35 / 46
35
しおりを挟む
二時間ほどでグレッグは戻った。
それは思いがけず短い待ち時間であると同時に、熟考するには充分な時間でもあった。
「レーラ、本当にすまない。あなたを傷つけてしまった」
「……」
グレッグの声は低く掠れ、後悔の念が窺える。
私は声のほうには振り返らず、ベッドにじっと座ったまま黙り込んだ。声が出なかった。
「言い訳はしない。ただこれだけは伝えさせてほしい。私は、あなたの敵にしかなれないのだとしたら、ミランダと今後一切の交流を持ちはしない」
「……」
「そしてあなたに見限られたとしたら、その後、再婚はしない。この生涯で私の愛する妻は、愛しい女性は、あなただけだ。レーラ」
「……グレッグ」
静かな呼びかけにはグレッグの苦悩と覚悟が溢れている。
たっぷり時間をかけて体の向きを変え、夜の暗がりの中に力なく佇むグレッグを見つめた。
私の中に、夫を疑う気持ちはない。
今もグレッグを愛している。
「あなたは、共に乗り越えさせてほしいと言わなかった?」
「言った。だが、それはあまりにも虫が良すぎるだろう」
「たまには甘えたら?」
自分でも意外だった。
私は微笑んでいた。
グレッグはまるで叱られた子供のように立ち尽くしている。私はベッドを叩き、隣に座るように促す。
この機会を逃しはしないという意思がしっかり伝わる速度で、グレッグは私の隣に迅速に腰掛けた。
「レーラ」
肩が触れると、そのぬくもりに嬉しくなる。
私を抱き寄せて撫でてくれるその大きな手は、いつも愛と幸せを与えてくれた。
私はグレッグの手に自らの手を重ねた。
「あなたと乗り越えるわ。ミランダは、落ち着いた?」
「……」
「何か言いなさいよ」
グレッグが緩やかに私を抱きしめた。
「終始無言で思い詰めた様子だったよ。だから父親に引渡した」
「オファロン伯爵を起こしたのね……こんな夜中に」
「苦労の多い人だ」
私も同じ事を考えていた。
オファロン伯爵が私の父とは違い、娘を愛し守ろうとしたからそれを比べてミランダは大丈夫だと思い込んだ。
だけど本来は痛みを比べるべきではないのだ。
私は無神経だった。
パトリシアを持ち出さなければいけないくらいには、ミランダにとって私は敵になってしまった。
「私は嫌われてしまったけれど、あなたまでミランダの敵にはならないで」
「レーラ……」
「幼馴染に裏切られるのは辛いのよ」
「私は、あなたの夫だ。あなたの傍にいるよ」
「だったら手紙くらい書いてあげて。あなたの励ましなら、ミランダにとって力になるでしょうから」
「……」
グレッグが抱擁を解いた。
私の肩に手を置いて、戸惑うように言葉を絞り出す。
「あなたがそう言ってくれて、正直、嬉しいよ。言葉にできないほど」
「あなたを愛してるから」
「本当にすまない。あなたは強くなったからこそ誤解しているんだ」
「え?」
それからグレッグは強い眼差しで私の目を覗き込んだ。
「あなたを貶めるためにパトリシアの名を出したのではないんだよ」
「……」
私は言葉を失った。
嫌な予感が私をすっぽり飲み込んだ。
グレッグは辛そうに目を眇め、恐ろしい事を口にする。
「パトリシアはミランダに接触している」
「!」
どくん、と。
心臓が怯えたように脈打った。
息が震え、私はグレッグの目を見つめ返したまま震え始めた。
「……嘘よ。ミランダがそう言ったの?」
「言わない。だが否定をしなかった」
「そんな……!」
「聞き出そうとしたが呆然自失で会話が成立しなかったんだ。明日の朝オファロン伯爵が報告してくれる」
「……」
怒りと不安に圧し潰されそうになった私を、グレッグが再び抱きしめた。
それは思いがけず短い待ち時間であると同時に、熟考するには充分な時間でもあった。
「レーラ、本当にすまない。あなたを傷つけてしまった」
「……」
グレッグの声は低く掠れ、後悔の念が窺える。
