3 / 26
3
しおりを挟む
エディとその両親、つまりノルドマン伯爵家を招いての夕食会は、私の母の誕生日を祝うという建前で綿密に計画されていた。
物静かを通り越して始終無言で微笑んでいるノルドマン伯爵はもうだいぶ高齢で、妻ティルダとはかなりの年の差だ。
老いてから娶った若い妻を溺愛したのは二人の仲の良さから充分に伺え、一人息子であるエディもまた両親の愛をたっぷりと注がれて育ったのは疑うまでもない。
エディの優しさは、愛を知っているから。
エディの微笑みは私を包み、癒してくれる。
私を救い出してくれる。
何から?
もちろん、報われない屈辱から。
私は幸せな花嫁になるのだ。
「おめでとうございます」
「どうもありがとう」
などと、穏やかな挨拶から晩餐は始まった。
着飾った内に入らない地味なドレスを纏った姉も、尤もそうな表情で席に着いている。
「お加減はどうですの?食欲がないって仰っていたでしょう?私がさしあげたお茶はお飲みになった?」
明るい性格のティルダが食の細くなった母を心配してハーブティーをすすめてくれたらしい。私はエディとの密会に忙しく親たちの交流はよく知らないが、仲良くやっているようだ。
「おかげさまで」
母が微笑んだ。
「そう!よかったわ!!」
ティルダは我が事のように喜び頬を染めた。
母と同世代なのに若々しい。こんな綺麗な人がいるのかと驚いたものだ。
というより、こんな綺麗で明るい母親がいるエディがどうして私の姉などに求婚したのか、驚きを隠せない。
そして、家族ぐるみで楽しい晩餐が進む中ノルドマン伯爵は妖精か守護霊のように無言で微笑み続けていた。
私としてはこんな半分天国に足を突っ込んでいるお爺さんが仔羊のソテーを完食したことにも驚きを隠せなかった。
なんというか、生きているのが疑わしい。
「実は、今日は大切なお話があるのです」
エディがデザートのシャーベットを見つめながら口火を切った。
「僕は……本当はノーラを愛しているんです。申し訳ない!」
エディが勢いよく立ち上がり、その勢いのまま頭を下げた。
「イーリス、あなたは素晴らしい女性だ。あなたを敬愛している。その気持ちに嘘はない。でも、あなたは恋人ではなかった。僕には、共に笑い合い、共に歩んでいく妻が必要なんだ。許してください」
感動した。
エディが私を選んだ事実が、今、エディ本人の口から発表されている。
私は胸をおさえ、うっとりとエディを見つめていた。
もちろん視界には真顔で口を噤む私の両親と、頬を薔薇色に染めて目を輝かせるティルダと、半分天国の住人となっている妖精ノルドマン伯爵の微笑みが映っている。
そして、無表情の姉イーリスも。
あらやだお姉様ったら平気なふりして、いつものお澄まし顔で婚約者を見つめちゃって。
その心は嵐のように乱れているくせに。
「ふふっ。ふ……、…………」
……動揺、しているはずよね?
凄い無表情。石像なの?
それとも、エディ本人の口から別れを告げられているショックでついに静かに死んだのかしら。
だとしても、妖精さんより可愛くないわ。
お爺さんより可愛くないって、お姉様、なんて無様なの。
さすが愛を失うだけあるわ!
私の勝ちよ!ざまあみろ!!
物静かを通り越して始終無言で微笑んでいるノルドマン伯爵はもうだいぶ高齢で、妻ティルダとはかなりの年の差だ。
老いてから娶った若い妻を溺愛したのは二人の仲の良さから充分に伺え、一人息子であるエディもまた両親の愛をたっぷりと注がれて育ったのは疑うまでもない。
エディの優しさは、愛を知っているから。
エディの微笑みは私を包み、癒してくれる。
私を救い出してくれる。
何から?
