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その夜、子供たちの部屋でおやすみのキスをして、ほかほかと温かな心を抱いて静かな廊下を歩き、幸せを噛み締めて……寝室の扉を開けた瞬間、私はまた息を止めた。
「……!」
寝室には薔薇の花びらが敷き詰められ、アロマキャンドルが焚かれ、ふんわりと甘く優しい匂いが満ちている。
「誕生日おめでとう」
「……グレッグ、これ……」
二度目の妊娠も関係しているのだろうか。今年は例年にも増してかなり念入りに祝福されている。
「レディ・レーラ、私と踊ってくれませんか?」
正装に近い格好のグレッグが私に歩み寄りそっと手を差し伸べてくる。驚きを隠せないままその手を取り、目立ち始めたお腹の分ゆるやかに抱きあってスローダンスが始まった。
スローダンスにも満たない、優しい抱擁の中で左右に肩を揺らすくらいのものだ。それでもあの夜が蘇った。
グレッグに恋をする前の傷物令嬢だった私。
今ならあの瞬間、もう始まっていたとわかるのに。
「……思い出した。あなたは王子様で、私は心を鎖したお姫様だったわね」
呟くと、グレッグが優しく揶揄うように微笑んだ。
「塔に上るのは大変だったよ。だが価値はあった。私は世界にたった一人だけの愛しい姫君と結婚できた。そして世界一幸せな夫になり、天使に出会えた。しかも天使がまた増える」
「……あなたは自分で自分を幸せにする人ね」
「こらこら。そこは『私に出会えて幸せ者ね』と笑ってキスをするところだろ?レーラ」
甘く名前を囁かれ、そのままどちらともなく甘いキスを交わす。
「今夜は……」
かなり甘い雰囲気に呑み込まれてしまったので、自制の意味も込めて私はそうグレッグに声を掛けた。もちろんグレッグがお腹に負担のかかるような事をするはずがないと信じてはいる。念のため。
「わかってる。そこまで無神経じゃないよ」
「……」
レイチェルが海賊になるって言われて笑っていたじゃない。
「そういう事にしておいてあげましょう」
「私の姫は寛大だ」
「今日は素敵な誕生日だから。幸せだと小さな事は気にならなくなるの。特に相手があなたみたいな愛する人なら……尚更よ」
グレッグが少し切なそうに額を合わせてくる。
初産の時も号泣していたと思い出した。私の事を誰よりも深く理解して、決して私を傷つけない人。そういう特別な人を運命の相手と呼ばずして何だというのだろう。
私はかつて愛する人に裏切られた悲劇の令嬢だった。
傷ついて、絶望して、愚かな選択をした。
そして……今は愛と幸せに満たされた人生を愛している。
「グレッグ、誕生日だから我儘を聞いてほしいの」
「なんだい?」
グレッグが嬉しそうに声を弾ませた。
「あなたが我儘を言ってくれるなんて嬉しいな。誕生日だけなんて遠慮はせずに、もう毎日私に無理難題を押し付けてくれ。さあ、姫。さあ。あなたの望みは何なりと叶えよう」
「レイチェルにそれはやめてね?ただでさえ強いのに加えて我儘に育ったら困るわ」
「いい父親でいると誓うよ。それで、あなたの望みは?」
微笑みを交わし、小さなスローダンスを切り上げて手を繋ぐ。
「名前を考えましょう」
「今夜も?」
「ええ、今夜も」
「そうか。そろそろ事典を作るのもいいな」
「実は最近、決まらない気もしているのよ。生まれて来てくれた時、初めて顔を見て閃くと思うの。その時の為にもたくさん考えておきたくて」
「最高だ」
グレッグはベッドに先回りすると改めて花びらを撒いて、私が寛げるように枕とシーツを整えて恭しく横になるよう促してくる。
目に映る風景ほど甘くロマンチックな匂いではなく、心地よい眠りに誘うような優しい匂い。
柔らかなブーケか花畑に寝転ぶようで、私は満ち足りた溜息を洩らしながら身を委ねた。
グレッグが丁寧にシーツを掛けてくれる。
「キャンドルを消してくるから、待っていて」
囁きと同時に軽く触れるだけのキスをして、グレッグが視界から消える。
暗い天井を見上げて、甘い花の香りに包まれて。
「……」
ハンナ。ルイーザ。アビゲイル。ヘレナ。クロエ……
リアム。フレデリック。ロニー。グレッグ……は私の夫……
サラ。アッシュ。アレクシア。ライアン。コレット。カイラー。キャサリン……
「レーラ」
それは私の名前よ、グレッグ。
「……レーラ、眠ってしまったかい?今日も一日お疲れ様。ゆっくり休んでおくれ。愛してるよ、レーラ。おやすみ、私の愛しい永遠のお姫様」
「……」
眠りに落ちる間際、私は微笑んだのだと思う。
グレッグも優しく笑った気配がした。そして……
「誕生日おめでとう。生まれて来てくれて、本当にありがとう。愛しているよ。レーラ、愛してる……愛してる……」
「……!」
寝室には薔薇の花びらが敷き詰められ、アロマキャンドルが焚かれ、ふんわりと甘く優しい匂いが満ちている。
「誕生日おめでとう」
「……グレッグ、これ……」
二度目の妊娠も関係しているのだろうか。今年は例年にも増してかなり念入りに祝福されている。
「レディ・レーラ、私と踊ってくれませんか?」
正装に近い格好のグレッグが私に歩み寄りそっと手を差し伸べてくる。驚きを隠せないままその手を取り、目立ち始めたお腹の分ゆるやかに抱きあってスローダンスが始まった。
スローダンスにも満たない、優しい抱擁の中で左右に肩を揺らすくらいのものだ。それでもあの夜が蘇った。
グレッグに恋をする前の傷物令嬢だった私。
今ならあの瞬間、もう始まっていたとわかるのに。
「……思い出した。あなたは王子様で、私は心を鎖したお姫様だったわね」
呟くと、グレッグが優しく揶揄うように微笑んだ。
「塔に上るのは大変だったよ。だが価値はあった。私は世界にたった一人だけの愛しい姫君と結婚できた。そして世界一幸せな夫になり、天使に出会えた。しかも天使がまた増える」
「……あなたは自分で自分を幸せにする人ね」
「こらこら。そこは『私に出会えて幸せ者ね』と笑ってキスをするところだろ?レーラ」
甘く名前を囁かれ、そのままどちらともなく甘いキスを交わす。
「今夜は……」
かなり甘い雰囲気に呑み込まれてしまったので、自制の意味も込めて私はそうグレッグに声を掛けた。もちろんグレッグがお腹に負担のかかるような事をするはずがないと信じてはいる。念のため。
「わかってる。そこまで無神経じゃないよ」
「……」
レイチェルが海賊になるって言われて笑っていたじゃない。
「そういう事にしておいてあげましょう」
「私の姫は寛大だ」
「今日は素敵な誕生日だから。幸せだと小さな事は気にならなくなるの。特に相手があなたみたいな愛する人なら……尚更よ」
グレッグが少し切なそうに額を合わせてくる。
初産の時も号泣していたと思い出した。私の事を誰よりも深く理解して、決して私を傷つけない人。そういう特別な人を運命の相手と呼ばずして何だというのだろう。
私はかつて愛する人に裏切られた悲劇の令嬢だった。
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「今夜も?」
「ええ、今夜も」
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「最高だ」
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グレッグが丁寧にシーツを掛けてくれる。
「キャンドルを消してくるから、待っていて」
囁きと同時に軽く触れるだけのキスをして、グレッグが視界から消える。
暗い天井を見上げて、甘い花の香りに包まれて。
「……」
ハンナ。ルイーザ。アビゲイル。ヘレナ。クロエ……
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「……レーラ、眠ってしまったかい?今日も一日お疲れ様。ゆっくり休んでおくれ。愛してるよ、レーラ。おやすみ、私の愛しい永遠のお姫様」
「……」
眠りに落ちる間際、私は微笑んだのだと思う。
グレッグも優しく笑った気配がした。そして……
「誕生日おめでとう。生まれて来てくれて、本当にありがとう。愛しているよ。レーラ、愛してる……愛してる……」
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