8 / 46
8
しおりを挟む
「それはそうと、二人はどうしているんです?」
情けなく苦悩している父に私は尋ねる。
「誰だ……?ロバートか?」
「はい。ロバートはパトリシアとの愛を貫いて結婚すると言っていましたけれど。ロバートには、手紙を偽造した件は秘密のままですか?」
「わからん」
ああ、使えない。
「確認してください。私に許されたいなら、まずはそこをはっきりしてくださらないと」
「……それもそうだな。お前の心の傷が癒えるよう、精一杯やってやろう」
「?」
父は自分の立場というか、責任というものをきちんと理解しているのだろうか。とても疑わしい。
数日後、父は良い報せを持ってきてくれた。
だからといって見直したり、ましてや許そうとは思わない。
「ワージントン伯爵家にもブルック伯爵夫人が直々に詫びを入れたらしい。パトリシアとロバートは結婚しない。二度と会う事もないだろう」
「そうですか」
留飲が下りた……とまではいかないけれど、一つ、すっきりした。
けれど次の瞬間、父はまた信じられない事を口にする。
「ロバートはお前に会いたがっている」
「はい?」
「後悔している。本当は結婚するはずだった、愛しあっていたんだ。当然だろう」
「私の部屋で私の幼馴染とキスをして、私に婚約破棄を叩きつけた男ですよ?」
「パトリシアにすっかり騙されたんだ」
私は呆れてものも言えなかった。
確かにパトリシアのした事は酷いし、私も許せない。でも、父やロバートが自分を棚に上げて全てパトリシアのせいにしようとしているのは、正直、納得がいかなかった。
「待ってください。ロバートだって……」
「まあ、話を聞いてやれ。実は今日、お前に謝りたいと言って来ている」
「え?」
「入りたまえ」
私の意志なんてまるで無視して、父が廊下に声をかけると、蒼白い顔のロバートが重い足取りで姿を現した。
ぎゅっと、胸が痛む。
私が愛した人。私を裏切った人。
「聞いてくれ、レーラ」
「……嫌っ」
私の心の傷は、まだ塞がってすらいなかった。
「嫌よ、出て行って。あなたの顔なんて見たくない」
「わかってくれ。僕は君に裏切られたと思ったんだ」
「そんな事しないわ!」
「今思えばそうだ。あの時の僕は理性を失い、パトリシアを信じてしまった。君がそんな事をするはずないと言い返す事もできたのに、それができなかった。すまなかった、レーラ」
「キスしてたじゃない!!」
そう、ロバートは私を信じなかっただけではなく、心変わりしたのだ。それをなかった事にされてはたまらない。
「あなたは騙されてキスしたの?違うでしょう?あなたの心がパトリシアを選んだから、躊躇なく私を切り捨てたのよ!」
「躊躇なくなんて決めつけないでくれよ!僕の身にもなってくれ!」
「勝手な事を言わないで!」
父もロバートも酷い。
何度私を傷つけたら気が済むの?
「じゃあ、あなたが私の身になって考えてみてよ。ある日突然、悪者にされるの。誕生日に婚約者と幼馴染が愛しあってると知らされて、周囲にはその原因が私にあると思い込まれて、全て失う。耐えられる?」
「だから償うよ。結婚しよう」
あまりに可笑しな提案で、正気を疑う。
実際、私は頭の狂った人たちを相手にしているとしか思えなかった。
「は?あなたと結婚するはずないでしょう?あなたが婚約を破棄すると言ったのよ?」
「だから婚約破棄は撤回する。これで問題解決だ」
「違うわ。あなたは私を裏切ったのよ、何も解決しない」
「裏切っていない。僕は騙された。僕だって被害者なんだ」
そこで父が、困惑したように割り込んでくる。
「どうした、レーラ。結婚したいんじゃなかったのか?」
私は恐ろしい事に気づいてしまった。
父は、私がロバートと結婚したいと言ったと思い込んでいる。
「彼と結婚したいわけないじゃありませんか!たとえ騙されたとしても、私に別の人を愛していると自分の口から言ったのですよ?私の目の前で、他の人にキスを……」
「だから、反省してお前の元に戻ると言ってくれたんだ。何が不満なんだ」
「スチュアート伯爵、これでは話が違う。レーラに許してもらえなかったら僕は勘当されてしまいます!」
ロバートが声を荒げて、一瞬、部屋が静まり返る。
私の悲しみや怒りは凍り付き、完全な軽蔑が胸を占めた。
ロバートは保身のために謝罪しただけ。そんなロバートを父は当然のように擁護する。
男なんて、そんなもの?