私は声のほうには振り返らず、ベッドにじっと座ったまま黙り込んだ。声が出なかった。
「言い訳はしない。ただこれだけは伝えさせてほしい。私は、あなたの敵にしかなれないのだとしたら、ミランダと今後一切の交流を持ちはしない」
「……」
「そしてあなたに見限られたとしたら、その後、再婚はしない。この生涯で私の愛する妻は、愛しい女性は、あなただけだ。レーラ」
「……グレッグ」
静かな呼びかけにはグレッグの苦悩と覚悟が溢れている。
たっぷり時間をかけて体の向きを変え、夜の暗がりの中に力なく佇むグレッグを見つめた。
私の中に、夫を疑う気持ちはない。
今もグレッグを愛している。
「あなたは、共に乗り越えさせてほしいと言わなかった?」
「言った。だが、それはあまりにも虫が良すぎるだろう」
「たまには甘えたら?」
自分でも意外だった。
私は微笑んでいた。
グレッグはまるで叱られた子供のように立ち尽くしている。私はベッドを叩き、隣に座るように促す。
この機会を逃しはしないという意思がしっかり伝わる速度で、グレッグは私の隣に迅速に腰掛けた。
「レーラ」
肩が触れると、そのぬくもりに嬉しくなる。
私を抱き寄せて撫でてくれるその大きな手は、いつも愛と幸せを与えてくれた。
私はグレッグの手に自らの手を重ねた。
「あなたと乗り越えるわ。ミランダは、落ち着いた?」
「……」
「何か言いなさいよ」
グレッグが緩やかに私を抱きしめた。
「終始無言で思い詰めた様子だったよ。だから父親に引渡した」
「オファロン伯爵を起こしたのね……こんな夜中に」
「苦労の多い人だ」
私も同じ事を考えていた。
オファロン伯爵が私の父とは違い、娘を愛し守ろうとしたからそれを比べてミランダは大丈夫だと思い込んだ。
だけど本来は痛みを比べるべきではないのだ。
私は無神経だった。
パトリシアを持ち出さなければいけないくらいには、ミランダにとって私は敵になってしまった。
「私は嫌われてしまったけれど、あなたまでミランダの敵にはならないで」
「レーラ……」
「幼馴染に裏切られるのは辛いのよ」
「私は、あなたの夫だ。あなたの傍にいるよ」
「だったら手紙くらい書いてあげて。あなたの励ましなら、ミランダにとって力になるでしょうから」
「……」
グレッグが抱擁を解いた。
私の肩に手を置いて、戸惑うように言葉を絞り出す。
「あなたがそう言ってくれて、正直、嬉しいよ。言葉にできないほど」
「あなたを愛してるから」
「本当にすまない。あなたは強くなったからこそ誤解しているんだ」
「え?」
それからグレッグは強い眼差しで私の目を覗き込んだ。
「あなたを貶めるためにパトリシアの名を出したのではないんだよ」
「……」
私は言葉を失った。
嫌な予感が私をすっぽり飲み込んだ。
グレッグは辛そうに目を眇め、恐ろしい事を口にする。
「パトリシアはミランダに接触している」
「!」
どくん、と。
心臓が怯えたように脈打った。
息が震え、私はグレッグの目を見つめ返したまま震え始めた。
「……嘘よ。ミランダがそう言ったの?」
「言わない。だが否定をしなかった」
「そんな……!」
「聞き出そうとしたが呆然自失で会話が成立しなかったんだ。明日の朝オファロン伯爵が報告してくれる」
「……」
怒りと不安に圧し潰されそうになった私を、グレッグが再び抱きしめた。
558
お気に入りに追加
6,613
あなたにおすすめの小説
【完結】薔薇の花をあなたに贈ります
彩華(あやはな)
恋愛
レティシアは階段から落ちた。
目を覚ますと、何かがおかしかった。それは婚約者である殿下を覚えていなかったのだ。
ロベルトは、レティシアとの婚約解消になり、聖女ミランダとの婚約することになる。
たが、それに違和感を抱くようになる。
ロベルト殿下視点がおもになります。
前作を多少引きずってはいますが、今回は暗くはないです!!
11話完結です。
【完結】わたしの欲しい言葉
彩華(あやはな)
恋愛
わたしはいらない子。
双子の妹は聖女。生まれた時から、両親は妹を可愛がった。
はじめての旅行でわたしは置いて行かれた。
わたしは・・・。
数年後、王太子と結婚した聖女たちの前に現れた帝国の使者。彼女は一足の靴を彼らの前にさしだしたー。
*ドロッとしています。
念のためティッシュをご用意ください。
【完結】私は死んだ。だからわたしは笑うことにした。
彩華(あやはな)
恋愛
最後に見たのは恋人の手をとる婚約者の姿。私はそれを見ながら階段から落ちた。
目を覚ましたわたしは変わった。見舞いにも来ない両親にー。婚約者にもー。わたしは私の為に彼らをやり込める。わたしは・・・私の為に、笑う。
あなたの姿をもう追う事はありません
彩華(あやはな)
恋愛
幼馴染で二つ年上のカイルと婚約していたわたしは、彼のために頑張っていた。
王立学園に先に入ってカイルは最初は手紙をくれていたのに、次第に少なくなっていった。二年になってからはまったくこなくなる。でも、信じていた。だから、わたしはわたしなりに頑張っていた。
なのに、彼は恋人を作っていた。わたしは婚約を解消したがらない悪役令嬢?どう言うこと?
わたしはカイルの姿を見て追っていく。
ずっと、ずっと・・・。
でも、もういいのかもしれない。
【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。
文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。
父王に一番愛される姫。
ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。
優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。
しかし、彼は居なくなった。
聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。
そして、二年後。
レティシアナは、大国の王の妻となっていた。
※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。
小説家になろうにも投稿しています。
エールありがとうございます!
全てを捨てて、わたしらしく生きていきます。
彩華(あやはな)
恋愛
3年前にリゼッタお姉様が風邪で死んだ後、お姉様の婚約者であるバルト様と結婚したわたし、サリーナ。バルト様はお姉様の事を愛していたため、わたしに愛情を向けることはなかった。じっと耐えた3年間。でも、人との出会いはわたしを変えていく。自由になるために全てを捨てる覚悟を決め、わたしはわたしらしく生きる事を決意する。
戻る場所がなくなったようなので別人として生きます
しゃーりん
恋愛
医療院で目が覚めて、新聞を見ると自分が死んだ記事が載っていた。
子爵令嬢だったリアンヌは公爵令息ジョーダンから猛アプローチを受け、結婚していた。
しかし、結婚生活は幸せではなかった。嫌がらせを受ける日々。子供に会えない日々。
そしてとうとう攫われ、襲われ、森に捨てられたらしい。
見つかったという遺体が自分に似ていて死んだと思われたのか、別人とわかっていて死んだことにされたのか。
でももう夫の元に戻る必要はない。そのことにホッとした。
リアンヌは別人として新しい人生を生きることにするというお話です。
「わかれよう」そうおっしゃったのはあなたの方だったのに。
友坂 悠
恋愛
侯爵夫人のマリエルは、夫のジュリウスから一年後の離縁を提案される。
あと一年白い結婚を続ければ、世間体を気にせず離婚できるから、と。
ジュリウスにとっては亡き父が進めた政略結婚、侯爵位を継いだ今、それを解消したいと思っていたのだった。
「君にだってきっと本当に好きな人が現れるさ。私は元々こうした政略婚は嫌いだったんだ。父に逆らうことができず君を娶ってしまったことは本当に後悔している。だからさ、一年後には離婚をして、第二の人生をちゃんと歩んでいくべきだと思うんだよ。お互いにね」
「わかりました……」
「私は君を解放してあげたいんだ。君が幸せになるために」
そうおっしゃるジュリウスに、逆らうこともできず受け入れるマリエルだったけれど……。
勘違い、すれ違いな夫婦の恋。
前半はヒロイン、中盤はヒーロー視点でお贈りします。
四万字ほどの中編。お楽しみいただけたらうれしいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる