ノイズノウティスの鐘の音に

有箱

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10月15日

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 丸一日が経過しても、ティニーの風邪は和らがなかった。夜中もずっと咳に悩まされ、辛そうにしていた。
 ルアンはルアンで、脳内がずっと呆っとしたままで本調子ではない。
 空気が冷たく喉を枯らす。水が無いと思うと、更に強く喉の渇きを感じた。
 ティニーにとっても、やはり水は不可欠だ。
 ルアンは大きなデメリットを浮かべながらも、決意へと意思を委ねる。
「……ティニー、水取りに行ってくるね」
「……えっ、でも……」
「…………大丈夫、直ぐに戻ってくるよ……」
「い、いかな……」
 噎せ返ったティニーの背を、優しく撫でる。
 半分欠けた世界は、変わらず残酷だ。しかし何があっても、生きていかなくてはならないのは変わらない。
「……ちょっとだけ待っててね」
 ルアンは笑顔を残すと、ゆっくりと扉を開いた。

 自分達が住む部屋の扉の向こうは、物で溢れている。空の箪笥や、点かない暖炉、古い写真等、使えないものばかりだったが、カモフラージュには役立っているものばかりだ。
 その中から今日は、水が入りそうな容器を探さなければならない。
 ルアンは、暗い部屋を殆ど手探りで進んだ。
 途中ルアンは、床に転がっていた木屑を踏みつけていた。鋭くはなく靴も履いていたため、傷は出来なかったが¨全く見えない¨という現実が痛く心を抉る。
 もし左側に兵士が居ても、音がするまで、触れられるまで気付く事ができないかもしれない。
 可能性に気付いた時、ぞっと悪寒が走った。
 もう嫌だ。どうして自分達だけがこうも苦しまなくてはならないんだと嘆きたくなる。
 でもそうやって、何度も何度も生き延びてきたのもまた事実だ。
 ルアンは目の前を睨みつけながら、ゆっくりと歩いた。

 結局、夜目が効き始めてから、押入れの隅にて見つけた小さめの木箱を手に扉の前まで来た。
 この戸を開けば、その先は外の世界だ。危険が転がる怖い世界。
 それでも、取っ手を引かなくてはならない理由がある。
 生きるため、生かすため、生き残る為に――――。
 決死の覚悟で引いた先、現れた人影にルアンは目を丸くした。
 向かいの人物も驚いた顔をしている。
 だが状況判断し、直ぐに家の中にその人物、ニーオを引き入れた。
「……急に扉開くから吃驚したじゃん……」
 破れたカーテンの隙間から差す淡い太陽光が、ニーオの新しい傷跡を際立たせた。顔に擦り傷と、腕元に濃い血の滲みが見える。
 本人はあまり気にしていない様子だが重傷そうだ。
「……ニーオ、大丈夫?」
「え? 大丈夫。寧ろルアンが大丈夫かよ」
 ルアンは見事に切り返され、顔色を沈めた。同じ境遇にあれど、やはり隠せるなら隠したかった。
「…………大丈夫」
「……なんかあったか?」
 ニーオの傷は酷い。強い力で、容赦なく加えられたと見受けられる濃さだ。しかも何箇所も。
 多分、命辛々逃げ出したのだろう。
「……多分、ニーオと一緒だよ」
 ニーオは苦い記憶を浮かべたのか眉を顰め、直ぐに話を切り替えてしまった。
「……そう。それよりどこ行こうとしてた?」
 尋ねられた事で、ルアンの中にあった願望が大きくなった。躊躇いもあったが、気持ちが勝利し声となって落ちる。
「……水汲みに行こうとしてたけど……怖いんだ……ニーオ助けて……」
 ニーオは直ぐに、ルアンの晴れ上がった顔面に視線を宛てる。
「ルアン、ちょっと」
 言いながら無音で近付いてくると、目の前で止まった。
「え、何……?」
 意味の分からない行動に唖然としていると、左頭部に指先が触れた。鼓動がどきりと躍動する。
「……やっぱ見えてねーな、だからか」
 ルアンは見破られた事も勿論、接触を全く予測できなかった事にも驚愕した。
 そして、事の重大さを改めて知る。
「……分かった、俺が食料調達もする」
 ニーオの優しさに、深い安堵と、同じくらい強い申し訳なさが降ってくる。望んだ答えが得られた筈なのに、素直に腑に落ちてくれない。
「……え、あっと……」
「気にすんな、大丈夫だ」
「………………ごめん」
 まるで救世主のようなニーオの存在に、ルアンは心の底から感謝した。
「…………俺が困ったらまた助けてくれよな」
 ニーオは苦笑いすると箱を横取りし、扉を開き出て行った。
 まるで、内側に何か隠されているかの笑顔が少し気になったが、ルアンはそれ以上に、進んで援助してくれたニーオに対しての複雑な感情に縛られていた。
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