13 / 26
12-2(エディ)※
しおりを挟む
父の言葉が僕とノーラの愛の営みに関する干渉であることは一拍遅れて理解できた。
僕が父の年老いてからの子どもであることから、緩やかな時代の流れの中でも価値観にズレが生じているのだと思う事もできた。実際、そう思わされることは生活の中で何度かあった。
だが、違う。
決定的に違う。
一度目は失敗。
本番の前にもう一度、練習。
不吉な言葉の連続に僕は不快な緊張を覚え、固唾を飲んだ。
「練習?」
やっとそれだけ問い質しながら軽い眩暈に襲われる。
父はなんでもないように、さも普通のことのように、いつもの静かな口調で言った。
「全ての妻が安産型とは限らない。良い跡継ぎを産むためには、一度練習して道を広げなくてはならない」
「……は?」
「お前ももう大人だ。妻を愛するなら、その体を正しく管理する事だ。時には情けを捨てねばならん。難産は赤ん坊を虚弱体質にする」
「姉上の死は、母上のせいではありません」
咄嗟にそんな事を言っていた。
愛妻家と信じて疑わなかった父が、心の底では母を憎んでいたのだと、瞬間的に理解したつもりになっていたのだろう。
だが真実はより恐ろしく、悍ましいものだった。
「そんなことは言っていない。ティルダはやり遂げた。お前の姉は失敗作だったが、ノーラは心配ないだろう。イーリスよりずっといい」
「ノーラは健康ですが、イーリスも健康ですよ?」
混乱した僕はそんなことを口走っていた。
父は目尻を下げて微笑んだ。
「健康。素晴らしい。ティルダも教え甲斐があるだろう」
「な、なにを教えるんです……?」
「お産だよ」
目が回りそうだった。
だが僕は持ち直した。
残酷な現実だが、父は僕が物心ついた頃には既に年老いており、今では立派な老人だ。僕に爵位を継承させるという安堵が引き金となり、呆けてしまったのだ。
そう考えると、妻とは跡継ぎを産む道具であるとでも考えていたような発言には息子ながら傷つきはしたが、ノーラに実害があるわけでもないと一安心できた。
だが、気になった。
聞かなかったふりでは済まない気がした。
十二年という具体的な数字には、何か意味があるはずだ。
「何が十二年なんですか?」
「お前の姉が──」
「姉上が亡くなったのはもっとずっと前の話でしょう!」
「ふむ。そういうことにした」
「え?じゃあ実際は違うのですか!?姉上が生きているなら、何故そんな酷い嘘を!?」
「ティルダがそう望んだ」
「はあっ!?」
声を震わせながら僕は大声で父に問いかける。
次の瞬間、真実が牙を剥いた。
「お前の姉は練習で生まれたから家族には加えなかった。男児を埋めたら考え直せたが、十二年前に産んだのも女の子だった。その時、お前の姉はお産に耐えられず壊れたのだ。手が付けられない失敗作だった。お前の誕生を機に姉の方を夭逝ということにしておいたティルダは賢かったよ。狂った伯爵令嬢など災い以外の何物でもないからな」
「……」
父は呆けて、悪魔に憑りつかれでもしているのだろうか。
今の話が本当なら自身の娘に対して残酷すぎるし、もし本当に姉が存命であり十二年前には出産に臨める年齢だったのならば、母は何才で姉を産んだことになる?
「嘘だ」
こんな話が真実なわけがない。
悲しいが、父は老化による痴呆で半狂人と化してしまったのだ。
「嘘なものか。お前も会ったことがあるぞ。だが、幼かったからな。忘れたか?」
「え?」
狂気が僕を蝕んでいく。
父は、穏やかな、静かな、優しい微笑みで僕を見つめる。
「なんて顔をしている?父親になるんだ、負けていられないぞ」
「……な、何に、ですか……?」
「あの子とノーラ。ティルダの腕の見せ所だ。全ての成功は失敗を経て成し遂げられる。何人男児ができるかな。ああ、長生きしてよかったよ。エディ、私が死んだ後も頑張るんだぞ。歴史あるノルドマン伯爵家を永久に──」
僕は父の言葉を振り切りその場から逃げ出した。
僕が父の年老いてからの子どもであることから、緩やかな時代の流れの中でも価値観にズレが生じているのだと思う事もできた。実際、そう思わされることは生活の中で何度かあった。
だが、違う。
決定的に違う。
一度目は失敗。
本番の前にもう一度、練習。
不吉な言葉の連続に僕は不快な緊張を覚え、固唾を飲んだ。
「練習?」
やっとそれだけ問い質しながら軽い眩暈に襲われる。
