ノイズノウティスの鐘の音に

有箱

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10月2日

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 結局、一件があってから落ち着いて過ごす事ができず、昨夜も眠れないまま夜が明けてしまった。
 日の差さない部屋にて、ラジオの音だけが時間を知らせる。
「…………眠れなかったね」
 小さな咳の直後、小声が聞こえてきて、ラジオに向けていた焦点を横のティニーに移動する。
 ティニーは鼻元までシーツを引き上げて、眉を吊り下げていた。少し顔色が悪く見受けられる。
 ルアンは、少しの面積で伝わる不安感に対して、困り笑った。乾いた咳を繰り返すティニーの、額に手を宛てる。
「…………うん、そうだね……。ティニー風邪引いちゃったかな?」
「ううん大丈夫、ちょっと咳が出るだけ」
 ティニーの笑顔と、触れた体温から熱の上昇は感じなかった。少しの不安感と、安堵感を混ぜ合わせる。
「……寝れる時に寝ないといけないから今からでも少し眠りなよ、大丈夫僕がいるから」
 薦めてみたが、ティニーはただ無言で、じっとルアンの視線を捕らえたままで離さない。
「……どうしたの? やっぱり眠れない?」
「…………ううん、違うの…………」
 ティニーはシーツを更に上に引き上げ、目元まで覆い隠してしまった。 
 ルアンは眠るのだと解釈し、ラジオの電源を切る。
「……あのね、お兄ちゃん……」
しかし違ったらしく、顔を完全に隠したままティニーは話し出した。
「…………もし怖い人たちが入ってきて私達を捕まえようとしたら、お兄ちゃんだけでも逃げてね…………」
 ルアンは、昨日の件に基づいた話だと直ぐに理解する。ティニーなりに、一夜を通し色々と考えたのだろう。
「…………私は体力もないし、きっと一緒に走れないから、もし、もしも捕まりそうになったら、私の事は考えずに逃げて欲しいの……」
 ティニーの声は震えていて、今にも泣きそうだと分かる。それにルアンの心は、既に答えを導き出していた。
 ティニーが発言するよりも前に、もし想像が現実になったらどうするかを、ずっと考え決意していたのだ。
「嫌だ、逃げないよ」
「……で、でも、お願い…………」
「ティニーを置いてゆくくらいなら一緒に捕まるよ。寧ろ僕を置いてでも逃げて欲しいな、諦めずに逃げて欲しい。逃げる道はどうにかして作るから」
「…………で、でも…………」
「大丈夫、きっと解放の日は来るから、捕まっても戻ってくるから。だからもし怖いやつらが来たら、ティニーだけでも逃げて」
「…………い……」
 シーツから出た、髪を優しく撫でる。
「……お願いね。あ、お腹すいたでしょ、パン持ってくるから待ってて」
 ルアンはあえて答えを聞かないまま、願いだけを突きつけ地下へと身を消した。
 もしティニーだけが捕まり、自分が逃げられる状況になったなら、自分は――。
 ルアンは、ティニーの横に置かれたままの、鞄に潜むフルーツナイフを思い浮かべて血を描いた。
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