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10月21日
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鐘の音だけが、唯一時間を知らせる。
ルアンは変わらぬ体制のまま、太い音を聞きながら、部屋の中の場景を想像していた。
大量に人が詰め込まれ毒ガスが送られ、もがき死んでゆく様を人々はどうして夢中で見られるのだろう。
その疑問は、今でも消えず膨らむばかりだ。
命の価値は皆平等では無いと、小さい頃から知ってはいたが、同じ人同士でこうも格差があるとは知らなかった。知りたくなかった。
熱が上がっているのか、頭がぼんやりとする。耳鳴りもし始めて、その内頭痛も現れ始めた。
笑顔のティニーが、数々の不調を自分の為に隠していたと思うと辛くなる――。
ルアンは、いつしか途切れていた意識をとある音と共に取り戻した。
足音が聞こえる。遠くから聞こえてくる。
ルアンは、久しぶりの緊張感に息を殺した。本能が自然と身を潜ませた。
足音は捜索隊の物だ。探しているのだ、自分を。
ルアンはその場から一切動かないまま、捜索隊の様子を音だけで窺った。
時々噎せ返りそうになるのを、必死に両手で押さえ込む。
だが、捜索隊の音は、遠くなるどころかどんどん近付いてきた。それも、真直ぐに地下に下りてきている。
今まで扉は見つからず回避できていたが、今日こそは見つかってしまうかもしれない。
捕まって処刑されるのは、やはり怖い。
「ここだ、あったぞ」
ルアンの鼓動が跳ねた。扉の破壊される音が耳を劈く。ついに、カモフラージュが見破られてしまったのだ。
このまま下りてこられたら、見つかって捕まる。体力も武器も残されていない現状では、勝ち目は無い。
ルアンは見つかり辛い場所に、無音を貫き体を移動させた。
あの時ティニーと、震える体を寄せあった場所だ。きっとこの場所ならば、見つからず乗り越えられる筈だ。
「どこだ? ん? なんだこいつ、寝てるのか? 暢気だな」
兵士の言葉が、ティニーに向けられている物だとルアンは悟る。
その場で体を震わせながら、独りぼっちにしてごめん、と心で呟いた。
「うわっ、死んでやがる!」
床を叩きつける大きな音がした。ルアンはびくりと肩を窄める。
その後何度か、強く床を踏み拉く音が続いた。
「……ったく、無駄足だったか……あいつの情報は全然役にたたねぇな」
「とか言って、随分利用してたじゃないですか」
意味深な会話が耳を通り、疑問だけを残してゆく。しかし恐怖が、考える事を後回しにさせる。
「こら、そこの二人! 私語は慎め! 帰るぞ!」
隊長とも取れる男の号令に、ルアンは安堵した。
だが、去るまで気を緩めてはならないと、続けて声を殺し続ける。
男達の、遠慮の欠片もない足音が鳴り出した。
もう少しで乗り越えられる。もう少し――――。
「隊長、ここ階段じゃないですか?」
だが、それは叶わなかった。
「本当だな、一応行っておくか」
落ち着きかけた脈が、異常に働き出す。
階段をずかずかと下りてゆく足音が大きくなり、遠かった声も随分と近くになった。
直ぐ近くに、自分を狙う人間が居る。
ルアンは目を閉じ、感覚を研ぎ澄ませる。必死に時間の経過を待つ。
だが、体がそれを許さなかった。
呼吸や咳の我慢を続けていたからか、急に意識が朦朧としだし、床に手を付いてしまったのだ。
はっとなり顔を上げると、そこにはルアンを見下ろす兵士たちが立っていた。
ルアンは変わらぬ体制のまま、太い音を聞きながら、部屋の中の場景を想像していた。
大量に人が詰め込まれ毒ガスが送られ、もがき死んでゆく様を人々はどうして夢中で見られるのだろう。
その疑問は、今でも消えず膨らむばかりだ。
命の価値は皆平等では無いと、小さい頃から知ってはいたが、同じ人同士でこうも格差があるとは知らなかった。知りたくなかった。
熱が上がっているのか、頭がぼんやりとする。耳鳴りもし始めて、その内頭痛も現れ始めた。
笑顔のティニーが、数々の不調を自分の為に隠していたと思うと辛くなる――。
ルアンは、いつしか途切れていた意識をとある音と共に取り戻した。
足音が聞こえる。遠くから聞こえてくる。
ルアンは、久しぶりの緊張感に息を殺した。本能が自然と身を潜ませた。
足音は捜索隊の物だ。探しているのだ、自分を。
ルアンはその場から一切動かないまま、捜索隊の様子を音だけで窺った。
時々噎せ返りそうになるのを、必死に両手で押さえ込む。
だが、捜索隊の音は、遠くなるどころかどんどん近付いてきた。それも、真直ぐに地下に下りてきている。
今まで扉は見つからず回避できていたが、今日こそは見つかってしまうかもしれない。
捕まって処刑されるのは、やはり怖い。
「ここだ、あったぞ」
ルアンの鼓動が跳ねた。扉の破壊される音が耳を劈く。ついに、カモフラージュが見破られてしまったのだ。
このまま下りてこられたら、見つかって捕まる。体力も武器も残されていない現状では、勝ち目は無い。
ルアンは見つかり辛い場所に、無音を貫き体を移動させた。
あの時ティニーと、震える体を寄せあった場所だ。きっとこの場所ならば、見つからず乗り越えられる筈だ。
「どこだ? ん? なんだこいつ、寝てるのか? 暢気だな」
兵士の言葉が、ティニーに向けられている物だとルアンは悟る。
その場で体を震わせながら、独りぼっちにしてごめん、と心で呟いた。
「うわっ、死んでやがる!」
床を叩きつける大きな音がした。ルアンはびくりと肩を窄める。
その後何度か、強く床を踏み拉く音が続いた。
「……ったく、無駄足だったか……あいつの情報は全然役にたたねぇな」
「とか言って、随分利用してたじゃないですか」
意味深な会話が耳を通り、疑問だけを残してゆく。しかし恐怖が、考える事を後回しにさせる。
「こら、そこの二人! 私語は慎め! 帰るぞ!」
隊長とも取れる男の号令に、ルアンは安堵した。
だが、去るまで気を緩めてはならないと、続けて声を殺し続ける。
男達の、遠慮の欠片もない足音が鳴り出した。
もう少しで乗り越えられる。もう少し――――。
「隊長、ここ階段じゃないですか?」
だが、それは叶わなかった。
「本当だな、一応行っておくか」
落ち着きかけた脈が、異常に働き出す。
階段をずかずかと下りてゆく足音が大きくなり、遠かった声も随分と近くになった。
直ぐ近くに、自分を狙う人間が居る。
ルアンは目を閉じ、感覚を研ぎ澄ませる。必死に時間の経過を待つ。
だが、体がそれを許さなかった。
呼吸や咳の我慢を続けていたからか、急に意識が朦朧としだし、床に手を付いてしまったのだ。
はっとなり顔を上げると、そこにはルアンを見下ろす兵士たちが立っていた。
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