もちろん、報われない屈辱から。
私は幸せな花嫁になるのだ。
「おめでとうございます」
「どうもありがとう」
などと、穏やかな挨拶から晩餐は始まった。
着飾った内に入らない地味なドレスを纏った姉も、尤もそうな表情で席に着いている。
「お加減はどうですの?食欲がないって仰っていたでしょう?私がさしあげたお茶はお飲みになった?」
明るい性格のティルダが食の細くなった母を心配してハーブティーをすすめてくれたらしい。私はエディとの密会に忙しく親たちの交流はよく知らないが、仲良くやっているようだ。
「おかげさまで」
母が微笑んだ。
「そう!よかったわ!!」
ティルダは我が事のように喜び頬を染めた。
母と同世代なのに若々しい。こんな綺麗な人がいるのかと驚いたものだ。
というより、こんな綺麗で明るい母親がいるエディがどうして私の姉などに求婚したのか、驚きを隠せない。
そして、家族ぐるみで楽しい晩餐が進む中ノルドマン伯爵は妖精か守護霊のように無言で微笑み続けていた。
私としてはこんな半分天国に足を突っ込んでいるお爺さんが仔羊のソテーを完食したことにも驚きを隠せなかった。
なんというか、生きているのが疑わしい。
「実は、今日は大切なお話があるのです」
エディがデザートのシャーベットを見つめながら口火を切った。
「僕は……本当はノーラを愛しているんです。申し訳ない!」
エディが勢いよく立ち上がり、その勢いのまま頭を下げた。
「イーリス、あなたは素晴らしい女性だ。あなたを敬愛している。その気持ちに嘘はない。でも、あなたは恋人ではなかった。僕には、共に笑い合い、共に歩んでいく妻が必要なんだ。許してください」
感動した。
エディが私を選んだ事実が、今、エディ本人の口から発表されている。
私は胸をおさえ、うっとりとエディを見つめていた。
もちろん視界には真顔で口を噤む私の両親と、頬を薔薇色に染めて目を輝かせるティルダと、半分天国の住人となっている妖精ノルドマン伯爵の微笑みが映っている。
そして、無表情の姉イーリスも。
あらやだお姉様ったら平気なふりして、いつものお澄まし顔で婚約者を見つめちゃって。
その心は嵐のように乱れているくせに。
「ふふっ。ふ……、…………」
……動揺、しているはずよね?
凄い無表情。石像なの?
それとも、エディ本人の口から別れを告げられているショックでついに静かに死んだのかしら。
だとしても、妖精さんより可愛くないわ。
お爺さんより可愛くないって、お姉様、なんて無様なの。
さすが愛を失うだけあるわ!
私の勝ちよ!ざまあみろ!!
50
お気に入りに追加
580
あなたにおすすめの小説
妹に一度殺された。明日結婚するはずの死に戻り公爵令嬢は、もう二度と死にたくない。
たかたちひろ【令嬢節約ごはん23日発売】
恋愛
婚約者アルフレッドとの結婚を明日に控えた、公爵令嬢のバレッタ。
しかしその夜、無惨にも殺害されてしまう。
それを指示したのは、妹であるエライザであった。
姉が幸せになることを憎んだのだ。
容姿が整っていることから皆や父に気に入られてきた妹と、
顔が醜いことから蔑まされてきた自分。
やっとそのしがらみから逃れられる、そう思った矢先の突然の死だった。
しかし、バレッタは甦る。死に戻りにより、殺される数時間前へと時間を遡ったのだ。
幸せな結婚式を迎えるため、己のこれまでを精算するため、バレッタは妹、協力者である父を捕まえ処罰するべく動き出す。
もう二度と死なない。
そう、心に決めて。
素直になれなかったことを後悔した私は自分を見つめ直し幸せになる。
しゃーりん
恋愛
公爵令嬢シェルニア。
貴族として恵まれた家に産まれ、王太子殿下の婚約者候補の1人に選ばれた。
しかし、彼が婚約者に選んだのは別の令嬢。
シェルニアは失意の中、公爵令息ハリソンと婚約することが決まった。
ハリソンもシェルニアとの結婚は嫌に違いないと思い、別に意中の男性がいることにしてハリソンに2年間の白い結婚にしたいと言い、ハリソンも同意した。
勘違いでハリソンが浮気することを許可してしまったシェルニアは、やがてそれは白い結婚をやめたいとシェルニアに言わせるための企みだと思い込む。
白い結婚をやめてもいいと思っていたのに素直になれなくて、結婚2年で予定通り離婚した。
離婚後も身勝手な思い込みからハリソンに復縁を迫り、断られる。
それをきっかけに、シェルニアは自分の言動を反省し、やがて幸せを掴むというお話です。
【完結】旦那は堂々と不倫行為をするようになったのですが離婚もさせてくれないので、王子とお父様を味方につけました
よどら文鳥
恋愛
ルーンブレイス国の国家予算に匹敵するほどの資産を持つハイマーネ家のソフィア令嬢は、サーヴィン=アウトロ男爵と恋愛結婚をした。
ソフィアは幸せな人生を送っていけると思っていたのだが、とある日サーヴィンの不倫行為が発覚した。それも一度や二度ではなかった。
ソフィアの気持ちは既に冷めていたため離婚を切り出すも、サーヴィンは立場を理由に認めようとしない。
更にサーヴィンは第二夫妻候補としてラランカという愛人を連れてくる。
再度離婚を申し立てようとするが、ソフィアの財閥と金だけを理由にして一向に離婚を認めようとしなかった。
ソフィアは家から飛び出しピンチになるが、救世主が現れる。
後に全ての成り行きを話し、ロミオ=ルーンブレイス第一王子を味方につけ、更にソフィアの父をも味方につけた。
ソフィアが想定していなかったほどの制裁が始まる。
【完結】「君を愛することはない」と言われた公爵令嬢は思い出の夜を繰り返す
おのまとぺ
恋愛
「君を愛することはない!」
鳴り響く鐘の音の中で、三年の婚約期間の末に結ばれるはずだったマルクス様は高らかに宣言しました。隣には彼の義理の妹シシーがピッタリとくっついています。私は笑顔で「承知いたしました」と答え、ガラスの靴を脱ぎ捨てて、一目散に式場の扉へと走り出しました。
え?悲しくないのかですって?
