ノイズノウティスの鐘の音に

有箱

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10月22日

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 目を覚ますと、人混みの中に居た。激しい頭痛と吐き気がする。
 酷い揺れが、乗り物の中であると理解させた。
 直ぐに昨日の一件を思い出す。
 見つかって腕を掴まれ一応抵抗を試みた物の、体力が既に限界値にあったらしく、数分後に意識を無くしてしまった。
 どのくらいこの中に居たかは分からない。しかし待ち受けるものは変わらないのだ。
 周りの人間も、諦めていて空ろな物、既に意識を失っている者、泣いている者、叫んでいる者、様々だったが、嬉々とした雰囲気だけは勿論の事どこにもなかった。
 雰囲気が、更に現実感を深まらせる。
 ルアンは沸きあがる悲しみをそのままに、嗚咽を鳴らして泣いた。

「下りろ!」
 揺れが収まり、険悪な面をした男の号令で、乗り物内の人の波が動き出す。ルアンも流れに逆らわず、誘導されるがまま下りた。
 向かう先は恐らく処刑場だ。
 途中、何人か足を止め逃亡を試みていたが、鞭を振るわれ無理矢理連行されていった。
「続いてこの部屋に入れ!」
 人々は俯いて、指定された部屋に入ってゆく。部屋内は暗く、辺りは殆ど見えなかった。
 緊張で、肩も足も震えて縺れそうになる。内臓も締め付けられているような感覚に襲われ、既に息苦しい。
「お前らの死刑執行は明日だ! それまで猶予を与える! 以上!」
 男は、唯一光を取り込んでいた扉を閉めた。扉は重い作りなのか、大きな音を立てて閉まった。
 ルアンはその場に座りこみ、大きく息を吐いた。気は全く抜けない。
 多分、死ぬまで緊張は取れない。
 辺りも、大人数の人がいると思えないほど静かで、誰一人として発言しようとしなかった。

 静寂の中、急に明るい光が見えた。太陽の優しい光ではなく、機械の放つ目を刺激する光だ。
 四角に縁取られた光の中には、空っぽの部屋が移されていた。
 それがテレビで、処刑の中継をしているのだと分かった。多分、ここに居る人間は全員理解した筈だ。
 これから行われる処刑を、放送するのだ。
 それを明日に控えた人間に見せるなど、恐怖を煽ろうとしている魂胆が見え見えだ。
 しかし、分かっていても回避できないのが現実だ。
 恐怖に震え、表情を固くして入ってくる人々が見え始めた。ルアンは、幼い少女をメイカに重ね、眉を顰めた。
 見たくないと画面から目を逸らそうとした時、白いマフラーが過ぎった。
 ニーオが群れの中に居たのだ。なにやら口元が動き、何かを語っている。
 じっと見詰めていると、それが同じ語句を繰り返して居る事に気付いた。短い、たった3文字の単語。
¨ごめん¨¨ごめん¨¨ごめん¨
 ルアンは、その謝罪が何を意味しているか分からなかった。だが、意味などどうでも良かった。
「………………やめて」
 目の前、画面越しに、ずっと自分を助けてくれた、励ましてくれた仲間が居る。
 一緒に未来を夢見た仲間だ。一緒だから頑張って来れたのに。
「………………お願い、やめて……」
 空気の抜ける音が、響きだした。
 ルアンは、大音量で流される悲痛な叫びを、耳を固く塞ぎ目を瞑る事で遮ろうと試みた。
 だがそれは出来ず、少し小さくなった音が完全に消える頃、薄く目を開くと先ほどまで生きていた人々は全員死んでいた。
 その中に、ニーオも居た。
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