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序章
魔王転生
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豪華絢爛な装飾が施された薄暗い広間で、勇者と呼ばれる男は茫然と立ち尽くしていた。
周りの仲間達はとうに力尽きていた。
「所詮この程度か」
目の前の男が呟いた。
灰の王。名はアッシュ=フォン=アンデルセン。200年以上、魔王として君臨しており、見た目は燻んだ白の髪色を持ち、まるで作り物のような整った顔立ちをしている壮年の男である。
「他愛もない」
灰の王はそれだけを言うと呪文を唱えた。
「ここ、、までか、、」
「お疲れ様です、アッシュ様」
側近であるマルフィスが話しかけてきた。
「奴らの遺体は如何なさいますか」
「王国に送っておけ」
「畏まりました」
アッシュは億劫そうに告げると広間を出て行こうとした。
マルフィスは頭を下げつつ、勇者の亡骸を横目で見た時、死んでいるはずの勇者の体から魔力が溢れ出しているのに気付いた。
「アッシュ様!」
マルフィスが叫びつつ、咄嗟にアッシュを庇おうとするも術式の発動の方が早く、とても間に合わない。
アッシュ自身も防御魔法を発動させたが無効化され、辺り一面に勇者の魔力が充満し、術式が展開された。それ同時に勇者の声が聞こえた。
「どうせ死ぬんだ。それならお前も一緒にこの世界から跡形もなく消し去ってやろう」
それは奇跡にも近い術式であり、アッシュの知るものでは無かった。
恐らくは勇者の加護によって編まれた特別な術式なのであろう。
魔術を受けたアッシュは浮遊感に襲われ、後からとてつもない倦怠感に襲われて意識を手放した。
一体どれ程の時間が経ったのだろうか。
目を覚ましたアッシュは霞がかった頭をふり、起き上がった。覚醒しかけてきたと同時に違和感を覚えた。
いつもの目線より低い気がし、自分の手を見てみるが、そこにあったのは皺が入り始めていた手ではなく、水を弾きそうなほどの若々しい手であった。
「なんだ、これは」
混乱を覚えつつ、あたりを見回してみるが、そこにはマルフィスや勇者たちの亡骸はなく、見知らぬ場所であった。いや、正確には部屋の扉や、装飾の配置には見覚えがあったが、どこも朽ちており、かつて仲間と共に作り上げた部屋は見る影も無かった。
さらに混乱が増したアッシュは周囲を探る為に探知の魔術を発動しようとしたが、うまく魔術を編むことが出来ず、手元で魔力が霧散していった。
「なぜ…」
「やっと起きたみたいだね」
困惑していると唐突に声をかけられた。
振り返ると死んだはずの勇者が微笑んでいた。いや、恐らくは死んでいるのだろう。何故なら、身体は透けており、足元に至っては消えているのだから。
「なぜ貴様がここに」
アッシュが問うと小馬鹿にした様に笑い、話始めた。
「貴様じゃなくて、カイル=マーティンだ。話を戻すとして、なぜここにいるかって?もちろん君に殺されたからに決まってるじゃないか」
勇者はぶっきらぼうに答え始めた。
こんな奴だったか?数刻とはいえ、殺し合った青年は冷静沈着で、思慮深い性格であったと感じており、こんな胡散臭い笑みを浮かべる人物とは思えなかった。
そう考えている間にもカイルはぶつぶつと話し続けていた。
「大体、勇者なんてやりたくも無かったんだ。
それなのに周りは勇者の生まれ変わりだの、神の遣いだの適当にほざきやがって。こっちは仕方なく望んでもいない勇者像を作り上げて、皆の期待を答えられるように勇者をやっていたのに。
魔王を倒せば使命は終わり、後は自由に暮らせると思っていたのに、諸悪の根源はあり得ないほどに強いし、戦っている途中から馬鹿らしくなったよ」
如何やら、こいつも随分と苦労したのだろうと少し同情したが、ここにいる答えには全くなっていなかった。
口に出すか迷っていると、カイルは急に笑いながら話し始めた。
結構ヤバイ奴なんじゃないかと思えてきた。
「あっ、そうそう、なぜここに居るかだったね。それはもちろん君に呪いをかけたからに決まってるじゃないか。」
「呪い…?」
久々に反応したアッシュに対してカイルは嬉しそうに頬を綻ばせながら答えた。
「そう、呪いさ!君と戦っている途中から勝つのは諦めて、死んだ時に発動するよう術式を編んでいたんだ。もちろん、必死に戦っている仲間には悪いと思ったけどね」
カイルはわざとらしく肩を窄めて首を振ったのに対して、アッシュは眉を顰めるのみであった。
「もちろん呪いで君を殺すことは力の差がありすぎて出来なかったけど、腐っても勇者の血と女神の加護を受け継いでないからね。できる限りの魔術と呪いをかけさせてもらったよ」
魔術と呪い。一見似ているようであるが、全くの別物であり、魔術は自分自身の野望や欲望を叶えるものに対し、呪いは誰かに対して非常に強い恨みを持ち、禍を起こすものである。
カイルはおもちゃを貰った子供のような笑顔を浮かべ、アッシュにかけた魔術と呪いについて語り出した。
「君にかけた魔術は異界転生術。知ってはいるだろう」
確かに知ってはいたが、魔王と呼ばれるアッシュでさえ使うことのできない魔術である。最後に確認されたのは300年ほど前になり、誰が何のために使ったかは記されていない。
その魔術を使った彼は勇者に選ばれただけの才能はあるのだろうと感心した。
「まぁ、でも正確に魔術を編めるわけじゃないから君だけを異界に飛ばす事は出来なかったよ」
アッシュはここでカイルが霊体化した状態でここに居る訳を大体察した。
つまり、死後発動する魔術の中で異界転生術を組み込んだがカイルの実力が足りず、自分の魂を異界の門との繋ぎとしてアッシュを飛ばしたのだろう。
その後、肉体は魔術で消滅してしまい、残った魂だけが異界に飛ばされたのだ。
敵ながら大したものだと感心したが、新たな疑問が浮かんだ。
「なぜ、貴様の魂は消滅していない?
通常であればそれほどの魔術を使った段階で魂が擦り切れ、消滅するはずだ」
「通常じゃないからさ」
一本取ってやったと笑うカイルにアッシュは顔を顰めた。
ただでさえ状況が追いつけず、苛立っているのにふざけたように話すカイルに殺意さえ芽生えてきた。
「そんなに怒るなよ…冗談じゃないか。
それから一緒に暮らしていくんだから仲良くしようよ、魔王様」
「は?」
とんでもない発言にアッシュは思わず素が出てしまった。だが仕方ないだろう。
敵であり、殺された相手に対して一緒に暮らすと言ったのだ。とても正気の沙汰とは思えない。
渋い顔をしているアッシュにクスクスと笑いながらカイルはその言葉の意味を話し始めた。
「僕がかけた呪いは与奪の呪いだ。与奪とは言っても一度しか使えないし、命を奪うことも出来ない。ただ、それ以外はなんでも奪え、与えることができる」
もちろんアッシュもこの呪いについては知っていた。ただ、与えるもの価値と奪うもの価値が等しくないと発動することが出来ない使い勝手の悪い呪いだと認識している。
しかし、呪いの名を聞いた瞬間、大体察することができた。
アッシュの反応にカイルは気づいたようで微笑みながら話した。
「やっと分かってくれたね。君の力を奪う代わりに僕の魂と肉体の生命力を与えたんだ。
だから僕の魂は君に固定化され、消滅しなかった。そして君は力を失い、若返った。
奪った力は大地に還元されるように設定したんだ。じゃないとうまく呪いが発動しなかったからね。まぁ、人々にとって豊かな世界になるはずさ。転生してしまった僕たちにはどうでもいい話だけどね」
話を聞いたアッシュはここにきて初めて絶望を覚えた。
アッシュの力はかつての仲間たちと共に手に入れた力であり、かけがえのない記憶であるから。
それらが粉々になって、アッシュの中から消え去ったと感じた。
足の力が抜け、地面に座り込むアッシュにアレンは少し驚いた表情を見せ、話を続けた。
「ただ、君の力が強すぎたせいで全てが奪えた訳じゃないんだ。あくまでその場凌ぎと言うか、飛ばすためと言うか」
モゴモゴと話すカイルにアッシュは困惑した表情を浮かべ、次の言葉を聞いた瞬間、微かに希望の輝きを取り戻した。
「つまり、また力を取り戻せるということさ」
少し落ち着きを取り戻したアッシュは問いただした。
「どの様にすれば、力は戻るのだ?」
「今まで覚えてきたこととそんなに変わりはないさ。忘れてしまった魔術の基礎を学び、術を繰り返す。そうすれば時期に力は戻ってくるよ」
アッシュは安堵の表情を浮かべ、急いで書物庫へ向かおうとしたがここで最大の疑問点に気づいた。
「ここは私の迷宮なのか?荒れてはいるが、見間違えるはずがない」
カイルに問いかけるとあぁ、と呟き、顎に手を置き、考える様に話した。
「ここは確かに君の迷宮だね。転生する時に君の迷宮全体を座標にして転生させたから、きっと君の一部である迷宮まで着いてきてしまったんじゃないかな」
迷宮とは、一定の土地に眠っている特別なコアに魔力を流すことよって、作り出すことの出来る拠点のようなものある。
魔術師の力が強大なほど自由に迷宮を作り変えることができ、城や塔みたいに上に伸ばすことや、地下に空間を作り出すことも出来る。
また、迷宮はコアに魔力を流した者を主と定め、迷宮と主が繋がる仕組みになっている。
アッシュはかつての仲間と共に"フォートレス迷宮"と呼ばれる迷宮を作り出し、難攻不落の迷宮として多くの者達から恐れられていた。
迷宮を作る際には何度も仲間と衝突したし、迷宮を大きくする為に命懸けで素材を集めたりもした。
アッシュにとって迷宮とは自分の命より大事な物である。
そんな輝かしい思い出に耽っていると、カイルは水を差す様に言ってきた。
「まぁ、主人が力を失ってしまったから迷宮も弱まってしまったんだね」
嫌な事を思い出させる。
確かに重要な事であり、コアに魔力を流せていない状態では迷宮を維持するのは難しいだろう。
今いる場所は最深部「心臓の間」である。
ここにはコアを保護する為の神殿であり、外からは決して中に入る事が出来ない。
この神殿には迷宮の存続に関わる緊急時に主のみが転移出来る重要な部屋であり、外に出る際には、部屋にある唯一の扉から迷宮内にある他の階層へと転移が出来る様になっている。
急いで書物庫に行こうとしていたが、ここまでの状況を整理し、大分落ち着きを取り戻してきたアッシュは迷宮の状態を確認する為に、コアに近づいた。
自分でもここまで冷静になれなかったのは肉体的だけでなく、精神的にも若返ってしまったのだろうと考えてつつ、コアに触れた。
迷宮の状況は大体思っていた通りだった。
重要度の低い議場や闘技場、住む者がいない居住区などは機能が停止し、埋もれてしまった。
それに対し、重要度が高い書物庫や宝物庫、迷宮入口となる第一層、そして、かつての仲間たちが眠る墓場は機能しており、転生前と変わらない状態であった。
これには思い通りであったが、アッシュ安堵し、目的である書物庫に向かおうとする。
しかし、またしても「そうだ」と声を出したカイルに邪魔される。
流石のアッシュも文句を言ってやろうと思い、カイルに睨みつけた。
だがアッシュが声を上げる前にカイルがバツ悪そうな顔をして話始めた。
「重要な事を言い忘れてたんだ。実は僕まだ童貞だったんだ」
突然の暴露にカイルは思いっきり顔を顰めた。
勇者の性事情なんて微塵も興味ないし、知りたくもない。何に関係あるんだと。
カイルはアッシュの事など気にせず話し続けた。
「女神の加護とか訳の分からない物のせいで性行為が禁止されていたんだ。勇者は純潔であれってね。
自分で慰めることは出来たんだけど性的興奮を覚える事が出来ないせいでこの22年間、誰とも交わる事もしないで死んでしまったんだ」
カイルは心底残念そうに言い切った。
脈絡が無いと思っていたアッシュは話が繋がり始めてしまった。
与えられてしまった…。しかし何を奪われた…?
顔が青ざめたアッシュを満足そうに眺めているカイルは高揚した表情で語り出した。
「これには想定してなかったことだけど安心していいよ。ただの勇者の純潔だから、命に関わることじゃない。まぁ、まさか純潔を与えることが出来ると思わなかったけど」
まるで勿体ぶっている様に語る。
「そう、君が力を得る為に重要なことだ。純潔を与えてしまったことにより、力を得る方法を奪わざるおえなかった。
君がこれから力を得る為には必要になる物がある。愛液だ。愛液が必要になるんだ。しかも、『男』のね」
まわりくどい言い方にアッシュは今まで以上に顔を顰めた。
周りの仲間達はとうに力尽きていた。
「所詮この程度か」
目の前の男が呟いた。
灰の王。名はアッシュ=フォン=アンデルセン。200年以上、魔王として君臨しており、見た目は燻んだ白の髪色を持ち、まるで作り物のような整った顔立ちをしている壮年の男である。
「他愛もない」
灰の王はそれだけを言うと呪文を唱えた。
「ここ、、までか、、」
「お疲れ様です、アッシュ様」
側近であるマルフィスが話しかけてきた。
「奴らの遺体は如何なさいますか」
「王国に送っておけ」
「畏まりました」
アッシュは億劫そうに告げると広間を出て行こうとした。
マルフィスは頭を下げつつ、勇者の亡骸を横目で見た時、死んでいるはずの勇者の体から魔力が溢れ出しているのに気付いた。
「アッシュ様!」
マルフィスが叫びつつ、咄嗟にアッシュを庇おうとするも術式の発動の方が早く、とても間に合わない。
アッシュ自身も防御魔法を発動させたが無効化され、辺り一面に勇者の魔力が充満し、術式が展開された。それ同時に勇者の声が聞こえた。
「どうせ死ぬんだ。それならお前も一緒にこの世界から跡形もなく消し去ってやろう」
それは奇跡にも近い術式であり、アッシュの知るものでは無かった。
恐らくは勇者の加護によって編まれた特別な術式なのであろう。
魔術を受けたアッシュは浮遊感に襲われ、後からとてつもない倦怠感に襲われて意識を手放した。
一体どれ程の時間が経ったのだろうか。
目を覚ましたアッシュは霞がかった頭をふり、起き上がった。覚醒しかけてきたと同時に違和感を覚えた。
いつもの目線より低い気がし、自分の手を見てみるが、そこにあったのは皺が入り始めていた手ではなく、水を弾きそうなほどの若々しい手であった。
「なんだ、これは」
混乱を覚えつつ、あたりを見回してみるが、そこにはマルフィスや勇者たちの亡骸はなく、見知らぬ場所であった。いや、正確には部屋の扉や、装飾の配置には見覚えがあったが、どこも朽ちており、かつて仲間と共に作り上げた部屋は見る影も無かった。
さらに混乱が増したアッシュは周囲を探る為に探知の魔術を発動しようとしたが、うまく魔術を編むことが出来ず、手元で魔力が霧散していった。
「なぜ…」
「やっと起きたみたいだね」
困惑していると唐突に声をかけられた。
振り返ると死んだはずの勇者が微笑んでいた。いや、恐らくは死んでいるのだろう。何故なら、身体は透けており、足元に至っては消えているのだから。
「なぜ貴様がここに」
アッシュが問うと小馬鹿にした様に笑い、話始めた。
「貴様じゃなくて、カイル=マーティンだ。話を戻すとして、なぜここにいるかって?もちろん君に殺されたからに決まってるじゃないか」
勇者はぶっきらぼうに答え始めた。
こんな奴だったか?数刻とはいえ、殺し合った青年は冷静沈着で、思慮深い性格であったと感じており、こんな胡散臭い笑みを浮かべる人物とは思えなかった。
そう考えている間にもカイルはぶつぶつと話し続けていた。
「大体、勇者なんてやりたくも無かったんだ。
それなのに周りは勇者の生まれ変わりだの、神の遣いだの適当にほざきやがって。こっちは仕方なく望んでもいない勇者像を作り上げて、皆の期待を答えられるように勇者をやっていたのに。
魔王を倒せば使命は終わり、後は自由に暮らせると思っていたのに、諸悪の根源はあり得ないほどに強いし、戦っている途中から馬鹿らしくなったよ」
如何やら、こいつも随分と苦労したのだろうと少し同情したが、ここにいる答えには全くなっていなかった。
口に出すか迷っていると、カイルは急に笑いながら話し始めた。
結構ヤバイ奴なんじゃないかと思えてきた。
「あっ、そうそう、なぜここに居るかだったね。それはもちろん君に呪いをかけたからに決まってるじゃないか。」
「呪い…?」
久々に反応したアッシュに対してカイルは嬉しそうに頬を綻ばせながら答えた。
「そう、呪いさ!君と戦っている途中から勝つのは諦めて、死んだ時に発動するよう術式を編んでいたんだ。もちろん、必死に戦っている仲間には悪いと思ったけどね」
カイルはわざとらしく肩を窄めて首を振ったのに対して、アッシュは眉を顰めるのみであった。
「もちろん呪いで君を殺すことは力の差がありすぎて出来なかったけど、腐っても勇者の血と女神の加護を受け継いでないからね。できる限りの魔術と呪いをかけさせてもらったよ」
魔術と呪い。一見似ているようであるが、全くの別物であり、魔術は自分自身の野望や欲望を叶えるものに対し、呪いは誰かに対して非常に強い恨みを持ち、禍を起こすものである。
カイルはおもちゃを貰った子供のような笑顔を浮かべ、アッシュにかけた魔術と呪いについて語り出した。
「君にかけた魔術は異界転生術。知ってはいるだろう」
確かに知ってはいたが、魔王と呼ばれるアッシュでさえ使うことのできない魔術である。最後に確認されたのは300年ほど前になり、誰が何のために使ったかは記されていない。
その魔術を使った彼は勇者に選ばれただけの才能はあるのだろうと感心した。
「まぁ、でも正確に魔術を編めるわけじゃないから君だけを異界に飛ばす事は出来なかったよ」
アッシュはここでカイルが霊体化した状態でここに居る訳を大体察した。
つまり、死後発動する魔術の中で異界転生術を組み込んだがカイルの実力が足りず、自分の魂を異界の門との繋ぎとしてアッシュを飛ばしたのだろう。
その後、肉体は魔術で消滅してしまい、残った魂だけが異界に飛ばされたのだ。
敵ながら大したものだと感心したが、新たな疑問が浮かんだ。
「なぜ、貴様の魂は消滅していない?
通常であればそれほどの魔術を使った段階で魂が擦り切れ、消滅するはずだ」
「通常じゃないからさ」
一本取ってやったと笑うカイルにアッシュは顔を顰めた。
ただでさえ状況が追いつけず、苛立っているのにふざけたように話すカイルに殺意さえ芽生えてきた。
「そんなに怒るなよ…冗談じゃないか。
それから一緒に暮らしていくんだから仲良くしようよ、魔王様」
「は?」
とんでもない発言にアッシュは思わず素が出てしまった。だが仕方ないだろう。
敵であり、殺された相手に対して一緒に暮らすと言ったのだ。とても正気の沙汰とは思えない。
渋い顔をしているアッシュにクスクスと笑いながらカイルはその言葉の意味を話し始めた。
「僕がかけた呪いは与奪の呪いだ。与奪とは言っても一度しか使えないし、命を奪うことも出来ない。ただ、それ以外はなんでも奪え、与えることができる」
もちろんアッシュもこの呪いについては知っていた。ただ、与えるもの価値と奪うもの価値が等しくないと発動することが出来ない使い勝手の悪い呪いだと認識している。
しかし、呪いの名を聞いた瞬間、大体察することができた。
アッシュの反応にカイルは気づいたようで微笑みながら話した。
「やっと分かってくれたね。君の力を奪う代わりに僕の魂と肉体の生命力を与えたんだ。
だから僕の魂は君に固定化され、消滅しなかった。そして君は力を失い、若返った。
奪った力は大地に還元されるように設定したんだ。じゃないとうまく呪いが発動しなかったからね。まぁ、人々にとって豊かな世界になるはずさ。転生してしまった僕たちにはどうでもいい話だけどね」
話を聞いたアッシュはここにきて初めて絶望を覚えた。
アッシュの力はかつての仲間たちと共に手に入れた力であり、かけがえのない記憶であるから。
それらが粉々になって、アッシュの中から消え去ったと感じた。
足の力が抜け、地面に座り込むアッシュにアレンは少し驚いた表情を見せ、話を続けた。
「ただ、君の力が強すぎたせいで全てが奪えた訳じゃないんだ。あくまでその場凌ぎと言うか、飛ばすためと言うか」
モゴモゴと話すカイルにアッシュは困惑した表情を浮かべ、次の言葉を聞いた瞬間、微かに希望の輝きを取り戻した。
「つまり、また力を取り戻せるということさ」
少し落ち着きを取り戻したアッシュは問いただした。
「どの様にすれば、力は戻るのだ?」
「今まで覚えてきたこととそんなに変わりはないさ。忘れてしまった魔術の基礎を学び、術を繰り返す。そうすれば時期に力は戻ってくるよ」
アッシュは安堵の表情を浮かべ、急いで書物庫へ向かおうとしたがここで最大の疑問点に気づいた。
「ここは私の迷宮なのか?荒れてはいるが、見間違えるはずがない」
カイルに問いかけるとあぁ、と呟き、顎に手を置き、考える様に話した。
「ここは確かに君の迷宮だね。転生する時に君の迷宮全体を座標にして転生させたから、きっと君の一部である迷宮まで着いてきてしまったんじゃないかな」
迷宮とは、一定の土地に眠っている特別なコアに魔力を流すことよって、作り出すことの出来る拠点のようなものある。
魔術師の力が強大なほど自由に迷宮を作り変えることができ、城や塔みたいに上に伸ばすことや、地下に空間を作り出すことも出来る。
また、迷宮はコアに魔力を流した者を主と定め、迷宮と主が繋がる仕組みになっている。
アッシュはかつての仲間と共に"フォートレス迷宮"と呼ばれる迷宮を作り出し、難攻不落の迷宮として多くの者達から恐れられていた。
迷宮を作る際には何度も仲間と衝突したし、迷宮を大きくする為に命懸けで素材を集めたりもした。
アッシュにとって迷宮とは自分の命より大事な物である。
そんな輝かしい思い出に耽っていると、カイルは水を差す様に言ってきた。
「まぁ、主人が力を失ってしまったから迷宮も弱まってしまったんだね」
嫌な事を思い出させる。
確かに重要な事であり、コアに魔力を流せていない状態では迷宮を維持するのは難しいだろう。
今いる場所は最深部「心臓の間」である。
ここにはコアを保護する為の神殿であり、外からは決して中に入る事が出来ない。
この神殿には迷宮の存続に関わる緊急時に主のみが転移出来る重要な部屋であり、外に出る際には、部屋にある唯一の扉から迷宮内にある他の階層へと転移が出来る様になっている。
急いで書物庫に行こうとしていたが、ここまでの状況を整理し、大分落ち着きを取り戻してきたアッシュは迷宮の状態を確認する為に、コアに近づいた。
自分でもここまで冷静になれなかったのは肉体的だけでなく、精神的にも若返ってしまったのだろうと考えてつつ、コアに触れた。
迷宮の状況は大体思っていた通りだった。
重要度の低い議場や闘技場、住む者がいない居住区などは機能が停止し、埋もれてしまった。
それに対し、重要度が高い書物庫や宝物庫、迷宮入口となる第一層、そして、かつての仲間たちが眠る墓場は機能しており、転生前と変わらない状態であった。
これには思い通りであったが、アッシュ安堵し、目的である書物庫に向かおうとする。
しかし、またしても「そうだ」と声を出したカイルに邪魔される。
流石のアッシュも文句を言ってやろうと思い、カイルに睨みつけた。
だがアッシュが声を上げる前にカイルがバツ悪そうな顔をして話始めた。
「重要な事を言い忘れてたんだ。実は僕まだ童貞だったんだ」
突然の暴露にカイルは思いっきり顔を顰めた。
勇者の性事情なんて微塵も興味ないし、知りたくもない。何に関係あるんだと。
カイルはアッシュの事など気にせず話し続けた。
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自分で慰めることは出来たんだけど性的興奮を覚える事が出来ないせいでこの22年間、誰とも交わる事もしないで死んでしまったんだ」
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脈絡が無いと思っていたアッシュは話が繋がり始めてしまった。
与えられてしまった…。しかし何を奪われた…?
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