くだらない。
「お願いだ、レーラ!君を愛している!本当はずっと君を愛していたんだ!僕が愛しているのは君一人だけだ!結婚してくれ!」
ロバートが泣いて縋ってくる。
私は鼻で笑い、かつて婚約者だった男を見下ろした。
「裏切るとわかっている方の求婚なんて受けません」
「二度と裏切らないと誓う!」
「それのどこが愛なのかしら」
「レーラ、そんな……。僕がこんなに謝っても駄目なのかい?どうすれば元の優しい君に戻ってくれるんだ?」
「……」
「君が元通り笑えるようになるなら、僕はなんだってするよ。愛を証明できる。もう一度だけチャンスをくれ」
なんて都合のいい。
もう乾いた笑いさえ出てこない。
「忘れないで、ロバート。あなたがレーラに付けた傷は、永遠に消えないの。あなたを愛する事は二度とない。あなたに笑いかけるとすればそれは嘲笑だけ。消えてちょうだい」
情けなく苦悩している父に私は尋ねる。
「誰だ……?ロバートか?」
「はい。ロバートはパトリシアとの愛を貫いて結婚すると言っていましたけれど。ロバートには、手紙を偽造した件は秘密のままですか?」
「わからん」
ああ、使えない。
「確認してください。私に許されたいなら、まずはそこをはっきりしてくださらないと」
「……それもそうだな。お前の心の傷が癒えるよう、精一杯やってやろう」
「?」
父は自分の立場というか、責任というものをきちんと理解しているのだろうか。とても疑わしい。
数日後、父は良い報せを持ってきてくれた。
だからといって見直したり、ましてや許そうとは思わない。
「ワージントン伯爵家にもブルック伯爵夫人が直々に詫びを入れたらしい。パトリシアとロバートは結婚しない。二度と会う事もないだろう」
「そうですか」
留飲が下りた……とまではいかないけれど、一つ、すっきりした。
けれど次の瞬間、父はまた信じられない事を口にする。
「ロバートはお前に会いたがっている」
「はい?」
「後悔している。本当は結婚するはずだった、愛しあっていたんだ。当然だろう」
「私の部屋で私の幼馴染とキスをして、私に婚約破棄を叩きつけた男ですよ?」
「パトリシアにすっかり騙されたんだ」
私は呆れてものも言えなかった。
確かにパトリシアのした事は酷いし、私も許せない。でも、父やロバートが自分を棚に上げて全てパトリシアのせいにしようとしているのは、正直、納得がいかなかった。
「待ってください。ロバートだって……」
「まあ、話を聞いてやれ。実は今日、お前に謝りたいと言って来ている」
「え?」
「入りたまえ」
私の意志なんてまるで無視して、父が廊下に声をかけると、蒼白い顔のロバートが重い足取りで姿を現した。
ぎゅっと、胸が痛む。
私が愛した人。私を裏切った人。
「聞いてくれ、レーラ」
「……嫌っ」
私の心の傷は、まだ塞がってすらいなかった。
「嫌よ、出て行って。あなたの顔なんて見たくない」
「わかってくれ。僕は君に裏切られたと思ったんだ」
「そんな事しないわ!」
「今思えばそうだ。あの時の僕は理性を失い、パトリシアを信じてしまった。君がそんな事をするはずないと言い返す事もできたのに、それができなかった。すまなかった、レーラ」
「キスしてたじゃない!!」
そう、ロバートは私を信じなかっただけではなく、心変わりしたのだ。それをなかった事にされてはたまらない。
「あなたは騙されてキスしたの?違うでしょう?あなたの心がパトリシアを選んだから、躊躇なく私を切り捨てたのよ!」
「躊躇なくなんて決めつけないでくれよ!僕の身にもなってくれ!」
「勝手な事を言わないで!」
父もロバートも酷い。
何度私を傷つけたら気が済むの?