そんなこと思うわけないじゃないですか。だって、私はこの三年間、一度たりとも彼を愛したことなどなかったのですから。私が本当に愛していたのはーーー
◇よくある婚約破棄
◇元サヤはないです
◇タグは増えたりします
◇薬物などの危険物が少し登場します
悲劇の令嬢を救いたい、ですか。忠告はしましたので、あとはお好きにどうぞ。
ふまさ
恋愛
「──馬鹿馬鹿しい。何だ、この調査報告書は」
ぱさっ。
伯爵令息であるパーシーは、テーブルに三枚に束ねられた紙をほうった。向かい側に座る伯爵令嬢のカーラは、静かに口を開いた。
「きちんと目は通してもらえましたか?」
「むろんだ。そのうえで、もう一度言わせてもらうよ。馬鹿馬鹿しい、とね。そもそもどうして、きみは探偵なんか雇ってまで、こんなことをしたんだ?」
ざわざわ。ざわざわ。
王都内でも評判のカフェ。昼時のいまは、客で溢れかえっている。
「──女のカン、というやつでしょうか」
「何だ、それは。素直に言ったら少しは可愛げがあるのに」
「素直、とは」
「婚約者のぼくに、きみだけを見てほしいから、こんなことをしました、とかね」
カーラは一つため息をつき、確認するようにもう一度訊ねた。
「きちんとその調査報告書に目を通されたうえで、あなたはわたしの言っていることを馬鹿馬鹿しいと、信じないというのですね?」
「き、きみを馬鹿馬鹿しいとは言ってないし、きみを信じていないわけじゃない。でも、これは……」
カーラは「わかりました」と、調査報告書を手に取り、カバンにしまった。
「それではどうぞ、お好きになさいませ」
【完結】妹が旦那様とキスしていたのを見たのが十日前
地鶏
恋愛
私、アリシア・ブルームは順風満帆な人生を送っていた。
あの日、私の婚約者であるライア様と私の妹が濃厚なキスを交わすあの場面をみるまでは……。
私の気持ちを裏切り、弄んだ二人を、私は許さない。
アリシア・ブルームの復讐が始まる。
「君以外を愛する気は無い」と婚約者様が溺愛し始めたので、異世界から聖女が来ても大丈夫なようです。
海空里和
恋愛
婚約者のアシュリー第二王子にべた惚れなステラは、彼のために努力を重ね、剣も魔法もトップクラス。彼にも隠すことなく、重い恋心をぶつけてきた。
アシュリーも、そんなステラの愛を静かに受け止めていた。
しかし、この国は20年に一度聖女を召喚し、皇太子と結婚をする。アシュリーは、この国の皇太子。
「たとえ聖女様にだって、アシュリー様は渡さない!」
聖女と勝負してでも彼を渡さないと思う一方、ステラはアシュリーに切り捨てられる覚悟をしていた。そんなステラに、彼が告げたのは意外な言葉で………。
※本編は全7話で完結します。
※こんなお話が書いてみたくて、勢いで書き上げたので、設定が緩めです。
【完結】旦那様は、妻の私よりも平民の愛人を大事にしたいようです
よどら文鳥
恋愛
貴族のことを全く理解していない旦那様は、愛人を紹介してきました。
どうやら愛人を第二夫人に招き入れたいそうです。
ですが、この国では一夫多妻制があるとはいえ、それは十分に養っていける環境下にある上、貴族同士でしか認められません。
旦那様は貴族とはいえ現状無職ですし、愛人は平民のようです。
現状を整理すると、旦那様と愛人は不倫行為をしているというわけです。
貴族の人間が不倫行為などすれば、この国での処罰は極刑の可能性もあります。
それすら理解せずに堂々と……。
仕方がありません。
旦那様の気持ちはすでに愛人の方に夢中ですし、その願い叶えられるように私も協力致しましょう。
ただし、平和的に叶えられるかは別です。
政略結婚なので、周りのことも考えると離婚は簡単にできません。ならばこれくらいの抵抗は……させていただきますよ?
ですが、周囲からの協力がありまして、離婚に持っていくこともできそうですね。
折角ですので離婚する前に、愛人と旦那様が私たちの作戦に追い詰められているところもじっくりとこの目で見ておこうかと思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる