魔王転生記。

ちくわ天

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一章

1-11 初めての外出

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フォートレス迷宮第一層『大広間』

転移陣により第一層まで登上がってきた2人。
今回はカイルも一緒に転移したようだ。

迷宮の入り口に向かって歩き出す。

迷宮には出口はなく、迷宮を出る際には入り口から出る必要がある。

「迷宮でて、いきなりドラゴンに襲われたらどうする?」
カイルがニヤニヤしながら聞いてくる。
「そうしたらお前だけ置いて逃げる」
「ひっでぇ」
くだらない返しをしたアッシュはふと疑問が浮かんだ。
「貴様は他人から見えるのか?」
「どうなんだろ、まぁ見えないんじゃないの?」
「なら、外では喋りかけるなよ」
「ひでぇ」
そんなやりとりをしながら、入口に向かう階段を登る。
入口から見える外の光は淡く、土の匂いがする風が通り抜けていく。

アッシュは不安と緊張があった。

初めての世界で、初めての外。
どんな生物がいるのか、どんな街があるのか。

考えても考えても分からない。
この世界は経験することで知ることができるのだろうか。前の世界のように。

自分でも感傷的だと思い、口元が緩む。
それを横目に見てくる勇者。

敵ながらに出会い、一緒にいることになってしまった諸悪の根源。
そんな彼とも少しは上手くやれるだろうか。

アッシュは少しだけの期待を覚えて、外に出る。



外は月明かりで満たされていた。
どうやらここは森の中で、敵らしきものは見当たらない。
アッシュは安堵し、あたりを見渡す。

迷宮の入り口は祠のようなものが建っていた。
森の中でポツンと建つ祠は不自然すぎて目立っている。
誰かに見つかる前に隠したいが、とりあえず散策することにした。

今ここで祠を壊せば入口を塞ぐ事ができるが、それは迷宮が許さない。

ある学者が迷宮は生き物だと説いている。
それはアッシュも同じ考えを持っている。
確かにコアと繋がった際、迷宮の鼓動を感じた。
迷宮は生きており、呼吸をしている。
そのため、呼吸器官となる入口を塞いでしまうと、迷宮は死んでしまう。

どのように隠すか考えながら、歩き出すとベチャッと音がした。
地面を見ると、土は多くの水分を含んでおり、泥濘んでいる。
雨が降ったのかと思い、木を見るが濡れた様子はなかった。
近くに水源でも流れているのだろうか。

「あっちの方、拓けてるよ」
辺りを見回っていたカイルが戻ってくる。
カイル自身も少し興奮を抑えきれないらしい。
カイルは一言だけいい、一足先に行ってしまった。
バチャッと音を立ててカイルの後を追いかける。


森の中でぽっかりと空いたその場所は、月明かりに照らされて、キラキラと鈍く輝いていた。
地面が光っている訳ではなかった。
一足先に着いたカイルは風によってユラユラと揺れる水面を見て、此処が沼地である事に気づいた。

月明かりに照らされる沼の水は茶色く濁っており、所々に曲がった木や植物が顔を出している。

周りには植物に誘われてか、光る虫があちこちに飛んでいる。
異質な空間である。
ただ、カイルはこの空間に見惚れている。
前の世界では勇者として様々な場所を目にしてきた。
しかし、勇者の使命として、機械的に動いていたカイルに風景を楽しむ余裕などなかった。

異質的で、特異的で、それでいてどこか幻想的な光景に酷く惹かれている。
この感動を分かち合おうと後ろを振り向いて、ギョッとする。

そこには地面に杖を突き刺して魔術を唱えようとしているアッシュの姿があった。
「な、何してるの?」
「何って、土魔術の練習だが」
「いや、それは見れば分かるんだけど」
面倒くさそうな顔でアッシュが睨んでくる。
(この魔王様には感情がないのだろうか…)
「ここでやる必要あるの?こんなに綺麗な場所なのに」
カイルにはこの風景を壊されるのは心が痛むため、他の場所に促そうとする。
「ここの土は魔力を多く含んでいる。練習するには十分だ。それ以前に貴様にはこの場所の魔力を感じていないのか?」

カイルには気付けるはずが無かった。
アッシュの力を奪う際に、体に巡る全ての魔力器官を失ってしまったため、魔力を感知することすら出来なくなっている。

「霊体になったから感知するのが難しいんだよ」
何故か嘘をついてしまった。
アッシュはそれ以上追求する事はなかった。
「まぁいい。私とて、この場所を壊すつもりはない。ただ、少しだけ拡張するのだ」
そう言うと、アッシュは魔術を発動する。

『土魔術「地質変化」』
箱の中にある魔石が黄土色に光る。
その光は杖を通り、地面に流れていく。
そこにアッシュの微量の魔力も混ざり合って焦げた茶色の魔力に変わっていく。
杖が刺さった地面から波紋状に揺れ、沼の水面に触れる。
この沼はアッシュの言う通り、多くの魔力を含んでいる。
理由は近くの山岳にある魔石が溶けだして、地下脈を辿り、ここまで流れ着いたのか。はたまた、魔物の死骸が養分となって、魔力に変わったのか。

どちらにしろ、アッシュには好都合だった。
魔力が殆どないため、魔石に頼らなければならなかったが、それでは心許なかった。
そこに魔力を含んだ沃土を見つける事が出来た。
使わない手はない。

沼の泥を引き寄せるように魔力を練り込む。
波だっていた足元の土がボコボコと噴きだしてくる。
アッシュの足元まで沼地が広がり、黒いブーツが茶色に汚される。

そのまま広がる沼地はやがて迷宮の入口まで押し寄せ、中に流れ込む。
人が水を欲するように、魔力を渇望していた迷宮は歓喜をあげる。
人の身体に血液が循環するように、第一層の迷宮に魔力が行き渡る。
第一層は沼地の迷宮に変質する。
しかし、まだ足りない。
アッシュが迷宮として機能する為の力が決定的に欠如している。

迷宮の変化に気づいたアッシュは魔術の発動を止め、蒼く光る月を見上げる。
(こっちの世界でも月明かりは同じなのか…)

すると、ガサガサッと森の中から人が現れ、此方を見ている。
「誰だ。貴様は」
アッシュは思わず声をあげてしまった。
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感想 1

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みんなの感想(1件)

エマワトソン

体液!体液ィ!!

ちくわ天
2021.12.10 ちくわ天

感想ありがとうございます。
体液も素晴らしいですよね。
色々妄想が捗ります。
始めは体液にするつもりだったのですがそれなら血液摂取すればいいじゃないのとなってしまった為、断念してしまいました。
駄文ですが、これからもよろしくお願いします。

解除

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