「じゃあ、あなたが私の身になって考えてみてよ。ある日突然、悪者にされるの。誕生日に婚約者と幼馴染が愛しあってると知らされて、周囲にはその原因が私にあると思い込まれて、全て失う。耐えられる?」
「だから償うよ。結婚しよう」
あまりに可笑しな提案で、正気を疑う。
実際、私は頭の狂った人たちを相手にしているとしか思えなかった。
「は?あなたと結婚するはずないでしょう?あなたが婚約を破棄すると言ったのよ?」
「だから婚約破棄は撤回する。これで問題解決だ」
「違うわ。あなたは私を裏切ったのよ、何も解決しない」
「裏切っていない。僕は騙された。僕だって被害者なんだ」
そこで父が、困惑したように割り込んでくる。
「どうした、レーラ。結婚したいんじゃなかったのか?」
私は恐ろしい事に気づいてしまった。
父は、私がロバートと結婚したいと言ったと思い込んでいる。
「彼と結婚したいわけないじゃありませんか!たとえ騙されたとしても、私に別の人を愛していると自分の口から言ったのですよ?私の目の前で、他の人にキスを……」
「だから、反省してお前の元に戻ると言ってくれたんだ。何が不満なんだ」
「スチュアート伯爵、これでは話が違う。レーラに許してもらえなかったら僕は勘当されてしまいます!」
ロバートが声を荒げて、一瞬、部屋が静まり返る。
私の悲しみや怒りは凍り付き、完全な軽蔑が胸を占めた。
ロバートは保身のために謝罪しただけ。そんなロバートを父は当然のように擁護する。
男なんて、そんなもの?
くだらない。
「お願いだ、レーラ!君を愛している!本当はずっと君を愛していたんだ!僕が愛しているのは君一人だけだ!結婚してくれ!」
ロバートが泣いて縋ってくる。
私は鼻で笑い、かつて婚約者だった男を見下ろした。
「裏切るとわかっている方の求婚なんて受けません」
「二度と裏切らないと誓う!」
「それのどこが愛なのかしら」
「レーラ、そんな……。僕がこんなに謝っても駄目なのかい?どうすれば元の優しい君に戻ってくれるんだ?」
「……」
「君が元通り笑えるようになるなら、僕はなんだってするよ。愛を証明できる。もう一度だけチャンスをくれ」
なんて都合のいい。
もう乾いた笑いさえ出てこない。
「忘れないで、ロバート。あなたがレーラに付けた傷は、永遠に消えないの。あなたを愛する事は二度とない。あなたに笑いかけるとすればそれは嘲笑だけ。消えてちょうだい」
1,206
お気に入りに追加
6,880
あなたにおすすめの小説

【完結】私は死んだ。だからわたしは笑うことにした。
彩華(あやはな)
恋愛
最後に見たのは恋人の手をとる婚約者の姿。私はそれを見ながら階段から落ちた。
目を覚ましたわたしは変わった。見舞いにも来ない両親にー。婚約者にもー。わたしは私の為に彼らをやり込める。わたしは・・・私の為に、笑う。
そんなに妹が好きなら死んであげます。
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』
フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。
それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。
そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。
イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。
異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。
何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……

【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。
文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。
父王に一番愛される姫。
ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。
優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。
しかし、彼は居なくなった。
聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。
そして、二年後。
レティシアナは、大国の王の妻となっていた。
※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。
小説家になろうにも投稿しています。
エールありがとうございます!
あなたの姿をもう追う事はありません
彩華(あやはな)
恋愛
幼馴染で二つ年上のカイルと婚約していたわたしは、彼のために頑張っていた。
王立学園に先に入ってカイルは最初は手紙をくれていたのに、次第に少なくなっていった。二年になってからはまったくこなくなる。でも、信じていた。だから、わたしはわたしなりに頑張っていた。
なのに、彼は恋人を作っていた。わたしは婚約を解消したがらない悪役令嬢?どう言うこと?
わたしはカイルの姿を見て追っていく。
ずっと、ずっと・・・。
でも、もういいのかもしれない。

手放したくない理由
ねむたん
恋愛
公爵令嬢エリスと王太子アドリアンの婚約は、互いに「務め」として受け入れたものだった。貴族として、国のために結ばれる。
しかし、王太子が何かと幼馴染のレイナを優先し、社交界でも「王太子妃にふさわしいのは彼女では?」と囁かれる中、エリスは淡々と「それならば、私は不要では?」と考える。そして、自ら婚約解消を申し出る。
話し合いの場で、王妃が「辛い思いをさせてしまってごめんなさいね」と声をかけるが、エリスは本当にまったく辛くなかったため、きょとんとする。その様子を見た周囲は困惑し、
「……王太子への愛は芽生えていなかったのですか?」
と問うが、エリスは「愛?」と首を傾げる。
同時に、婚約解消に動揺したアドリアンにも、側近たちが「殿下はレイナ嬢に恋をしていたのでは?」と問いかける。しかし、彼もまた「恋……?」と首を傾げる。
大人たちは、その光景を見て、教育の偏りを大いに後悔することになる。

王太子に婚約破棄されてから一年、今更何の用ですか?
克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しいます。
ゴードン公爵家の長女ノヴァは、辺境の冒険者街で薬屋を開業していた。ちょうど一年前、婚約者だった王太子が平民娘相手に恋の熱病にかかり、婚約を破棄されてしまっていた。王太子の恋愛問題が王位継承問題に発展するくらいの大問題となり、平民娘に負けて社交界に残れないほどの大恥をかかされ、理不尽にも公爵家を追放されてしまったのだ。ようやく傷心が癒えたノヴァのところに、やつれた王太子が現れた。

戻る場所がなくなったようなので別人として生きます
しゃーりん
恋愛
医療院で目が覚めて、新聞を見ると自分が死んだ記事が載っていた。
子爵令嬢だったリアンヌは公爵令息ジョーダンから猛アプローチを受け、結婚していた。
しかし、結婚生活は幸せではなかった。嫌がらせを受ける日々。子供に会えない日々。
そしてとうとう攫われ、襲われ、森に捨てられたらしい。
見つかったという遺体が自分に似ていて死んだと思われたのか、別人とわかっていて死んだことにされたのか。
でももう夫の元に戻る必要はない。そのことにホッとした。
リアンヌは別人として新しい人生を生きることにするというお話です。

そちらから縁を切ったのですから、今更頼らないでください。
木山楽斗
恋愛
伯爵家の令嬢であるアルシエラは、高慢な妹とそんな妹ばかり溺愛する両親に嫌気が差していた。
ある時、彼女は父親から縁を切ることを言い渡される。アルシエラのとある行動が気に食わなかった妹が、父親にそう進言したのだ。
不安はあったが、アルシエラはそれを受け入れた。
ある程度の年齢に達した時から、彼女は実家に見切りをつけるべきだと思っていた。丁度いい機会だったので、それを実行することにしたのだ。
伯爵家を追い出された彼女は、商人としての生活を送っていた。
偶然にも人脈に恵まれた彼女は、着々と力を付けていき、見事成功を収めたのである。
そんな彼女の元に、実家から申し出があった。
事情があって窮地に立たされた伯爵家が、支援を求めてきたのだ。
しかしながら、そんな義理がある訳がなかった。
アルシエラは、両親や妹からの申し出をきっぱりと断ったのである。
※8話からの登場人物の名前を変更しました。1話の登場人物とは別人です。(バーキントン→ラナキンス)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる