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10月10日
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ランタンの灯りが、部屋を仄かに照らす。ラジオの音声だけが、静寂に広がってゆく。
ルアンは無心で、昨日のワンシーンを巡らせていた。
もう何度も何度も焼きついた場面が、勝手に再生される。見たくないと拒否しても浮かんでくる。
メイカは今頃、何か乗り物にでも乗せられて遠くに連れて行かれているのだろうか。それとも、もう働かされ始めているのだろうか。
同じ境遇の仲間は居るだろうが、それでも孤独は孤独だろう。細い体で労働するのは辛いだろう。
支配はいつ終わるだろうか。もし、まだまだ続くとしたら、メイカはそこまで耐えられるだろうか。
そして自分やニーオも、このまま逃げ切る事ができるだろうか。
死にたくない。何があっても死にたくない。
「お兄ちゃーん、ニーオさんが来たよ……」
微かに聞こえて来た用件にはっとなり振り向くと、階段を下降しながらティニーが近付いてきた。
「えっ、あっ、そうなんだ」
ティニーが下りきった後、合図を受けニーオが下りてきた。表情はどこか深刻そうに見える。
「……ニーオ」
「よっ、ルアン! 昨日ぶり」
だが、満面の笑顔が浮かべられ、ルアンは思わず声を失ってしまった。
「お腹空いちゃったから、一つ持っていっても良い?」
「あ、うん、ごめん、もうそんな時間か」
「これもらうね」
ティニーは小さめのパンを一つ右手に取ると、器用に階段を上っていった。
ティニーの姿が完全に消えた時、ニーオの笑顔も消え落ちた。どうやら、ティニーの前で演じていただけらしい。
「…………どうしたの?」
「……昨日あの後、無言で分かれちゃったじゃん? それで言い忘れてたんだけど……」
実はあの後、交わす言葉も見つからず、重い空気のままで挨拶だけして別れた。
ルアンは、想像できない内容に息を呑む。
「……あの場所はもう使わない方が良い、会うのはここでのみにしよう」
しかし、極自然な提案に胸を撫で下ろした。
「……でも、それだとニーオばっかりが大変じゃ……僕もニーオのところにいくよ」
外出時間が多くなればなるほど、比例して危険が伴う。
固定の場所は平等な距離だったが、ニーオの家からルアンの家まではその頃より長距離になる。
「それは良い。俺が情報手に入れたら来るから、ルアンは極力家から出るな」
「わ、分かった」
ニーオの瞳は、疲れと抑圧感を宿している。メイカの事で余程参っているのだろう。
こういう時に限って、たくさんのメイカの笑顔が浮かんでくる。だが、今までのように喜びを重ねられない。
「……大丈夫だよ、また会えるよ……」
ルアンは、己を追い詰めるような顔をしたニーオを前に、ついそんな発言をしてしまっていた。
メイカの事を愛していたニーオにとって、喪失感は相当なはずだ。もしかしたら、良からぬ事を考え出してしまうかもしれない。
「……だから僕らだけでも頑張って逃げて、いつか解放された時に……」
ニーオは僅かに血の色が残るシャツの左袖を、上から下へと軽く撫でながら、ぽつりと声を落とした。
「……メイカは俺が助ける……絶対に助ける……絶対死なせたりするもんか……絶対……絶対……」
「……ニーオ」
ニーオは狂気染みた雰囲気を醸している。どこに居るかも分からないメイカを思って自我を失っているみたいだ。何度もメイカの名を連ねる。
「ニーオ!」
ニーオははっとなり、愁いを含んだ瞳を向けた。しかし、直ぐに弱弱しく笑ってみせる。
「…………ごめん、可笑しいよな俺!」
「ニーオ、きっと会えるよ」
目処や方法が思いつかず、無謀だと思えてしまいハッキリ物申せない。ただ慰めたい一心で声にする。
「……だ、だよな、じゃあ俺行くわ、場所の事言いたかっただけだから!」
ニーオは落ち着きを取り戻さないまま、わたわたと階段を上っていった。
ルアンは遠ざかる背を、追いかける事が出来なかった。
夕方頃、ニーオは一人の男と共に居た。下から見る男の威圧感は凄まじい。
ニーオは激痛の走る左腕に手を宛てる。動かそうとすると更なる激痛が走った。
それでも、男に意思を訴える為ため再度立ち上がる。
「……お前さぁ、自分の立場分かってんのか?」
男は固い握り拳を作り、ニーオを睨み付けた。竦む体に言う事を聞かせ、ニーオは叫んだ。
「……分かってる! けどメイカだけは……!!」
男の拳が、力強く飛んだ。
ルアンは無心で、昨日のワンシーンを巡らせていた。
もう何度も何度も焼きついた場面が、勝手に再生される。見たくないと拒否しても浮かんでくる。
メイカは今頃、何か乗り物にでも乗せられて遠くに連れて行かれているのだろうか。それとも、もう働かされ始めているのだろうか。
同じ境遇の仲間は居るだろうが、それでも孤独は孤独だろう。細い体で労働するのは辛いだろう。
支配はいつ終わるだろうか。もし、まだまだ続くとしたら、メイカはそこまで耐えられるだろうか。
そして自分やニーオも、このまま逃げ切る事ができるだろうか。
死にたくない。何があっても死にたくない。
「お兄ちゃーん、ニーオさんが来たよ……」
微かに聞こえて来た用件にはっとなり振り向くと、階段を下降しながらティニーが近付いてきた。
「えっ、あっ、そうなんだ」
ティニーが下りきった後、合図を受けニーオが下りてきた。表情はどこか深刻そうに見える。
「……ニーオ」
「よっ、ルアン! 昨日ぶり」
だが、満面の笑顔が浮かべられ、ルアンは思わず声を失ってしまった。
「お腹空いちゃったから、一つ持っていっても良い?」
「あ、うん、ごめん、もうそんな時間か」
「これもらうね」
ティニーは小さめのパンを一つ右手に取ると、器用に階段を上っていった。
ティニーの姿が完全に消えた時、ニーオの笑顔も消え落ちた。どうやら、ティニーの前で演じていただけらしい。
「…………どうしたの?」
「……昨日あの後、無言で分かれちゃったじゃん? それで言い忘れてたんだけど……」
実はあの後、交わす言葉も見つからず、重い空気のままで挨拶だけして別れた。
ルアンは、想像できない内容に息を呑む。
「……あの場所はもう使わない方が良い、会うのはここでのみにしよう」
しかし、極自然な提案に胸を撫で下ろした。
「……でも、それだとニーオばっかりが大変じゃ……僕もニーオのところにいくよ」
外出時間が多くなればなるほど、比例して危険が伴う。
固定の場所は平等な距離だったが、ニーオの家からルアンの家まではその頃より長距離になる。
「それは良い。俺が情報手に入れたら来るから、ルアンは極力家から出るな」
「わ、分かった」
ニーオの瞳は、疲れと抑圧感を宿している。メイカの事で余程参っているのだろう。
こういう時に限って、たくさんのメイカの笑顔が浮かんでくる。だが、今までのように喜びを重ねられない。
「……大丈夫だよ、また会えるよ……」
ルアンは、己を追い詰めるような顔をしたニーオを前に、ついそんな発言をしてしまっていた。
メイカの事を愛していたニーオにとって、喪失感は相当なはずだ。もしかしたら、良からぬ事を考え出してしまうかもしれない。
「……だから僕らだけでも頑張って逃げて、いつか解放された時に……」
ニーオは僅かに血の色が残るシャツの左袖を、上から下へと軽く撫でながら、ぽつりと声を落とした。
「……メイカは俺が助ける……絶対に助ける……絶対死なせたりするもんか……絶対……絶対……」
「……ニーオ」
ニーオは狂気染みた雰囲気を醸している。どこに居るかも分からないメイカを思って自我を失っているみたいだ。何度もメイカの名を連ねる。
「ニーオ!」
ニーオははっとなり、愁いを含んだ瞳を向けた。しかし、直ぐに弱弱しく笑ってみせる。
「…………ごめん、可笑しいよな俺!」
「ニーオ、きっと会えるよ」
目処や方法が思いつかず、無謀だと思えてしまいハッキリ物申せない。ただ慰めたい一心で声にする。
「……だ、だよな、じゃあ俺行くわ、場所の事言いたかっただけだから!」
ニーオは落ち着きを取り戻さないまま、わたわたと階段を上っていった。
ルアンは遠ざかる背を、追いかける事が出来なかった。
夕方頃、ニーオは一人の男と共に居た。下から見る男の威圧感は凄まじい。
ニーオは激痛の走る左腕に手を宛てる。動かそうとすると更なる激痛が走った。
それでも、男に意思を訴える為ため再度立ち上がる。
「……お前さぁ、自分の立場分かってんのか?」
男は固い握り拳を作り、ニーオを睨み付けた。竦む体に言う事を聞かせ、ニーオは叫んだ。
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男の拳が、力強く飛んだ。
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