父はなんでもないように、さも普通のことのように、いつもの静かな口調で言った。
「全ての妻が安産型とは限らない。良い跡継ぎを産むためには、一度練習して道を広げなくてはならない」
「……は?」
「お前ももう大人だ。妻を愛するなら、その体を正しく管理する事だ。時には情けを捨てねばならん。難産は赤ん坊を虚弱体質にする」
「姉上の死は、母上のせいではありません」
咄嗟にそんな事を言っていた。
愛妻家と信じて疑わなかった父が、心の底では母を憎んでいたのだと、瞬間的に理解したつもりになっていたのだろう。
だが真実はより恐ろしく、悍ましいものだった。
「そんなことは言っていない。ティルダはやり遂げた。お前の姉は失敗作だったが、ノーラは心配ないだろう。イーリスよりずっといい」
「ノーラは健康ですが、イーリスも健康ですよ?」
混乱した僕はそんなことを口走っていた。
父は目尻を下げて微笑んだ。
「健康。素晴らしい。ティルダも教え甲斐があるだろう」
「な、なにを教えるんです……?」
「お産だよ」
目が回りそうだった。
だが僕は持ち直した。
残酷な現実だが、父は僕が物心ついた頃には既に年老いており、今では立派な老人だ。僕に爵位を継承させるという安堵が引き金となり、呆けてしまったのだ。
そう考えると、妻とは跡継ぎを産む道具であるとでも考えていたような発言には息子ながら傷つきはしたが、ノーラに実害があるわけでもないと一安心できた。
だが、気になった。
聞かなかったふりでは済まない気がした。
十二年という具体的な数字には、何か意味があるはずだ。
「何が十二年なんですか?」
「お前の姉が──」
「姉上が亡くなったのはもっとずっと前の話でしょう!」
「ふむ。そういうことにした」
「え?じゃあ実際は違うのですか!?姉上が生きているなら、何故そんな酷い嘘を!?」
「ティルダがそう望んだ」
「はあっ!?」
声を震わせながら僕は大声で父に問いかける。
次の瞬間、真実が牙を剥いた。
「お前の姉は練習で生まれたから家族には加えなかった。男児を埋めたら考え直せたが、十二年前に産んだのも女の子だった。その時、お前の姉はお産に耐えられず壊れたのだ。手が付けられない失敗作だった。お前の誕生を機に姉の方を夭逝ということにしておいたティルダは賢かったよ。狂った伯爵令嬢など災い以外の何物でもないからな」
「……」
父は呆けて、悪魔に憑りつかれでもしているのだろうか。
今の話が本当なら自身の娘に対して残酷すぎるし、もし本当に姉が存命であり十二年前には出産に臨める年齢だったのならば、母は何才で姉を産んだことになる?
「嘘だ」
こんな話が真実なわけがない。
悲しいが、父は老化による痴呆で半狂人と化してしまったのだ。
「嘘なものか。お前も会ったことがあるぞ。だが、幼かったからな。忘れたか?」
「え?」
狂気が僕を蝕んでいく。
父は、穏やかな、静かな、優しい微笑みで僕を見つめる。
「なんて顔をしている?父親になるんだ、負けていられないぞ」
「……な、何に、ですか……?」
「あの子とノーラ。ティルダの腕の見せ所だ。全ての成功は失敗を経て成し遂げられる。何人男児ができるかな。ああ、長生きしてよかったよ。エディ、私が死んだ後も頑張るんだぞ。歴史あるノルドマン伯爵家を永久に──」
僕は父の言葉を振り切りその場から逃げ出した。
58
お気に入りに追加
580
あなたにおすすめの小説
妹に一度殺された。明日結婚するはずの死に戻り公爵令嬢は、もう二度と死にたくない。
たかたちひろ【令嬢節約ごはん23日発売】
恋愛
婚約者アルフレッドとの結婚を明日に控えた、公爵令嬢のバレッタ。
しかしその夜、無惨にも殺害されてしまう。
それを指示したのは、妹であるエライザであった。
姉が幸せになることを憎んだのだ。
容姿が整っていることから皆や父に気に入られてきた妹と、
顔が醜いことから蔑まされてきた自分。
やっとそのしがらみから逃れられる、そう思った矢先の突然の死だった。
しかし、バレッタは甦る。死に戻りにより、殺される数時間前へと時間を遡ったのだ。
幸せな結婚式を迎えるため、己のこれまでを精算するため、バレッタは妹、協力者である父を捕まえ処罰するべく動き出す。
もう二度と死なない。
そう、心に決めて。
ほらやっぱり、結局貴方は彼女を好きになるんでしょう?
望月 或
恋愛
ベラトリクス侯爵家のセイフィーラと、ライオロック王国の第一王子であるユークリットは婚約者同士だ。二人は周りが羨むほどの相思相愛な仲で、通っている学園で日々仲睦まじく過ごしていた。
ある日、セイフィーラは落馬をし、その衝撃で《前世》の記憶を取り戻す。ここはゲームの中の世界で、自分は“悪役令嬢”だということを。
転入生のヒロインにユークリットが一目惚れをしてしまい、セイフィーラは二人の仲に嫉妬してヒロインを虐め、最後は『婚約破棄』をされ修道院に送られる運命であることを――
そのことをユークリットに告げると、「絶対にその彼女に目移りなんてしない。俺がこの世で愛しているのは君だけなんだ」と真剣に言ってくれたのだが……。
その日の朝礼後、ゲームの展開通り、ヒロインのリルカが転入してくる。
――そして、セイフィーラは見てしまった。
目を見開き、頬を紅潮させながらリルカを見つめているユークリットの顔を――
※作者独自の世界設定です。ゆるめなので、突っ込みは心の中でお手柔らかに願います……。
※たまに第三者視点が入ります。(タイトルに記載)
私を運命の相手とプロポーズしておきながら、可哀そうな幼馴染の方が大切なのですね! 幼馴染と幸せにお過ごしください
迷い人
恋愛
王国の特殊爵位『フラワーズ』を頂いたその日。
アシャール王国でも美貌と名高いディディエ・オラール様から婚姻の申し込みを受けた。
断るに断れない状況での婚姻の申し込み。
仕事の邪魔はしないと言う約束のもと、私はその婚姻の申し出を承諾する。
優しい人。
貞節と名高い人。
一目惚れだと、運命の相手だと、彼は言った。
細やかな気遣いと、距離を保った愛情表現。
私も愛しております。
そう告げようとした日、彼は私にこうつげたのです。
「子を事故で亡くした幼馴染が、心をすり減らして戻ってきたんだ。 私はしばらく彼女についていてあげたい」
そう言って私の物を、つぎつぎ幼馴染に与えていく。
優しかったアナタは幻ですか?
どうぞ、幼馴染とお幸せに、請求書はそちらに回しておきます。
終わっていた恋、始まっていた愛
しゃーりん
恋愛
結婚を三か月後に控えた侯爵令嬢ソフィアナは、婚約者である第三王子ディオンに結婚できなくなったと告げられた。二つ離れた国の王女に結婚を申し込まれており、国交を考えると受けざるを得ないということだった。ディオンはソフィアナだけを愛すると言い、ソフィアナを抱いた後、国を去った。
やがて妊娠したソフィアナは体面を保つために父の秘書であるルキウスを形だけの夫として結婚した。
それから三年、ディオンが一時帰国すると聞き、ディオンがいなくても幸せに暮らしていることを裏切りではないかと感じたが思い違いをしていたというお話です。
【完結】旦那は堂々と不倫行為をするようになったのですが離婚もさせてくれないので、王子とお父様を味方につけました
よどら文鳥
恋愛
ルーンブレイス国の国家予算に匹敵するほどの資産を持つハイマーネ家のソフィア令嬢は、サーヴィン=アウトロ男爵と恋愛結婚をした。
ソフィアは幸せな人生を送っていけると思っていたのだが、とある日サーヴィンの不倫行為が発覚した。それも一度や二度ではなかった。
ソフィアの気持ちは既に冷めていたため離婚を切り出すも、サーヴィンは立場を理由に認めようとしない。
更にサーヴィンは第二夫妻候補としてラランカという愛人を連れてくる。
再度離婚を申し立てようとするが、ソフィアの財閥と金だけを理由にして一向に離婚を認めようとしなかった。
ソフィアは家から飛び出しピンチになるが、救世主が現れる。
後に全ての成り行きを話し、ロミオ=ルーンブレイス第一王子を味方につけ、更にソフィアの父をも味方につけた。
ソフィアが想定していなかったほどの制裁が始まる。
貴方が選んだのは全てを捧げて貴方を愛した私ではありませんでした
ましゅぺちーの
恋愛
王国の名門公爵家の出身であるエレンは幼い頃から婚約者候補である第一王子殿下に全てを捧げて生きてきた。
彼を数々の悪意から守り、彼の敵を排除した。それも全ては愛する彼のため。
しかし、王太子となった彼が最終的には選んだのはエレンではない平民の女だった。
悲しみに暮れたエレンだったが、家族や幼馴染の公爵令息に支えられて元気を取り戻していく。
その一方エレンを捨てた王太子は着々と破滅への道を進んでいた・・・
「君を愛することはない」の言葉通り、王子は生涯妻だけを愛し抜く。
長岡更紗
恋愛
子どもができない王子と王子妃に、側室が迎えられた話。
*1話目王子妃視点、2話目王子視点、3話目側室視点、4話王視点です。
*不妊の表現があります。許容できない方はブラウザバックをお願いします。
*他サイトにも投稿していまし。
(完)結婚式当日にドタキャンされた私ー貴方にはもうなんの興味もありませんが?(全10話+おまけ)
青空一夏
恋愛
私はアーブリー・ウォーカー伯爵令嬢。今日は愛しのエイダン・アクス侯爵家嫡男と結婚式だ。
ところが、彼はなかなか姿を現さない。
そんななか、一人の少年が手紙を預かったと私に渡してきた。
『ごめん。僕は”真実の愛”をみつけた! 砂漠の国の王女のティアラが”真実の愛”の相手だ。だから、君とは結婚できない! どうか僕を許してほしい』
その手紙には、そんなことが書かれていた。
私は、ガクンと膝から崩れおちた。結婚式当日にドタキャンをされた私は、社交界でいい笑い者よ。
ところがこんな酷いことをしてきたエイダンが復縁を迫ってきた……私は……
ざまぁ系恋愛小説。コメディ風味のゆるふわ設定。異世界中世ヨーロッパ風。
全10話の予定です。ざまぁ後の末路は完結後のおまけ、そこだけR15です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる