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10月18日
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絶望感しかない。今まで消えた人々は、もうこの世には居なかったのだ。
ただ一度見たきりのあの人も、よく笑いかけてくれた優しいご近所さんも、自分たちのように集まって情報交換していた子ども達も、メイカも、周辺から消えた人たちは残酷に殺害されていた。
その苦痛を思うと、胸が張り裂けそうになる。
同時に、捕まった先に微かに残っていた希望も、完全に消え去ってしまった。
捕まれば、待っているのは死だ。
それは前から変わらない。しかし、そこまでの時間はぐっと短くなった。
捕まれば、待っているのは労働ではなく、悶えるくらい苦しい死なのだ。猶予はないのだ。
「……お兄ちゃん、大丈夫……?」
か細い声に我に帰る。先程まで眠っていたティニーが、目を開きこちらを見ていた。
「……大丈夫だよ、ティニーこそ」
ごく自然に、何も考えず笑顔を作る。
「……大丈夫だよ。お兄ちゃん寝てないでしょ、寝なきゃ駄目だよ」
ティニーの指摘どおり、ルアンは一睡もしていなかった。急に問題が山積みにされ、希望は取り去られ、睡眠どころではなかったのだ。
「……うん、ティニーが治ったら寝るよ」
「……じゃあ、早く治さないとね……」
ティニーは小さく困り笑いを浮かべて、再度瞼を閉じた。その寝息はとても小さい。まるで最期に向かっているみたいに。
このまま目覚めなかったら。
いや、今捜索隊が入ってきたら。
――――死んだ方が良いだろうか、今死んだ方が苦しさは免れられるだろうか。
怖さは、消し去れるだろうか。
ルアンは、ティニーの首元にそっと手を伸ばす。
数分先の闇を見据えながら、安らかに眠るティニーの首に触れかけた。
と、丁度同じタイミングでノックが響いた。ニーオのノックだ。
ルアンは自我を取り戻し、己の仕出かそうとしていた罪悪に衝撃を受けた。その場で蹲る。
「おーい、ルアン? ティニーちゃん? 入っても良い? 入るぞー?」
ニーオは扉を薄く開いた。蹲ったままのルアンを見つけて、直ぐに駆け寄る。
「どうした! 具合でも悪いのか?」
「……違う……もうどうしたら良いか分からないんだ……何を選べば良いのか分からないんだ…………」
ニーオは、ベッドに伏せるティニーを見上げる。そしてから、隈の張るルアンの顔を見た。
「……とりあえず少し眠って来いよ、ティニーちゃんは俺が見てるから」
「でも」
「なんかあったら直ぐ起こしに行く、だからとにかく落ち着け」
ニーオの強い瞳は昔のままだ。
ルアンは、メイカに告白すると頬を赤らめていた場面を急に思い出し、悲しみを重ねた。
見詰め続ければ泣いてしまいそうだ。
「……少し眠ってくる……ティニーの事お願い……」
「……あぁ」
ルアンは、ふらふらと階段を降りた。
ティニーは相当参っているのか、中々目覚める気配がない。体は痩せ、息も苦しそうだ。
「……ティニーちゃん、俺もさ……もうどうしようもないんだ……メイカも死んで、もう辛いんだ……」
ティニーが声に反応し、薄く目を開いた。悲しげなニーオの顔を、不思議そうに見詰めている。
「…………どうしたら良いかな。俺さ、どうしたら罪償えるかな……」
「………………ニーオ君、大丈夫だよ、きっと明るい未来が待っているよ……」
ティニーの笑顔は弱く儚かったが、ニーオにとっては心を打つ笑顔だった。
「……ティニーちゃん、ありがとう、ごめん……」
ニーオはそっと、ティニーへと手を伸ばした。
「ルアン! ルアン!」
――――浅い睡眠に入りかけていたルアンは、焦りを含む声にはっと目を覚ました。
呼ばれた理由を直ぐ想定し立ち上がる。だが、またもくらりとふら付いた。反射で床に手を付く。
「だ、大丈夫かよ!」
「…………ティニー? ティニーだよね……?」
「そ、そうだ! ティニーちゃんが! 早く……」
ルアンは続きを無視し、階段を駆け上がった。
想像が現実になりませんようにと何度も心で叫び、小さいが足音を立て上がる。
「ティニー!」
ティニーは先程と同じで、安らかに目を閉じていた。だが、変化を直ぐに理解する。
