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七年前 五
しおりを挟む午後九時。疲れ切った身体をベッドに預けるが、眠気がくる気配はまるでなかった。昼間に見えてしまったものが、ひとりになったいま、ふたたび現れるのではないかという懸念に、速い心拍が鳴り止まない。
突然、外側から強い光がピカッと部屋を照らした。昨晩と同じような雷。マリナは震えながら身を起こし、ベッドから降りた。またあの金縛りにあってしまいそうで。
この地に着いた足の感触、どくどくと鳴り止まない脈、雷に一瞬だけ照らし出される室内、その全てが現実のものだと断定できた。彼女は、いま確かな現実感を持っていると確信していた。明らかに現実離れしているけれど、でも決して夢ではない。
彼女は震える指先で、部屋の明かりの紐を引いた。
光が与えられた部屋を見回す。背後にも、誰もいない。彼女は大きく深呼吸をしてから、勉強机に座った。机に頬杖をついて考える。——なんでわたしは。なんでこんなことに。
ぼうっとした視線を向けていた教科書の本棚のなかに、くすんだ青色の本が入っていた。
「これは……」
最初から入っていたのだろうか。どこかで使っただろうか。背表紙には何も記されていないその薄い本を取り出し、最初のページを開く。
そこには「人間の記憶と体細胞について——人間機械論的一考察」とタイトルが付されており、知らない著者の名と出版社名が下部に記されていた。
次のページを開く。そこには目次がずらりと並んでいた。その次のページから、序章がはじまっていた。
……畏れ多くも、全人類への啓示という前提でわたしの論を敷衍させることとしよう。かかる事実を述べるということは前もって膨大な検証やフィールドワークを経て為されなければならないと重々承知しているつもりであるが、わたしは確証を手にした。それは斯く語られるべきである。人間の全ての体細胞が、ある一定の期間、すなわち七年間でゆっくり、しかしきっかり新しい体細胞に作り替えられてしまい、もとの細胞から脱却してしまう、という結果に基づき、これを応用することができれば……
医学書とも哲学書ともとれない、少し異様な文体。それ以上読み進める気にはなれず、マリナはその本を本棚に戻した。
部屋の電気を消す。ベッドに身を横たえる。するとまた妙なことに、さきほどの本棚に蛍光色の目玉が光っているように見えた。マリナは目を擦る。だが剥き出しの目玉が消えない。
明かりをつける。目玉は、どこにもなかった。
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