を破壊した。 「さあ! 今こそ結婚しよう!!」 「いや……っ!!」 誰も助けてくれない。 父と兄はフィリップ卿から逃れるため、私を修道院に入れると決めた。 そんなある日。 思いがけない求婚が舞い込んでくる。 「便宜上の結婚だ。私の妻となれば、奴も手出しできないだろう」 ランデル公爵ゴトフリート閣下。 彼は愛情も跡継ぎも求めず、ただ人助けのために私を妻にした。 これは形だけの結婚に、ゆっくりと愛が育まれていく物語。

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

婚約して三日で白紙撤回されました。

Mayoi
恋愛
貴族家の子女は親が決めた相手と婚約するのが当然だった。 それが貴族社会の風習なのだから。 そして望まない婚約から三日目。 先方から婚約を白紙撤回すると連絡があったのだ。

幼馴染み同士で婚約した私達は、何があっても結婚すると思っていた。

喜楽直人
恋愛
領地が隣の田舎貴族同士で爵位も釣り合うからと親が決めた婚約者レオン。 学園を卒業したら幼馴染みでもある彼と結婚するのだとローラは素直に受け入れていた。 しかし、ふたりで王都の学園に通うようになったある日、『王都に居られるのは学生の間だけだ。その間だけでも、お互い自由に、世界を広げておくべきだと思う』と距離を置かれてしまう。 挙句、学園内のパーティの席で、彼の隣にはローラではない令嬢が立ち、エスコートをする始末。 パーティの度に次々とエスコートする令嬢を替え、浮名を流すようになっていく婚約者に、ローラはひとり胸を痛める。 そうしてついに恐れていた事態が起きた。 レオンは、いつも同じ令嬢を連れて歩くようになったのだ。

恋愛に興味がない私は王子に愛人を充てがう。そんな彼は、私に本当の愛を知るべきだと言って婚約破棄を告げてきた

キョウキョウ
恋愛
恋愛が面倒だった。自分よりも、恋愛したいと求める女性を身代わりとして王子の相手に充てがった。 彼は、恋愛上手でモテる人間だと勘違いしたようだった。愛に溺れていた。 そんな彼から婚約破棄を告げられる。 決定事項のようなタイミングで、私に拒否権はないようだ。 仕方がないから、私は面倒の少ない別の相手を探すことにした。

【完結】他人に優しい婚約者ですが、私だけ例外のようです

白草まる
恋愛
婚約者を放置してでも他人に優しく振る舞うダニーロ。 それを不満に思いつつも簡単には婚約関係を解消できず諦めかけていたマルレーネ。 二人が参加したパーティーで見知らぬ令嬢がマルレーネへと声をかけてきた。 「単刀直入に言います。ダニーロ様と別れてください」

【完結】冷遇・婚約破棄の上、物扱いで軍人に下賜されたと思ったら、幼馴染に溺愛される生活になりました。

えんとっぷ
恋愛
【恋愛151位!(5/20確認時点)】 アルフレッド王子と婚約してからの間ずっと、冷遇に耐えてきたというのに。 愛人が複数いることも、罵倒されることも、アルフレッド王子がすべき政務をやらされていることも。 何年間も耐えてきたのに__ 「お前のような器量の悪い女が王家に嫁ぐなんて国家の恥も良いところだ。婚約破棄し、この娘と結婚することとする」 アルフレッド王子は新しい愛人の女の腰を寄せ、婚約破棄を告げる。 愛人はアルフレッド王子にしなだれかかって、得意げな顔をしている。

始まりはよくある婚約破棄のように

喜楽直人
恋愛
「ミリア・ファネス公爵令嬢! 婚約者として10年も長きに渡り傍にいたが、もう我慢ならない! 父上に何度も相談した。母上からも考え直せと言われた。しかし、僕はもう決めたんだ。ミリア、キミとの婚約は今日で終わりだ!」 学園の卒業パーティで、第二王子がその婚約者の名前を呼んで叫び、周囲は固唾を呑んでその成り行きを見守った。 ポンコツ王子から一方的な溺愛を受ける真面目令嬢が涙目になりながらも立ち向い、けれども少しずつ絆されていくお話。 第一章「婚約者編」 第二章「お見合い編(過去)」 第三章「結婚編」 第四章「出産・育児編」 第五章「ミリアの知らないオレファンの過去編」連載開始

処理中です...