「…………ティニー?」
ティニーは既に、呼吸していなかった。
ただ一度見たきりのあの人も、よく笑いかけてくれた優しいご近所さんも、自分たちのように集まって情報交換していた子ども達も、メイカも、周辺から消えた人たちは残酷に殺害されていた。
その苦痛を思うと、胸が張り裂けそうになる。
同時に、捕まった先に微かに残っていた希望も、完全に消え去ってしまった。
捕まれば、待っているのは死だ。
それは前から変わらない。しかし、そこまでの時間はぐっと短くなった。
捕まれば、待っているのは労働ではなく、悶えるくらい苦しい死なのだ。猶予はないのだ。
「……お兄ちゃん、大丈夫……?」
か細い声に我に帰る。先程まで眠っていたティニーが、目を開きこちらを見ていた。
「……大丈夫だよ、ティニーこそ」
ごく自然に、何も考えず笑顔を作る。
「……大丈夫だよ。お兄ちゃん寝てないでしょ、寝なきゃ駄目だよ」
ティニーの指摘どおり、ルアンは一睡もしていなかった。急に問題が山積みにされ、希望は取り去られ、睡眠どころではなかったのだ。
「……うん、ティニーが治ったら寝るよ」
「……じゃあ、早く治さないとね……」
ティニーは小さく困り笑いを浮かべて、再度瞼を閉じた。その寝息はとても小さい。まるで最期に向かっているみたいに。
このまま目覚めなかったら。
いや、今捜索隊が入ってきたら。
――――死んだ方が良いだろうか、今死んだ方が苦しさは免れられるだろうか。
怖さは、消し去れるだろうか。
ルアンは、ティニーの首元にそっと手を伸ばす。
数分先の闇を見据えながら、安らかに眠るティニーの首に触れかけた。
と、丁度同じタイミングでノックが響いた。ニーオのノックだ。
ルアンは自我を取り戻し、己の仕出かそうとしていた罪悪に衝撃を受けた。その場で蹲る。
「おーい、ルアン? ティニーちゃん? 入っても良い? 入るぞー?」
ニーオは扉を薄く開いた。蹲ったままのルアンを見つけて、直ぐに駆け寄る。
「どうした! 具合でも悪いのか?」
「……違う……もうどうしたら良いか分からないんだ……何を選べば良いのか分からないんだ…………」
ニーオは、ベッドに伏せるティニーを見上げる。そしてから、隈の張るルアンの顔を見た。
「……とりあえず少し眠って来いよ、ティニーちゃんは俺が見てるから」
「でも」
「なんかあったら直ぐ起こしに行く、だからとにかく落ち着け」
ニーオの強い瞳は昔のままだ。
ルアンは、メイカに告白すると頬を赤らめていた場面を急に思い出し、悲しみを重ねた。
見詰め続ければ泣いてしまいそうだ。
「……少し眠ってくる……ティニーの事お願い……」
「……あぁ」
ルアンは、ふらふらと階段を降りた。
ティニーは相当参っているのか、中々目覚める気配がない。体は痩せ、息も苦しそうだ。
「……ティニーちゃん、俺もさ……もうどうしようもないんだ……メイカも死んで、もう辛いんだ……」
ティニーが声に反応し、薄く目を開いた。悲しげなニーオの顔を、不思議そうに見詰めている。
「…………どうしたら良いかな。俺さ、どうしたら罪償えるかな……」
「………………ニーオ君、大丈夫だよ、きっと明るい未来が待っているよ……」
ティニーの笑顔は弱く儚かったが、ニーオにとっては心を打つ笑顔だった。
「……ティニーちゃん、ありがとう、ごめん……」
ニーオはそっと、ティニーへと手を伸ばした。
「ルアン! ルアン!」
――――浅い睡眠に入りかけていたルアンは、焦りを含む声にはっと目を覚ました。
呼ばれた理由を直ぐ想定し立ち上がる。だが、またもくらりとふら付いた。反射で床に手を付く。
「だ、大丈夫かよ!」
「…………ティニー? ティニーだよね……?」
「そ、そうだ! ティニーちゃんが! 早く……」
ルアンは続きを無視し、階段を駆け上がった。
想像が現実になりませんようにと何度も心で叫び、小さいが足音を立て上がる。
「ティニー!」
ティニーは先程と同じで、安らかに目を閉じていた。だが、変化を直ぐに理解する。
「…………ティニー?」
ティニーは既に、呼吸していなかった。
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